15球 悩む薬袋(みない)
朝練は無事に終了。
誰も怪我をしていないみたいだし良かった良かった!
でも……
「つ、疲れたー……!なんだよ、主将っていうからもっと優しく指導してくれるのかと思ったのに全然スパルタじゃねえか!!」
みんなそうそうに着替えを済ませて各々の教室に向かうなか、上級生たちの姿が見えなくなると途端に口を開いたのは薬袋一輝くんだった。そして一度口を開き出すとそれは止まることを失ったかのように次から次へといろいろな愚痴をこぼすようになっていったのだ。
「つか、陽介が一番良かったんじゃね?あの月見里先輩からめちゃくちゃ褒められてたじゃんかよー。途中からでも良いから変わってほしかったんだけどー」
「あはは……確かに今日の鐙先輩は少し変だったかもって杢代先輩も言ってたよ。きっと一年生が入ってきたから気合いでも入っていたんじゃない?」
たぶん、それだけじゃあないとは思うんだけれど……これは、私の勘。
「まあ、月見里先輩と組んでるときは、やってて気持ち良かったぜ!これからもペア組むときには絶対、月見里先輩が良い!」
「あ、この野郎……」
朗らかに楽しんでやれていた様子の陽介くんに対して不満・愚痴・文句が絶えない一輝くん。そんなにツラかったかな?
「……それさ、一輝が下手だからじゃない?」
ススッと手元のスマホを操作しながらぼそっと口を挟んだのは帷子凪くん。こ、こういうところ!もう少し……なんて言うか、オブラートに包んだ言い方みたいなものはできないのかな!?
「はぁ!?んだよ、そんなに俺って下手なのか?……千早さんはどう思う?俺」
そこで私に話を振られるのが一番困る!
他の一年生たちも私が何を言うのかしっかり聞き耳を立てているみたいだし、バレー初心者の雲英雄馬くんも『なんだなんだ?』と気にして私に視線を向けている。ぐっ、気まずい……。
「千早に説明されなくても分かるでしょ。下手だよ、一輝」
私がいつまでも口を開かない、言葉を発しないと思ったのか引き続き凪くんのはっきりとした感想がつげられた。いや、だから、なにもそこまではっきり言わなくても良いんじゃない!?
「……一応、中学ではずっとバレー部だったんだぜ?」
「……大会は?どこまで勝ち上がったの。一輝はずっとレギュラーだった?……勘だけれど、違うよね。大会だってそこそこ上まで来てれば分かるし。……一輝の名前も知らなかったし」
「ま、まあまあ!いくら中学で経験があったとしても人それぞれだし、高校に来てガラリと環境が変わって力が発揮しきれないってこともあるじゃない?だから……まだ気にすることじゃ……」
「でもさ。主将の鐙先輩。きっと一輝には思うところがあったんだと思う」
ふむ……と考え込みながら口を開く雄馬くんは、はっきり何がとは言わないものの鐙先輩が一輝くんに対して何か考えているのだと察しているようだ。あ、これには私も同意したいかも。
「ボールを使った練習ができるだけマシだと思いますけれどね。俺のところはレギュラー以外の選手はマネージャーの仕事が主で今朝のような練習には参加することもできませんでしたから」
御法川凛空くんのところはまた厳しい、というかレギュラー以外の選手に対しての扱いが酷そうな学校だったんだなあ。よく、それで高校に来てまたバレーやりたいと思ってたね。その精神力には尊敬しちゃうかもしれない。
「はぁー……これから主将の顔がずっと頭にちらつきそう……つか、声も怒ってなかったか?すげー頭ガンガンするんだよな、今」
「え。頭痛!?」
「いや、そこまでじゃないけれどさ……面と向かいながらずっとあの声聞かされてたから頭が重いってだけ」
一応、仮入部……という形ではあるのだけれど、ほぼ入部しているような感じで練習に参加している我ら一年生。まだはじまったばかりだというのに、バレーに対して一番ネガティブな考えを持っているのは一輝くんだよね。大丈夫なのかな……このまま続けていけるんだろうか。
「そう言われると俺も凪にはずっといろいろ言われっぱなしだったな~」
