13球 悪い癖
雄馬くんの目標は、安定してレシーブしたボールをとにかく『上』にあげること。
さて、他の一年生の練習具合はどうだろうか……。
「また……全然こちらには届いていませんよ。俺の所にきちんと返してください」
「だから足動かせっての!バレーっつのは足動かさなきゃ話にならねえだろうが!」
「ははは!二人とも口じゃなくて、ちゃんと手、動かせよ~?ほれ、次はオーバー!アンダーで受けるなよ。オーバーで受けなきゃダメだからな~」
さ、騒がしい……。
上級生たちも、時々何事か言い合いながらレシーブ練習をしてはいるものの、この一年生三人組が一番うるさかった。このなかに飛び込んでいくのはちょっと勇気がいるが、このままじゃ誰も上達しないままになってしまう。ここはしっかりと助言をしてあげないと!
「ちょ、陽介くん、声大きすぎ。そんなに大声で言わなくてもこの距離なら聞こえているから!」
「!だってよぉ……御法川っつったか?アイツ、全然動かないんだよ」
しばらく三人組のレシーブ練習をじっと眺めていく。……あー、うん。なるほど。陽介くんが注意したくなる気持ちも分からなくもない、かな。
「凛空くん。ボールは自分の立っている場所に飛んでくることを期待しちゃだめだよ。ちゃんと自分で動いて、ボールの落下地点に移動しないと。それに動くことで足腰の鍛錬にもなるでしょ?体力を付けるためにも、まずは積極的に動こうよ」
確か自己紹介のとき、御法川凛空くんは体力の無さを気にしているようだったはず。だったら基本的な練習をしているうちから足腰を鍛えて体力もついでに付けてもらおう。とアドバイスしたつもりだったのだけれど……。
「この二人のレシーブが下手なんですよ。あちこちに移動させられるなんて大変じゃないですか。サーブレシーブはきちんとセッターのいる位置に返すことができるのに、この基本的なレシーブ練習で相手に返すことができないんじゃ、サーブレシーブもまともにセッターに返せないってことですよね?」
んんー。言いたいことが分からないわけでもない。でも……。
「凛空くんはセッター希望っていうわけじゃないんだよね?だったら他のポジションの選手なら、コートの端から端まで動き回ってボールを追いかけていくことが必要になるよ。そうしたらフォローに入らないとボールは繋がらなくなっちゃうでしょ?」
「……確かに」
「あと、一輝くん。さっきからわざと凛空くんに走らせようとしていない?レシーブされて飛んでいくボールが安定していないよ」
「……そりゃあ、御法川が体力付けたいって言ってたし、あちこち走らせた方が良くね?」
「それもそうだけれど!これは、レシーブ練習だよ。きちんと相手にレシーブを返すことも大切なんだからね?」
あれ、と自分でも不思議に思ってしまった。
今、もしかして凛空くんと一輝くんに言っていることって……矛盾している?
「で、結局、俺は動いた方が良いんですか?動かなくても良いんですか?」
「えーっと……」
まずい。
これだと言っていることが矛盾しているって指図を受けてしまう。えっと、こういう時は……。
「バレーだろ?動いてボールを拾うスポーツなんだから動くことが当たり前だろ」
背後から雄馬くんの声が届いた。
えっと、それは当たり前なことなんだけれど……このレシーブ練習となると……。
「では、最初から薬袋くんはきちんとレシーブ練習をする気がないということで、いいんですね?」
「は?」
「なんで、そうなるんだよ!やる気はあるって言ってんだろうが。むしろお前の方が足りてないだろ!」
「ちょ、二人とも!」
う~ん……この三人……陽介くんもいるからやる気も入っていい具合に練習できるかなと思っていたんだけれど、まずかったかなあ。
違う意味で熱が入ってしまって、ほとんど練習にならず言い合いばかりになってしまっている。
「ストップストップ!薬袋くんは、きちんとレシーブをしているんだよね?」
「当たり前だろ!」
あれ、でも、確か薬袋くんも中学ではバレー経験者だったはず。その、周りよりかは上手くはなさそうだったのかもしれないけれどさすがにきちんとレシーブぐらいは相手のいる位置に返すことができるのでは?
