31球 夫馬律樹(ふま・りつき)
律先輩のピアスは、なんと世凪先輩が選んだモノらしい!
え、えっとお二人ってそんなに仲良しだったの!?
とある放課後の部活のさなか、私はドリンクを用意するために水道に来ていたのだけれど、そこには何やら耳を洗っている夫馬律樹先輩の姿が。耳でも痛めたのだろうか、とドリンクの用意をしているかたわらで律先輩に声を掛けることにした。
「律先輩?耳、どうかしましたか?」
「ん?おお、千早!いや、さすがにまた外れて落ちそうになるのが怖かったからさー、思い切ってピアス全部外して、耳も洗ってたとこだったんだよ」
言われて見れば、水道の……えっと、ちょっとしたタオルとかモノが置けそうな場所には律先輩が普段から耳に付けているであろうピアスがごろごろと置かれていた。え、まさかコレ全部外しちゃうの?
「……えっと、確か世凪先輩が選んでくれたとかって言ってませんでしたっけ?」
「おお!どうせなら憧れる人に選んでもらいたくてさー!」
「憧れの人?世凪先輩が?」
「そそ。俺が中学の三年の時だったかなー……地元でおこなわれている高校の試合をたまたま観に行ったときに、そこで試合をしていた学校に世凪先輩がセッターとして活躍してたんだけれど、先輩って髪の毛の色素が薄いだろ?だから影ではあれこれ言われていて苦労してたこともあったんだってさ。いくら自毛だって言っても認めてくれない人はあっちこっちにいたらしいし、高校に入りはじめたばかりからあんな髪色なんかしていて目立たないわけがないだろ?それでバレーは上手い。先輩には面識は無くても周りは敵だらけだったって話もあったんだぜ?」
確かに生まれながらに色素が薄い髪色をしている九世凪先輩。時と場所によっては、なかなかに認めてもらうのも難しい時期っていうのがあったのかもしれない。小さな頃って自分と違う、周りと違うって理由だけでちょっとしたイジメの対象になっちゃうことだってそう少なくないって言うもんね。それでもバレーを頑張って続けていたんだなあ……。もしかして、バレーに必死に打ち込んでいるのは、そういった周りの目とか意識から逃げていたところもあったんじゃないだろうか。バレーが上手くなれば、他を見返すことができる。見た目じゃなくて、バレーの腕だけで勝負することができる、とかって感じで。
「……ストイックっていう意味、分かってきた気がします」
「へ?あぁ、もともとバレーは好きだったっぽいからなあ。小さい頃からやってたんじゃね?」
自主トレも欠かさずに、誰よりも練習に熱心で、そこまで熱くなるか?って思われたことも一度や二度じゃないと思う。それでも諦めることなく、途中で投げ出すこともなく続けてきたんだなあ。
「俺だって別に昔からこんな髪色だったわけじゃないんだぜ?でも、世凪先輩を見てから……そんで、たまたま陰口で世凪先輩の容姿をからかうヤツらの声を聞いてから……高校に来て、思い切って染めることにしたんだ」
『森川の一年、知ってるか?あの髪。自毛らしいぜ?』
『自毛!?アレが!?すげぇ色してんだなあ』
『見た目だけだろ?セッターとしての実力なんでまだまだだろ』
『どうせ目立ちたかったんじゃね?キャーキャー言われたいだけだろ』
律先輩が聞いたという陰口を聞いていくと、ぎゅっと胸辺りが苦しくなってしまった。いくら陰口だからって、こんなふうに他人を傷つけても良いものなの!?同じバレーをやっている人たちなんでしょう!?
