23球 凛空の無意識サーブ
三年の鐙先輩のサーブによって上級生チームとはだいぶ点差が開いてしまった。
でも、それでも負ける気は無い下級生チーム。
一番、試合に集中しているのは誰だろうか……。
サーブ権が下級生チームにまわってきたことで、ローテーションって言って、立ち位置も一つずつズレていくことになる。ちょうど時計の針が一つ動くかのように。今回は、お互いのチームは人数的に試合ができるギリギリの人数だったことで、下級生チームに入ってもらっている夫馬律樹先輩の立ち位置は後衛の左に固定させてもらっている。その他の選手たちは位置を変えていくことになるのだが……一人だけ、きょとんとしている姿が。
「え、俺、ここ?」
「あはは!そうそう。お前の立ち位置はこれからそこだから。きちんと覚えておけよ?」
サーブ権が交代するたびにぐるぐる立ち位置が変わっていくことにも慣れていないのか(でも、ポジションはぐるぐるまわっていくってことは知っていたみたいなんだよね)位置がズレるということに不思議そうに、違和感たっぷりな表情をしていた雲英雄馬くん。うーん、それも慣れだよ。慣れ。
そして、今、前衛には凪くん、雄馬くん、そして昼神陽介くんがいる。凪くんならば、きっと前衛のどちらかにトスを上げるんだろう。
これからサーブをするのは御法川凛空くん。先ほど、下級生チームに得点を入れた張本人だ。自分では、なんとか相手コートにボールを返した感じに考えているかもしれないけれど、どんな形であったとしても得点は得点!この一点を取れたということはもっと自信にしても良いと思う。
「……俺は、鐙先輩のようなサーブは打てませんからね。しょぼいサーブで申し訳ありませんが……いきますよ」
ふぅー、と息を吐いてからボールを軽く上げると数歩の助走とともにトン!と良い音を出しながらサーブを放っていった。ジャンプサーブなんてものでは無い、一般的にフローターサーブと呼ばれているサーブの打ち方。……の、はずだけれど。
「うぉ!?な、このやろー……!」
サーブの落下地点辺りには二年生の五十木莉央先輩がいたものだから簡単にレシーブ……をされるかと思っていたのだが、凛空くんが放ったサーブは何処かおかしかった気がする。ふわふわ~って言うか、ゆらゆら~って感じで何処に落ちるのか直前まで分からないっていう感じ。実際に、莉央先輩は受け止めることができずに腕は空ぶってしまってボールは床に落ちてしまった。
え、今の……まさか無回転サーブ?凛空くんは普通のサーブを打ったつもりでいたようだけれど、さっきのサーブって回転していた?もしかしなくても、無回転だったんじゃ……。凛空くんは凛空くんで、『あれ?どうしたんでしょう?』と不思議そうな顔で上級生チームを見ている。もしかして、無意識?無意識のうちに無回転サーブを打っていたんだろうか。それは、凄いかもしれない!
「凛空くん!ナイスサーブ!もう一回もう一回!」
これは、思わぬ収穫かもしれない。中学時代では、レギュラーになれず、まともな練習らしい練習が出来なかったと言っていた凛空くん。でも、何も見ていなかったわけじゃないんだ。同じ部の人たちの練習を見て、きっと今のサーブだって普通に打ったつもりなのかもしれないけれど、無回転サーブになり、多かれ少なかれ上級生たちを驚かせている。
「……凛空、今の……狙った?」
帷子凪くんが凛空くんのそばに歩み寄ると何やらコソコソと話し始めてしまったが、凪くんが何か言っても首を左右に振る凛空くん。二人の間で一体どんな会話がおこなわれていたんだろう。気になる!!
