4球 昼神(ひるがみ)と帷子(かたびら)に挟まれて……
出来なくなってしまったんだから忘れてしまえばいい……
と何度考えたことか。
それでもふとした拍子に思い出してしまう。
レシーブをしたときの腕に感じるボールの重み。
ブロックをしたときの指先に走るボールがかすった感触。
コートに滑り込みながらボールを拾ったときの体に感じるコートの冷たさ。
教室に行くと壁に貼られている席の位置とそれぞれの名前。
私の席は……真ん中の列の一番後ろ。別に視力が悪いわけじゃないし、背も小さいってわけじゃないから後ろの席でも全然問題は無い。
自分の席に向かおうとすると私の席の一つ前の席には、さきほどまでちょっと言葉を交わしていたゲーム男子がいた。そう言えば同じクラスだって言っていたっけ。名前は聞きそびれてしまったけれどこれから同じクラスになるんだし、いくらでも聞くチャンスはありそう。って、またゲームしているし。普通こういうときって静かにしているか、隣近所の席の人たちと談笑とかしたりして少しでも交流を深めようとかって思わないのかな?
着席すると、さて自分はどうしよう……隣の席の人に挨拶でもしてみようか、と思っていたら先生がやってきてしまったので大人しく静かにすることに。残念。
担任の先生は軽く紹介してくれた。どうやら去年から森川学園で教師をしているみたい。すると今度は生徒のみんなにそれぞれ自己紹介をするように言ってきたものだから少しばかり教室内がざわついた気がした。やっぱり自己紹介ってするのか……あー、最初だし、するんだよね、普通。でも何を言えばいいんだろう。
一人、また一人と自己紹介をしていく生徒たち。なかには、わざわざ出身を言う生徒もいた。出身……別に長野県っていうのが言いたくないわけじゃなくて長野県からどうしてこっちに?って聞かれたらなんとなく嫌かな、と考えちゃう。あ、中学時代は〇〇部をしていました!って言ってる生徒もいる。そういう自己紹介をしなくちゃいけないのかな……。前の席の……ゲーム男子くんはどんな自己紹介をするんだろう?と待っていると。
「帷子凪、よろしく」
それだけ言って着席してしまった。え、ええ?それだけ?あ、いや、そういう自己紹介もあるんだなあとは思うんだけど、さすがに……ビックリしてしまって、慌てて自分の自己紹介をした。
「千早巴です。よろしくお願いします……」
「あ。……ねえ、出身ってどこ?神奈川じゃないよね」
ゲーム男子くんこと、帷子くんが短い自己紹介で終わったから私もそれで良いかなと思い着席しようとしたとき前を向いていたはずの帷子くんが後ろ、つまり私の方へと振り返って問いかけてきたものだからつい素直に応えてしまった。
「長野県だよ」
「あ、そう。……やっぱり……」
『やっぱり?』もしかして長野県的なオーラでも出ていたんだろうか。もしくは神奈川では感じられないオーラがあったとか?
私があっさり応えると納得した様子でまた前を向いてしまった帷子くん。ん?でもなんでそんなこと気にしたんだろう。やっぱり神奈川じゃないオーラ的なものが?う~ん……。
生徒たちの自己紹介は一通り終わった。すると担任の先生は何かをメモっていた手を止めると明日から授業があること。部活の見学は自由だから好きにするように、とのこと。部活の見学は迷惑を掛けなければ自由にしても良いらしいし、部活への入部届けというものも部活の先輩だったり監督に出すのはいつでもOKらしい。まあ、私は帰宅部希望だけれどね。
明日から遅刻しないように、と生徒たちに釘をさすとこれで今日は解散、これから頑張れよと気合を入れてくれた。
よし、今日のところは帰ろう。と通学バックを手に取って席を立とうとしたとき、また前の席の帷子くんが後ろを向いてきて不思議そうに私を見た。え、なに?
「あれ、もう帰るの?部活……っていうか、バレー見に行こうよ。ここ女バレは無いけど男バレならあるし」
「は?」
え、なんでそこで私を誘うんだろう?もしかして新手のナンパか何か……では無さそう。手元では相変わらずゲーム画面が広がっているし、っていうかゲームしながらよく話なんて出来るね。
「?だって千早ってバレーしてたじゃん」
「は!?」
「お、マジなのか!俺も俺も!俺も中学時代バレー部だったんだぜ。高校でももちろんやるつもり!だったら一緒に行こうぜ!」
いやいや、待って、待って!新たに参上してきた男子生徒がぐいぐい私の手を引っ張っていくものだから慌てて小走りで追いかけていく。そんな私の後ろからスマホのゲーム画面を見ながらついてくるのは帷子くん。ちょ、どういう状況!?