同じ立場のような雄馬くんでも、部活中はとても真剣な様子で凪くんの言うことにチャレンジしては失敗し、チャレンジしては失敗……を繰り返しているものの今は何でも無いかのように明るい表情をしている。
「……雄馬は、下手とか以前の問題だからね」
このように凪くんが追加攻撃をしてきたとしても雄馬くんは何とも軽々と言葉を受けているが、自分はまだまだ下手だしなぁと笑っている。
一輝くんと雄馬くん。性格的な問題があるんだろうか。でも二人ともどちらかと言えば明るくて人懐っこそうな感じがする。人見知りなんてものはしなさそうだし、誰とでも仲良くできるようなタイプだと思うのだけれど……バレーが関わるとそんなに考え方とか感じ方とかが変わってしまうものなのだろうか。
「俺が思うに……雲英くんは自分のことを下手と認識していますが、薬袋くんはどうです?」
ふと、凛空くんが呟いた一言。これに、ハッとした私は『そうか……!』と理解した。いや、今まで何かがはっきりしないところにきていてモヤモヤしていたのだけれど、凛空くんの言葉でそのモヤッとしていたものがはっきりできたというところだ。
「はあ?別に、普通ぐらいじゃね?別に初心者ってわけじゃねえし」
「一輝くん、一輝くん!一度、振り出しに戻った方が良いと思う」
「振り出し?」
「きっと一輝くんってバレー経験もあって、ポジションも基本的にはどこでもできるって自己紹介のときにも言ってたでしょ?でも実際、朝練の様子をみていると、レシーブも完璧に上手い!って言えるほどじゃなかったと思う。だから一度、自分は初心者!っていう気持ちになった方が良いと思うよ」
「はあ!?なんでいまさら……」
私の言うことを素直に認めるっていうのは難しいと思う。だけれど、きっと今の一輝くんにはそれが必要なのだと思えた。
「とにかく、放課後までに意識を変えてきて!そうしないと今のままだから!」
時間を確認するとそろそろ予鈴が近い。私は一年生のみんなの背中を押して促してそれぞれの教室に向かうように促した。(さすがに全員がどのクラスなのかっていうことは分からなかったけれど……)
中学で部活の経験があって、いまさら自分のことをバレー初心者と考え直すなんて簡単なことじゃないと思う。それに悔しいだろう。でも、一輝くんや鐙先輩の様子をみたときに、一番に考えた方が良いのは一輝くんのバレーに対する考えだと思った。これは、バレーそのものが上手いだとか下手だとかって意味じゃない。まったくできないというわけでもなく、めちゃくちゃ上手いというわけでもない一輝くんは、そこそこできるところで意識が止まってしまっているんじゃないだろうか。これ以上上手くはならないのだから熱心に練習しなくても良い、このままでいれば下手になることもない。大げさな話かもしれないけれど、そういう意識の持ち方って大切なことなんだよ。
「……ねえ、千早って中学時代は主将とかやってた?」
自分の教室にやってきても同じクラスメイトであり、席も近い凪くんからたずねられた。
「え、そうだったけれど……なんで?」
「いや、結構ズバズバ攻撃してくるからさ。……たぶん、相手のことを考えてのことだと思うけれど。勇気あるね」
これは、勇気とかの話なのだろうか。
まあ自分ができない分、周りが上手くなるようにいろいろとサポートしたいところはサポートしたいと考えているからね。直せるものがあるなら直してほしい、そう考えるのは普通だと思うんだけれどなぁ……。
なんだか上級生がいなくなった途端に騒ぎ出す下級生っていますよねぇ?その代表が一輝。まあ、今朝はいろいろ大変だったとは思いますが……そもそも大変じゃない、楽ではない、っていう部活練習ってあるんでしょうか?いろいろと一輝には考えてもらいたいところですね。
スポコンを目指して書き連ねているバレーラノベ。良ければ『ブックマーク』や『評価』などをしていただけると嬉しいです!キャラクターも個性や珍妙字があふれていますので気にしていただけると嬉しいです!