「当時……今の三年が一年のとき、な。谷古宇監督じゃなくて、別の監督がいたんだよ。それが、あんまり評判良くなくてさ……試合中だろうと何処だろうと選手に怒鳴り散らすのは当たり前。少しでも悪いプレーをすればすぐに入れ替えるなんて当たり前だったらしい。さすがに杢代先輩は無事だったらしいけれど……今の三年の中だと体罰を受けてたって噂もあったらしいんだ」
「その、監督は……」
「う~ん、さすがに俺も当時の話をちゃんと聞いたわけじゃないから何とも言えないんだけれど、突然、谷古宇監督がやってきて、当時監督だった人を問答無用で追い払ったらしい。当然、監督も辞めさせられたって話だったかな……」
ただでさえ、今の時代は体罰なんておこなっていたら周りが黙っていないと思うのに。そんな厳しい環境のなかで今の三年生たちは耐えて部活を続けていたのか……。
でも、裏を返せば体罰をおこなうような監督がいなくなって三年生たちは安心したんじゃないだろうか。これで安心してバレーを楽しむことができる、思いっきり練習ができる!って。谷古宇監督、なんでいきなり森川に来たんだろう?
「つか、森川の生徒ってみんな真面目じゃん?あんまり髪とかも染めてないヤツが多いし。だからどうしたって世凪先輩の姿って目立つじゃん?……だからさ、別に世凪先輩に嫌な思いをさせたくないって気持ちもあったけれど……俺が、せめて見た目だけでもいろいろ目立てば世凪先輩に嫌な陰口言われることも少なくなるんじゃね?と思って俺はこうしてんの。当然、世凪先輩からは『同情ならやめてよねぇ』とかって言われたけれど、同情だけじゃなくて実力でも目立ってやりますんで!って言ったら途端に機嫌良くしてさー……まぁ、俺も世凪先輩みたく自主トレとかしまくってて……そのツケみたいなモンが出て、この前まで休んでたんだけれど……」
「怪我、だったんですよね?」
「そそ。でも、怪我って言っても捻挫程度だよ」
捻挫『程度』とは言うものの、捻挫というものは決して軽く見てはいけないものだったりする。一度、捻挫をしてしまうとちょっとしたことで捻挫がしやすい関節になってしまうことが多かったりするからだ。だからしっかりと治すべきときには治す必要がある。
「……もう、何とも無いんですか?」
「おうよ!この前だって練習試合しても何とも無かったしな!」
「……それ、捨てちゃうんですか?」
脇に置かれているシルバーのピアスたちを見ながらたずねると『まっさか~』と当たり前の言葉を返されてしまった。
「さすがに劣化してきているから付けないけれど、家に大事に保管しておくよ」
元はシルバーらしいピアス。それが、日光に当たったせいだろうか、それとも汗や雨にでもあたったせいか、だいぶ金属っぽく錆びてきてしまっているようだ。ツヤツヤとしたシルバーの色がくすんでしまっているけれど、その色はまるで……律先輩が今まで頑張ってきた証のような気がする。
「あ。リベロだからって甘く見るなよ~?俺はそんじょそこらのリベロと同じじゃ……って、バレー経験のある千早だったら分かんのか?俺、結構上手いだろ。俺はぜってーボールをコートには落としたりしない。俺が上げたボールで世凪先輩にすげぇトスを上げてもらうんだよ!へへ、俺がいれば世凪先輩も安心してトスにもバレーにも集中できんだろ?」
へへっと少年のように明るい笑みを浮かべた律先輩はとても眩しく見えた。そして、頼もしい。こんな律先輩がチームにいてくれるなら、これほど頼もしいことはないだろう。きっと世凪先輩も他の上級生たちもそう考えているに違いない。
それにしても……律先輩の運動部らしからぬ見た目には、そういう秘密があったなんて。最初は世凪先輩にただただ憧れて見た目も同じふうにしていたのかな?って思っていたのだけれど、それだけじゃなかったんだ。たまたま聞いてしまった陰口は今でも思い出そうとすると怒りがこみあげてくるんだろう……律先輩がたまに浮かべる表情には怖く感じるものがあった。
でも、先輩に……憧れる人にオススメされるピアスがあるなんて、ちょっと羨ましいなあ。きっと律先輩は、休日にでもなれば新たなピアスを買い求めるために世凪先輩を呼びつけて一緒に買い物に行くのかもしれない。どうか、素敵なピアスが見つかりますように!
律先輩の派手な容姿の意味、少しはご理解いただけたでしょうか?でも、ただ見た目を同じように目立たせるだけじゃない。バレーでも目立つ!と言い張る!なんっって良い後輩を持ったんでしょうねぇ!!(律は二年です)
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