3球 よろしく、ゲーム男子
私、千早巴は、今日から三年間は神奈川の地で過ごしていくことになります。
見事、受験に合格し、今日から通うことになるのは森川学園。
全国あちこちから生徒が集まる学校。
したいこと?……今は、特にありません。
森川学園は全国あちこちから生徒を集っているということで、寮も備われている。でも、私の場合、近くにおばさんの家があったのでお願いしてそこから通わせてもらうことになった。徒歩でもバスでも通える範囲。そしてちょっと出かければ海がある所です。今まで海無し県の長野にいたものだから海を当たり前に見ることのできる環境っていうのにはもう少し慣れるまで時間がかかりそうです。
森川はブレザーの制服。特に特殊な柄が入っているとか可愛らしいデザインがあるというわけではなく、男女ともにブレザー。しかも、紺色。中学時代より少しは短くなったスカート丈と真新しい制服に袖を通す感覚に不思議な感じを抱きながら時間に余裕を持って学校に向かった。初日から遅刻するわけにはいかないし、何より私の足の調子もみておきたい。リハビリを頑張ったおかげで私生活には問題無し。ただ運動という激しい動きに足がついていかないというだけ。ただ生きるだけなら何の問題も無い。でも、ちょっと物寂しいかな。
助走を付けて高いジャンプを。
相手のブロックに負けない高さを。
走り込めるスピードを維持できる脚力を。
いけないいけない。
ちょっと油断をするとバレーをしていたときの記憶が蘇ってしまう。三年間休み無しで動きっぱなしだった私の足。そりゃあガタが来て当然か。でも、ちょっとは思うところもあったんだよ。『どうして、私が……どうして今になって!』って。とにかく事故るタイミングが最悪だった。もう少しで準決勝も勝てたかもしれないし、決勝に進んでもしかしたら優勝できたかもしれないのに。……まあ、かもかも話をしていたらキリが無いよね。今日から高校生活がはじまるんだから。
「……広すぎでしょ」
HPでも確認していた。事前に見学もさせてもらったことがあった。それでもこの森川学園の敷地は広い。広すぎる。逆に言えば運動部にとっては良いランニングコースの確保ができているのかもしれない。
あ、ほら。
今日だってまだ朝早いというのにランニングをしている生徒がいる。髪……染めてるのかな?色素が薄いのかな?ちょっと明るめの髪色をしていた生徒だったみたい。Tシャツとハーフパンツ。ランニングをするならこの恰好が一番向いている。毎日のように着ているものだから今まで同じようなデザインのTシャツとハーフパンツを何枚ダメにしてきたことか。たまにバレーボール協会のマスコットキャラクターである『バリボちゃん』がデザインされているTシャツを着て部活に出たこともあったけれどザ・バレー部ってことでかなり目立っていたっけ。
「えーっと、受付受付。あ、クラス確認もしなきゃいけないんだっけ」
校門から校舎までにはかなりの距離がある。その間に掲示板があってクラス表が貼られているらしい。
「掲示板、掲示板……あ、これね」
クラスは一組から五組。氏名で記載されているから端からチェックしていかないと。一組には……無し。二組三組……も無し。四組、五組……と確認していくと五組目にようやく自分の名前を発見した。すると続々と新入生らしき生徒がやってくる。早めに来て正解だった。大勢いるところで自分の名前をゆっくりチェックしていくのって大変だものね。
受付ではクラスを確認した証拠として胸元に新入生!と目立つリボンを付けられる。受付にいた人は制服を着ていたし、二年生か三年生だろう。『入学おめでとう!』と満面の笑みを向けて歓迎してくれた。なかには握手までしてくる友好的な先輩らしき人もいたりして凄い歓迎ムードだった。
握手。
『ありがとうございました!』その掛け声とともに数分前まで試合を繰り広げた選手と交わす握手はなんとも言えないものがこみ上げてくる瞬間だ。その腕で今まで何回レシーブ練習をおこなってきたのだろう。この手で何回仲間にトスをあげてきたのだろう。努力をすればするほどに負けたときの悔しさはツラいものがあるけれど勝負ごとには勝つ者もあれば負ける者もある。そしてどれだけ負けた相手のことを思いやれるかが次のステップに繋げられるのだ。と個人的には考えていた。
って、いちいちバレーのことを思い返すのもやめにしないと。何かあるたびにバレーのことが思い出されてしまう。それだけバレーに打ち込んだってことかもしれないけれど。
新入生はこのまま広い講堂で学園長からの挨拶と軽い学校の説明を受けるらしい。その後、それぞれの教室に行って……どうなるんだろう?自己紹介とかするのかな。『〇〇県から来ました』とかって言わなきゃいけないのかな。全国あちこちから集まるって言っていたし、自己紹介は少しめんどうかも。
