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25球 試合後は走るべし!

 監督から手渡されたノートには、既に『千早巴』の名前が。

 監督が準備して、一年生たちの名前を監督が記入したらしい。

 一冊一冊を監督みずからが選手たちにも私にも渡していった。

 練習試合が終わると、部員たちは軽くと言いながらもしばらく校舎まわりの敷地内に走りに行ってしまって……。


「……軽いランニングって言ってませんでしたっけ?」


「……そう、だね……」


 ちらちらと時計を確認しては、まだ帰ってこない部員たち。いや、さっき軽くって言ったよね!?私の聞き間違いなんかじゃないんだよね!?


『千早チャ~ン、杢代も!俺ら、ちょーっとだけ軽いランニング行ってくるから!あ、支柱はそのままで良いから!ぜーったいに片付けようとするなよ!?んじゃ、行ってきま~っす!』


 試合の後だというのに、一休みしたらまた元気が出たのか、鐙凌駕あぶみ・りょうが先輩は『軽いランニング』と言って部員全員を連れて、外に走りに行ってしまった。でも、かれこれ……二十分ぐらい、経っているんじゃないだろうか……。軽いランニング?本当に?さすがに心配だ……校舎まわりってことは一応学校の広い敷地内を走っているってことだろうけれど……だ、大丈夫かな。特に、一年生たちが。慣れない顔ぶれといきなりチームを組んで、いきなりの上級生との練習試合。そんなの疲れないっていう人なんていないでしょう。なかには、まだちょっと体力面に心配がある一年だっているし……こんな、練習試合の後に走りに行かなくても……。女バレと男バレでは、そういう考えは違ってくるんだろうか?

 監督は、体育館の壁を背にしながら私がいろいろと書きなぐってしまった大学ノートを丁寧に、端から端まで目を通しているみたい。……あー、急いで書いてしまったところもあったからもしかしたら字が汚くて見にくいところもあるかもしれませんが、そこは頑張って目を通してもらえると……嬉しいです!


 取り敢えず、スコアボードとか、一応出しておいた椅子を片付けるぐらいになってしまった私と杢代瑠璃もくだい・るり先輩。つまり、やることが無くなってしまったのである。ドリンク……は、まだまだ必要になるよね。ランニングから帰ってきたら、飲みたくなるだろうし……でも、新たに用意するほどの時間があるかって聞かれると困ってしまう。このままに、しておこう。


「あ。ボール……」


 確か、時間があるときにはボールにしっかりと空気が入っているかどうかのチェックも仕事の一つだったはず。だったら、この時間にでもやってしまおう。籠にいっぱい詰まっているボールを一つ一つ確認しながら空気の入り具合、そして汚れても良いタオルを手にしていくとボールに付いた汚れも落としていった。ここまでくるとバレーバカと言われても仕方がないかもしれないが、しばらくこんなにじっくりとボールには触れていなかったので、例え整備のためとは言えどもボールに触れられることが楽しかった。


「……コッチは、大丈夫かな……って、まだ戻ってきてないんだ……」


 しばらくは杢代先輩と一緒になってボールの空気の入れ具合をチェックしていた。が、それも終盤。部員たちの姿はまだ体育館には戻って来ていない。さすがに、学校の敷地内だし迷ってしまったってことは無いと思うのだけれど……さすがに走り過ぎなんじゃないだろうか?様子を見に行くべき?でも、これで入れ違いになってしまったらいらない時間がかかってしまって後が大変そうかな。


「……ふふっ、そんなに心配しなくても大丈夫。一応、鐙たちも付いているから」


 私の心配が杢代先輩には筒抜けだったようで近くにいた杢代先輩からは笑われてしまった。まあ、このランニングが一年生だけのものだったとしたら余計に心配しちゃうかもしれないけれど、そうだよね……上級生たちも一緒だもん。大丈夫、だよね……。