「はぁ?無回転?一年がぁ?……あの手のサーブは、落ちてくるギリギリを待つんじゃなくて、どんどん腕に当てていってくれる?アンダーで受けようとは思っちゃダメだからねぇ。オーバーで」
さすが上級生。
無回転サーブのレシーブのコツもしっかりと心得ているみたい。すぐさま周りに声をかける九世凪先輩は、さすがと言ったところかな。でも、対応が早くて周りはすぐに落ち着くことができる。
さて、もう一回、凛空くんのサーブ。
軽く上げたボールを数歩の助走を付けて打った、普通のフローターサーブ……に見えるんだけれどなあ。ちょうどネットを越えた辺りからだろうか、急にふわふわ~、ゆらゆら~って感じで不可思議な動き方をはじめていくボール。
「二度も……させるか!」
まだまだ落下地点を予測するのは早い。だけれど、鐙凌駕先輩はジャンプをしながらオーバーハンド(両手を頭上で構えた形)で、上手く世凪先輩へとボールを返すと、世凪先輩はフワッとした……まるで穏やかな波のような静かなトスを上げると待ち構えていたのは高さのある毒島琉生先輩。毒島先輩がその猫背をしゃきっと伸ばして迫力のあるスパイクを下級生チームのコートへと打ち込んだのだった。
下級生チームのブロック?は、どうしたかって?まだまだブロックを形作るなんて一年生たちには早いし、止めるのが難しいのならば一人でも多くレシーブにまわった方が良い。が、毒島先輩の放ったスパイクには僅かにリベロの律先輩が反応しただけで一年生たちは足さえ動かすことができなかったようだ。
「ふぅ……ナイスぅ、凌駕、琉生」
一呼吸置きながら、世凪先輩は鐙先輩と毒島先輩の背をバシバシと叩いていく。……世凪先輩のアレって、もしかして愛ゆえってヤツなのかな?叩かれるたびに、こちらまで凄い音が聞こえてくるけれど、きっとあの力で背中を叩かれたら真っ赤になるかもしれない。
そして、再び上級生チームへとサーブ権が移動。次にサーブを放つのは毒島先輩だ。三年、背丈もじゅうぶん。経験もあるし、鐙先輩のような強烈なサーブを打つんだろうか……下級生チームの面々をちらりと伺うとみんながみんな汗が凄い。それほど動いているわけじゃないと思うのに、ここまで汗を掻いているなんて目の前にいる上級生チームに圧倒されているからだ。ここまで一方的に点を取られ、自陣にはほとんど点が入らず精神的にもツラいだろう、もしかしたら今すぐにでもギブアップしたくなっているのかもしれない。
でも、コート上は非情だ。どんなに良いプレイをしたって、足を動かしたってボールがコートに落ちてしまうとともにメンタルもどんどん下落していってしまう。何か……何か、言葉をかけないと……このままじゃ、試合なんてものにはならなくなってしまう!
「みん、な……」
「わはは!どうした、どうした!?みんな~、顔が怖いぜ?凪!眉間に皺作り過ぎ!もっと肩の力抜けって~!」
圧倒的に下級生チームが一方的に負かされていることに変わりはない。急に点差がひっくり返るなんてことはバレーでは有り得ない。有り得ないのだけれど……。
「集中するのは良いけれど、顔が怖すぎだって~!あはは!陽介も一輝もすっげー顔してるぜ?ほら、深呼吸!!」
雄馬くんの声は、とても無邪気で。
今の点差なんて全く目に入っていないようで。
むしろ、点のことなんか全然考えていないようにも聞こえる明るい声で。
ただ、純粋にバレーのことだけを考えているっていう顔をしていた。
雄馬くんって、一体何者?バレーの知識が無いって言う割には、危うい場面において良い言葉を投げかけてくるし、誰かが崩れ落ちそうになるような場において、明るい言葉を向けてくれる。本当に、彼ってバレーの知識は……本当に無いの?
今回、登場した無回転サーブ。全日本だったり、企業での試合の中でも時々見られるようになってきましたね。確か、去年?今年?いつだったか、ボールが、無回転になりやすいとかって変わったってことを聞いたような気が……それだと無回転サーブ得意な人だとどんどん有利になるかも!?
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