5球 スカウト
陽介くんも凪くんも監督に向かってヤーさんとかヤクザとかって失礼過ぎるでしょ!!って、いつの間に!
背後にはスポーツドリンクを用意してきたらしい黒髪ポニーテール美女が何本ものスクイズボトルを籠に入れて持ってきた。
「あ、陽介くん!凪くんも!マネージャーさんの邪魔になっちゃうから、もうちょっと端に!」
「!ごめんね、ありがと。もしかしてバレー部に興味があるの?良かったら中で見ていく?」
そう言いながら気さくな黒髪ポニーテール美女は、『こっちこっち』と手招きをしてくれる。軽々と籠を持っているように見えるかもしれないが、スクイズボトルって一本一本そこそこの量が入るし、ボトルの数だってそこそこあったはず。マネージャーはかなり力仕事で大変なんだよね。マネージャーがいないとだいたい新入生が用意したり、レギュラーになれない部員たちが用意するがドリンクを準備することはとっても大切な仕事の一つ。
「……あれ、二人とも行かないの?」
凪くんは行く気満々。というか、マネージャーさんが声を掛けなくても体育館に入るつもりだったのかもしれない。すご、物怖じしないというか、マイペースなのかな。
「あ……うっす!失礼しまっす!」
対して陽介くんの方は、体育館の入り口で頭を下げ、大きな声で挨拶をしていくという礼儀正しさのようなものが溢れている。きっと中学時代ではマナーとか挨拶に厳しい学校だったのかもしれない。
「失礼します」
陽介くんほどではないけれど、お邪魔させてもらうのだから挨拶はしないとね。
実際に私たちが来たことで練習が止まってしまった。あ、違うか。マネージャーさんが用意してきてくれたドリンクを飲むための休憩になったのかな。
「あれ~?……げ、アイツ……最悪。森川に来たわけ?」
ちょっと……いや、かなり嫌そうな声を発する人物に視線を向けると、あれどこかで見たことがあるような……?あ、朝学園の敷地内でランニングしていた人じゃない?あんな髪色は珍しいもん。一度見たらなかなか忘れられないって。
その嫌味な人の視線は凪くんを見ている。もしかして二人は知り合いなのかな。
「あちゃ~。帷子が入って来たのか。さっそく正セッターの座を掛けた対決ってか?はは。ま、世凪にも良い刺激になるだろ?二年にはセッター候補がいないんだから今まで代わりがいなくて一人で負担が多かっただろ?」
「あのねえ!俺は別に負担とか思ってないから」
世凪、と呼ばれた人物は話の内容的に正セッターみたいね。ってことは凪くんもセッターをしていたってこと?凪くんは……体育館の端に寄りながら静かに部員たちの顔ぶれを見ているみたい。せ、静観している!
「まあまあ……って、あの子はマネ希望か?つか、なんか何処かで見たことがある気が……」
「ちょっとぉ。なんかバカみたいなナンパ男みたいなこと言ってないで練習するよぉ!」
というか、数……思っていたより少ないわね。今、いるのは監督にマネージャーさんに、凪くんのことをいろいろ言っているお二人ともう一人、何かぶつぶつ呟いている猫背気味の人。あ、なにかしでかしちゃったのかしら、猫背気味だった人が世凪って呼ばれていた人に背中を叩かれている。
でも、マネージャーさんが持っていたスクイズボトルと数が合わない。まさか部員が三人だけってこともないでしょうし。
「って言うかぁ、凌駕はまだ戻って来ないわけぇ?二年のバカどものランニングに付き合うことないでしょ。こっちにだって練習があるんだし!」
「い、いだいいだい!叩き過ぎだって、世凪~」
「アンタは、いい加減その猫背直してよねぇ。まったく、みっともない」
あー……バシバシ背中を叩かれている人がちょっと可哀想ね。でも、部員は他にもいるみたい。でも、この三人で今まで練習していたってこと?ある意味、個人の練習にはうってつけかもしれない。個々の能力をしっかり見定めていくには個人をしっかり見る必要があるものね。
監督は静かに……というか、こっち見てない?グラサンのせいで、はっきりしないけれど顔はこっち向いている、のよね?それに、こっち来るじゃない!ちょ、絶対さっきの陽介くんと凪くんの呼び方に怒ったんじゃないかな。
「……ちょっと、いいか」
あ。見た目に反することなく、とても厳しそうなお声。っていうか、私!?私はヤクザだなんて言っていません!!