「大丈夫なのは分かってはいるんですが……それにしては遅いかなって思って……」


 片手でポンポンと軽くボールを空中に放ってはキャッチ、放ってはキャッチする行為を続けながら杢代先輩に困ったように眉を下げて苦笑いしてしまう。


世凪せなも一緒だし、もしかしたら張り切ってランニングしているのかもしれない。……巴ちゃんは、世凪のことどう見えている?」


 不意に聞かれたのは、三年生で、髪色が生まれつきのものなのかちょっと薄いカフェラテのような色合いをしている九世凪いちじく・せな先輩のこと。


「世凪先輩ですか……まだ、付き合いが浅いので、はっきりとは言えないんですけれど……厳しそうなイメージがありますね」


「確かにね。バシバシ他の部員の背中をよく叩いているし」


「……でも、今日の練習試合で……何度かセッターとしての世凪先輩を見ていると、とても穏やかなトスを上げていると思いました。こう、ふわっとした穏やかなトスっていう感じで」


 ふわっと、とかって言っても杢代先輩には通じるだろうか。またしても、運動部ならではの擬音での言葉遣いになってしまったが、他に上手い言い方が見つからなかったんだよ。そう考えると普段、部員に対しての言葉遣いと、セッターとしてのボールの上げ方にはかなりギャップのようなものがあるように感じられた。


「世凪って自分にも他人にもストイックだからね。でも、試合になると味方にはすっごい優しいところがあるから。これからよくよく見ていくと楽しいよ」


 あの、世凪先輩が……すっごい優しい?えっと、今日はその姿は見られなかったんでしょうか。あの、ちょっと日本人離れした顔で、ちょっとにこっと微笑んだりとかするんだろうか。……『お疲れ様ぁ、今日もよく頑張ったねぇ、よしよしぃ!』って、これだと犬猫に対するご主人様のやり取りになってしまいそうだ……。優しい先輩、優しい先輩……ついつい、考え込んでいると、その間に部員たちが戻って来た。やっとか!!


「たっだいま~!」


「はぁー……疲れたぁ……ドリンク頂戴ぃ」


 一番真っ先に戻って来たのは鐙先輩。そして、腰元に片手を置きながらドリンクを求める世凪先輩。世凪先輩に、杢代先輩が『お疲れ』と言いながら即座にドリンクを持っていくのは、やっぱりさすがだと思ってしまった。続いて、残りの三年生……そして、二年生たちが戻ってくるのだけれど……あれ、一年生たちは?


「……あのー、鐙先輩。一年生たちはどうしました?」


「ん?あー……もう、ちょいしたら来るだろ」


 え、一緒に戻って来るんじゃないの!?まさか、それぞれ全力でダッシュしてきたとかって言わないよね……。


「えーっと……アイツ……凛空りくだっけ?体力不足で悩んでたからさぁ、ついでに一年たちは俺たちよりも多く走らせてんのぉ。ふふ、優しいでしょぉ?」


 いやいや、それは優しいって言わないんじゃあ……。世凪先輩は、自分で優しいと言っているけれど、それは優しいって言っていいものなのか……な、悩む!でも、素直に先輩たちよりも多く走っている一年生たち、素直だなあ……。よく怠けることなく、走ってるよね。だいたい、こういうときって先輩の目が行き届かなくなるとズルをしてしまったり、近道を通ってきてランニングを簡単にしてしまう選手もいたりいなかったりするものだ。


「ぜぇ、はぁ……た、ただいまー……」


「あ、お帰りなさい!」


 体育館に倒れ込むことはしなかったものの、それでもほぼ体力が尽きたようで体育館の床にしゃがみ込みながら一年生たちもようやく戻ってきた。うんうん、全員いる。良かったー……。

 お疲れ様、と言いながら一年生たちにドリンクを渡していくと、誰もが汗だく。そして、ちょっとした会話に口を開けないほどに疲弊しているようだ。……うん、ほんとお疲れ様。

 練習試合の後に、数十分もかけて走ってくるだとぉ!?いやいや、やりすぎ!もうちょっと抑えてください!!あ、体力を付けたい!?でも、一応試合の後なのに……たぶん、率先して、もっと走っていくよぉ!とかって言っていたのは世凪先輩だったのではなかろうかと……。

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