「帷子も確か中学でバレーやってたよな?大会で見たことあるぜ」
まさかのバレー経験者に今、挟まれながら歩いています。クラスも同じだし、席も……えーっと、この手を引いていく男子も近い席だったっぽいし、こんな偶然なんてあるの!?
「……凪で、いいよ。苗字、めんどうくさいから」
「おう!んじゃ、俺も!陽介で!」
「ちょ、ちょ、えっと……陽介くんも凪くんも、一度止まって……」
止まって、と言えば素直に止まってくれた昼神陽介くん。そしてどうしたの?と言わんばかりの目をしてくる凪くんに小さく溜め息を吐いた。
「なんで私も一緒なの?私、帰宅部希望なんだけれど」
「「そうなの(か)?」」
「そうだよ」
「全中で千早のこと見かけたことあるんだけれど。高校ではやらないの?」
ぎくり。
わざわざ県外にやってきたというのに全中という経験があるから知っている人からすればどこに行っても知られているのかな。
「……高校では、バレーはやらないつもりだから」
「え、なんで……」
「全中!?すげえじゃねえか!もしかしてめちゃくちゃ強いのか!?勿体無ぇなあ。この学校、女バレ無いじゃん。なのに、ここに来たのか?」
「えーっと……まあ、いろいろあったし……」
さすがに怪我のことまでは……知らない感じかな。だいたい中学で良い成績を残したからって高校でも同じ部活で頑張ろう!っていう人は少ないんじゃない?誰もがみんな高校でも同じように良い成績が出せるとは思わないんだし、現実を考えれば上手い学校に行けばそれだけレギュラー争いも激しくなるわけで……。
「……まあ、いいや。取り敢えず見に行くだけ行ってみようよ」
「私も!?」
「もちろん、千早も」
やけにグイグイくるなぁ、この凪くんって。そして陽介くんの方は大きな声で中学のときは、くじ運が無くて序盤で負け続きだった、とかたまたま見た試合で凪くんがめちゃくちゃ上手かった、とか中学時代の思い出話をいろいろと聞かせてくれた。くじ運がどうかは分からないけれど陽介くんも別に下手って感じはしないんだよね……なんとなく。
いつまでもバレーに関する話が終わらないままに、やってきてしまった体育館。ボールの跳ねる音。部員同士の掛け合いの声。そして厳しく叱咤する監督の……ん、監督?あの人が?
明らかに生徒ではない人がジャージ姿で、立っているコートから少し離れた場所に。
口元にはヒゲ、そしてグラサン。表情が読めない……。あの人が監督?
「……なんだありゃ、ヤーさんか?」
よ、陽介くん!それは思っていても言葉にしちゃいけないでしょう!
「ヤクザ?」
ちょ、凪くんも!そんなこと言ってるの聞こえたりしたらまずいんじゃ……。
「あなたたち、もしかして新入生?バレー部に興味があるの?」
ヤーさん……もとい監督から注意をくらうかと思ってヒヤヒヤしていたら背後から何とも優しそうな声が聞こえたので振り返ると、そこには黒髪をポニーテールにして結い上げている美女がいました。
なるべく簡潔にできる部分は省いていきます。日常生活だったり、バレー部とのやり取りが無い部分は極力省きます。メインは青春でバレー部とのやり取りなので。入学初日から部活って見学できるのか?といろいろツッコミたいところはありますが……へへへ。陽介は明るいムードメーカー的な存在で、逆に凪はゲーム好きでクールというか無駄に口を開かない感じ……になっているといいなあ。
このスポコン作品では、キャラクターの苗字をかなり難しい苗字にしています。もちろん変換していくとポンと出るのですが、初見ではなかなか読めない!かもしれません。所謂、珍しい苗字ってヤツですね。スポコンを書きたいけれど、他にも何かの要素……思わず何度も見たくなるような要素……と考え、なにか面白そうな苗字はー……と考えていたときに珍しい苗字というものが目に入り、おお!これは使えそうだ!と興味を持ちました。逆に下の名前は現代っ子風だったり、呼びやすい名前にしてあります。もちろん話数の最初はルビ有りにしていますので。お、変わった名前だ。面白そうかも……とかちょっとした漢字の勉強になるかも?と思っていただけると嬉しいです。
次回は、けっこう多くの名前が飛び交うかもしれませんが、一人一人を大切に書かせていただきますので興味を持っていただけたら嬉しいです。良ければ『ブックマーク』や『評価』などしていただけますと幸いです。もちろん全ての読者様に愛と感謝をお届けしていきます!