「え、あの、私……ですか?」
「ああ。……具合は、もう良いのか?」
ぴくっ
なんでそれをここで言うんですかね。
ついつい拳を作っていた手に力が入ってしまう。あ、別に監督を殴りたいとかそういうわけじゃないですよ。二人きりならまだしも……ここには、バレー部がいるんですよ。それなのに、過去のことは話してほしくない。
「監督は……去年のこと、知っているんですか?」
「全中の試合は男女ともに見に行くからな。女子の準決勝の試合も見ていた。それで、どうなんだ具合は」
『具合?』とあちこちから様子を伺う視線が痛い。同級生の陽介くんや凪くんもいきなり監督と話し込んでいる私に視線が向いていて、ちょっと逃げ出したい……かも。
「し、私生活には問題ありません」
「そうか。……杢代!一年のマネージャー志望だ。いろいろ教えてやってくれ。それから俺が森川学園の監督、谷古宇総司郎だ」
「は、ちょ、ま……私は!」
「お前ならマネージャーの大切さも知っているだろう。それに今のお前がウチのチームには必要だ。もう一人のマネージャーと一緒にウチのチームメイトの一人になってくれないか」
「あらら、監督がスカウト?つか、そっかそっか。やーっぱ見たことあると思ったら……えーっと、名前なんていったっけか、とも……ともか、ちゃん?」
「……千早巴です」
「ああ!巴ちゃんね、いたいた!すげー上手い子。あのまま勝ち進むかと思ったら決勝にはいなかったよな?」
「……いろいろ、あったので。あの、谷古宇監督。マネージャーのことはもう少し、考えさせてください。ごめん、陽介くん、凪くん。私、先に帰る……」
足早に体育館から出ようとすると背後からぼそっと『急いで走ってまた怪我しないでよ』と凪くんの呟きが聞こえた。あぁ、やっぱり彼は知っているんだ。監督も、もう一人の先輩も私のことを知っているようだった。特に監督。私が事故った時を見ていたんだろうか……一体、どんな気持ちで。それなのにマネージャーにスカウトしてくるってどうかしてるでしょ。
私のことを知らない環境に来たかった。
来たつもりだった。
でも、私は選択ミスをしてしまったんだろうか。
一歩一歩と体育館からは遠ざかっていくはずなのに、私の頭の中にはバレーボールが跳ねる音がどんどん大きく聞こえていた。それから離れたいのに、ボールの音はどんどん大きく近付いてくる。まるで私を逃がさないとでも言うかのように。
今日は、ちょっと遠回りでもしてから帰ろう。
きっと酷い顔をしているはずだから。過去のことを知っている人に会ったから?でも、本当にそうだろうか。もしかして私は、まだ未練があるんじゃないだろうか。バレーがしたくてうずうずしている?でも、無理だよ。体が動かないもの。
追いかける?ボールを。
今までそうしていたように。
出来ない?本当に?ちょっとでも動かしたらまた壊れてしまうかもしれない?
『よろしくお願いします』と本当は監督に言いたかったんじゃないだろうか。
まだ、答えは出そうになかった。
名有り、名無しいろいろなキャラクターが出てきて大変かと思います(読んでいる方も)。なるべく混乱しないよう、ごちゃごちゃしないよう気を付けてはいきますが、やはり個々の個性を出すとちょっと口調が面白くなりそうな予感……あ、ちなみに主将は今はまだいません。名前だけ出ました出ました。
なかなか苗字も名前が難しいですね(汗)特に世凪!!これは、今使っているPCだと上手く変換されないのでいちいち一文字ずつ打ってます。でもいいヤツなんですよ!(必死必死)一人一人大切に命を入れていきますので読み手のみなさまもご協力いただけますと幸いです。
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全ての読者様に愛と感謝を!!!