「えっと……試しに、薬袋くん。私に向かってレシーブ練習してみてくれる?ボールは私から上げるから」
「え、えーっと……千早さんと?」
「うん。ちゃんと私のいるところに返すことを考えてね。じゃ、行くよ!」
私はオーバーハンドから上げたボールを薬袋くんの位置に打つと薬袋くんからのレシーブを待った。すると……。
「おりゃ!」
あ、あれ……?私がいる位置よりも遥かに前に落ちたので、ちょっと移動すると今度はアンダーハンドから上げたレシーブを薬袋くんに再び返した。そして……。
「とぉりゃ!」
……今度は、私のいる位置よりも遥かに後方へ。……後方を注意しつつ下がると今度はオーバーハンドで受けたボールを薬袋くんへと返せば……。
「うりゃ!」
今度は、私がいる位置よりも横に逸れたボールになってしまった。さすがにここまで移動させられると自分の足も心配してしまって追いつけず、床に落ちたボールを拾って考え込んだ。
……彼、バレー経験者なのよね?どっちかと言えば初心者に近い?雄馬くんほどではないけれど、安定したレシーブをすることができていない。毎回毎回、レシーブを受ける側としてはあちこちに移動させられて大変になってしまう。
「えっと……なるべく、同じ場所に返せるように意識してみてくれる?なんだか、レシーブに変な癖でもあるのか……安定していないよ」
レシーブをするとき、姿勢が安定していなかった?もしくは腕の角度だろうか。
「……姿勢、かな」
そこに飛び込んできたのは、凪くんの声だった。雄馬くんとのレシーブ練習よりもこちらの方が気になってしまったのかもしれない。でも、第三者から言われるとだんだんモヤモヤしていたものがはっきりしてくるから助かる。
「……薬袋は、姿勢が変わってる。毎回違う姿勢でボールを受けてるって感じ。体は真っすぐにしないと安定しないよ」
おお!凪くん凄い!私でもなんて説明したら良いのか分からなかった部分を指摘してくれるからこれなら薬袋くんでも分かってくれるはず!
「姿勢?……今までそんなこと気にしたことなかったんだけどなあ。だいたいボールが上がればなんとかなったし」
それは……他のチームの方たちが大変な苦労をしてフォローをしてくれていたから上手くいっていたと思っているのでは?
「だいたい、今更、姿勢?基本的なことは分かってるつもりだけれど」
「……たぶん、それ、分かってるつもりになってるだけじゃない?」
「は?なんだそれ。俺が中途半端にやってるみたいじゃねえか」
あちゃ~……凪くんの指摘は助かる。でも、ちょっと言い過ぎなところがあるから相手に火を付けてしまうところがあるんだよね。今も、ちょっと危ない雰囲気になってしまっているし……。
「まあまあ!姿勢が悪くなっているなら直すのも早い方がいいし!」
「だいたいアンタ、マネージャーだろ。なんでこっちにいろいろ口出ししてくるんだよ」
「……巴はマネージャーでもあり、バレー知識も高いから教えてもらうのは当たり前だろ」
雄馬くんはそう言ってくれるけれど、ちょっとここまで寄ってたかって薬袋くんに注意するのは良くないかもしれない。けれど、バレーには正しい姿勢も大切だ。崩れた姿勢でいくら練習したって上達するものも上達しないままになってしまう。それは薬袋くんも分かっていると思うんだけれど……。
「マネージャーはマネージャーの仕事してりゃ良いじゃねえか。なんで選手にあれこれ言ってくるんだよ」
「お~い、こら。そのマネージャーの仕事を増やしてんのはお前ら一年たちだってことを忘れるなよ?」
とうとう主将の鐙先輩までもが近くにやってきてしまった。すると、何も言えなくなってしまう薬袋くん。やっぱり上級生には逆らえないのかな。
「それに、千早は全中……確か準決勝だったか?そこまで出ていた選手だよな。たぶん、お前ら一年よりも……よっぽど上手いんじゃねえか?」
そ、そういうことは言わなくてもいいんじゃ……逆上しちゃうパターンもあるだろうし。薬袋くんの場合は悔しそうにそっぽを向いて、凛空くんは『へぇ、そうなのですか』と感心していた。それに体力だとか力加減を考えると男バレと女バレだとまた違ってくるものもあるだろうし……。
う~ん……上手い言葉ってなかなか見つからないなあ。
ある意味、薬袋のようなタイプが一番厄介であることも多いです。自分はできているつもり、基礎はやってきているから自分はできるんだ、と考えているタイプ。これを修正していくのはなかなか苦労ですぞ!!!
それに例えマネージャーだとしても女子に指摘されるとプライドが傷付いちゃうこともあるから大変ですよね……厄介な一年生が集まってしまったものです……。それを考えたのは私なのではありますが……(汗)
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