『おはようございます。講堂の席は自由で構いませんが、なるべく詰めて座ってくださいね』
これまた上級生と思われる生徒の案内付き。新入生は分からないことだらけだから仕方ないのだけれど上級生も大変よね。
言われた通りなるべく間隔を空けないようにと既に座ってスマホを覗き込んでいる男子生徒の隣に座った。現代っ子らしく何か動画でも見ているのかと思ったがちらりと見えた画面はゲーム画面だった。ゲーム!?まあ時間に余裕があるから大丈夫だとは思うけれど、随分余裕があるというか……落ち着いている生徒みたい。これから先の付き合いがあるかどうかは分からないけれど一応隣にお邪魔させてもらうわけだし、『おはよう、隣失礼するね』と小声で話しかけた。するとスマホ画面から顔を上げた彼は私に視線を向けて数秒ほどだろうか、じっと見てきてからこくんと頷くと『……おはよ』とだけ返された。そして再びゲーム画面へ集中しはじめてしまった。ゲーム好きなのかな?もしくは暇でしょうがないからゲームしているとか?ゲームを邪魔しても申し訳ないし、静かに待つしかなさそうね。
隣の男子生徒は講堂での集会がはじまるときちんとゲームを止めて話を聞いていた。逆隣に座った男子生徒は眠そうに何度も欠伸をしていたけれど話自体はきちんと聞いているみたい。ありゃ、男子に挟まれてしまった。
学園長はそこそこの年齢の人かな。若くはないけれど、そこまでご高齢というほどでも無いみたい。クラスで仲の良い友達ができると良いなあ……と説明を聞きながらこれからの高校生活をどうしようかと考えていた。学園長の話のなかにはたびたび『親切で清き心を持った人生を』との言葉が出てくる。これは確か校訓ってヤツじゃなかったかしら?校訓自体は良い言葉だと思うけれど、そう何度も言わない方が良いと思う。
あ、また……と私が思ったとき。
「あれ、さっきから何度も言ってるよね。いい加減、聞き飽きてきた」
ゲームをしていた男子生徒がコソッと小声で呟いたのだ。まさか私と同じようなことを考えているとは思わなかったので少しばかり可笑しくなってしまって『そうだね。あんまり言われるとせっかくの校訓が台無しだよね』と小声で応えたら彼もちょっとびっくりした顔をしていた。まさか反応があるとは思わなかったのかもしれない。
「あれって校訓なの?知らなかった」
「HPを見ると結構目立つ字で書いてあったから覚えているよ」
「HP?そんなのあったんだ」
あれ?この学校のHPを知らない?もしかしてめちゃくちゃ地元出身の生徒なのかな。あ、説明が終わる。これで教室に移動なんだっけ。きっとこのゲーム男子とのやり取りもこれで終わりなのかな。生徒たちが立ち上がり移動を開始していくと咄嗟に私は口を開いた。
「私、五組の千早巴っていうの。キミは……」
「五組?俺も同じ。俺は……
ゲーム男子が名前を告げようとしたときだった。講堂の壁に黄色と青色のデザインがされているバレーボールがぶつかってコロコロと私の足元に転がってきたものだからつい慣れた手付きで拾ってしまった。講堂でバレー?きっと誰か遊んでいたのかもしれない。まったく、危ないなあ……。
「あ!すんませんすんません!それ、俺の!さんきゅーな!」
どこからか男子生徒がやってきて私の手からボールを奪うと、そうそうに去って行ってしまった。
久しぶりに触れたバレーのボール。黄色と青色のデザインが入っている有名メーカーのボールだ。しっかりと空気が入っていたが汚れらしい汚れがみえなくて新品なのかもしれない。
もっと触っていたかった。
なんて思ってしまったのは気のせい気のせい。自分の手に残るボールの感触を味わいながら教室へと向かった。そこには、もうゲーム男子の姿は見えなかったので先に行ってしまったらしい。残念。
あの色を追いかけていた。
自陣のコートには落としてたまるか。
そして次の人に届けるために。
また、しばらくバレーのことを思い出してしまうかもしれない……。
複数のキャラクターと顔合わせができて良かったです。基本的にやり取りするのはバレー部関係者だと思ってください。どうしてもキャラクターが多くなってしまうのでクラスメイトをいちいち名前を出していたら大変、思い返すのも大変、理解して愛着を持てるまでも大変!なのでさっそくバレー部関係者一覧っていうのはあらかた作成しています。(メモみたいな感じで)
ぜひ推しキャラっていうのも作っていただけるのも嬉しいですし!これから出会うであろうバレー部先輩などで好感が持てるキャラクターなどもいたらどんどん好きになってもらえると嬉しいです!
良ければ『ブックマーク』や『評価』などしていただけると幸いです。しかし、物語はまだまだ始まったばかり。すぐに評価がもらえるとは思っていません。なので全ての読者様に愛と感謝をお届けしていきますので、良ければ読者になっていただけると嬉しいです!