社畜なおっさんだけど居候の双子姉妹に癒されるから明日もライフMAXで働ける
社会人になって早十数年。毎日のように夜遅くまで働いて心身はボロボロ。「生きるために働いているのか、働くために生きているのか」なんて疑問を抱く段階を過ぎてしまった今日このごろ。
メンタルの枯れきった社畜なおれにも、一つだけ生きがいがある。
「「おかえりなさーい!」」
玄関に上がった途端、二重の元気な声に出迎えられた。
……ああ。
肩に重くのしかかっていた疲れが吹き飛んでいった。
「先にご飯食べる? シチューだよ」
「今日はソラがつくった! 偉いでしょ!」
「ソラちゃん、つまみ食いしてただけでしょ。もう手伝ってあげないよ」
「あーん! ユア、怒らないで~」
しゃべっている二人はユアとソラ。双子の姉妹だ。姉がユアで妹がソラである。二人とも高校一年生だ。顔立ちはそっくりだけど、ユアは大人しそうで、ソラは活発そうだ。あと、体つきの一部に大きな差がある。どことは言わないけれど、ソラのほうが豊かだ。
親子ほど歳が離れているけれど、おれの従妹である。仕事で海外出張に行った叔母夫婦に預けられる形で、春から居候に来ていた。
着替えると晩飯の用意がされていた。シチューからほかほかの湯気が出ている。一口食べて、幸せをかみしめた。
コンビニ弁当とは違う。レンジでチンすれば温度は同じだけれど、手作りならではのあたたかさは格別だ。
ご飯を食べながらリビングを見やる。双子が仲良く並んで座って、レースゲームをしていた。
「あ、ソラちゃん、ひどい!」
「勝てばいいのだよ!」
「負けないよ~」
「ユア! スター使ってるでしょ!」
「ちゃちゃらちゃちゃん」
「「ちゃちゃらちゃちゃちゃ」」
……てえてえ。
二人のやりとりをながめているだけで心が洗浄される。
元気なんだよなあ。二人ともいきいきしていて楽しそうだ。たまに動きがシンクロするとか最高なんだが?
もう、おれの娘でいいんじゃないか? 従妹だし、いけるよな?
叔母には感謝せねばなるまい。
当初は、家族全員で海外に引っ越す案もあったらしい。けれど、双子は日本にいたがった。親族会議が行われて、二人の通っている高校から近い、おれの家に居候することになった。
従妹とはいえ、独身のおっさんの家に居候は嫌がるはずだけれど反対はなかった。二人が小さな頃から面倒を見ていたこともあって、それほど拒否感はなかったのかもしれない。
昔は「おおきくなったらけっこんして!」って言われたこともあったっけ……微笑ましかったなぁ……。
見下ろせるくらい小さかった二人の背も伸びて、すっかりお姉さんだ。居候で来てはいるけれど、ユアがしっかりしているから二人だけで十分に生活できている。おれ、働いているだけでろくに面倒見られてないし。むしろ支えられている。「やっぱり実家に帰る」って言われてもおかしくない。
「ユウキー! 勝負しよー! 早くご飯食べて!」
「ソラちゃん、ダメだよ。疲れているんだから」
声をかけられた時には、おれはシチューを味わいながらも素早くたいらげていた。
双子にはさまれてゲームをする。レースに勝ったり負けたりして大盛り上がりしながら、遊び好きなソラが飽きるまでつきあった。
「ユウキさん。あの、お願いがあるんだけど……」
ゲームを片づけていると、急にユアがもじもじしだした。妹のソラに比べると控えめなユアは遠慮しがちだ。
なんでもお願いしてくれていいんだけどな。全力で叶えるのに。預金通帳を渡そうとしたけど断られちゃったんだよな……。
それにしても、かわいい。そんな恥じらう顔を学校でもしているのだろうか。勘違いした男どもが群がっているのではないか? 男子は女子から話しかけられるだけで好きになってしまう悲しき獣なんだ。お父さん、心配です。
「今度の日曜日なんだけど……」
「お仕事、お休みだよね」
隣にいたソラに聞かれておれがうなずく。と、ユアが上目遣いになった。
「見たい映画があって……みんなで、行こ……?」
「……行くぅ」
ああ、生き返る。
たとえ残業が法律違反の時間を軽く超えようと。顧客から理不尽なクレームで怒鳴られようとも。社員が減って作業が増えても効率化すればどうにかできるだろとか無茶振りされようとも。嫌な上司から人格否定されようとも。
おれは明日もライフMAXで働ける。
◇◇◇
「きっしょいですね」
仕事をしていると、隣のデスクにいる後輩に言われた。失礼なやつだ。
「にやにやしながら爆速でタイピングしないでくれませんか。動きが速いくせに静かなのもきしょいです」
害虫を見るような目で罵倒するのはやめてほしい。おれはゴキブリか?
ふと、スーツのポケットが震える。私用の携帯に連絡が入っていた。おれはさりげなく着信相手を確認して――即座に内容を確認した。
愛しき双子の姉、ユアからである。夕飯の画像が送られてきた。今夜はハンバーグか。メッセージも添えられている。
『待ってます(はーと)』
なんと愛おしい文面だろう。ユアは、チャットだとたまに敬語になる。奥ゆかしいのも良き。
さらに連絡が入る。今度はソラからだった。またハンバーグの画像が送られてきた。が、同じ被写体でも微妙に映りが荒い。おおざっぱなソラらしかった。
『食べちゃうよー!(はーと)』
…………ぅふふっ。
「きっっっしょ」
後輩のドン引きした声が聞こえた気がしたけれどどうでもいい。おれは無敵だ。今日は意地でも早く仕事を終わらせて三人でご飯を食べよう。あと、ケーキを買って帰ろう……ん?
よく見ると、未読の連絡があった。叔母からだった。
なんだ? ユアたちの様子なら少し前に聞かれたけれど……。
「――え?」
連絡には、仕事の都合が変わり、急遽、帰国する旨があった。来週には日本に帰ってくるらしい。
青天の霹靂とはまさにこのこと。おれの脳はあまりの衝撃に停止していた。
幸せとははかないものである。
居候生活がはじまって一年も経たぬうちに告げられた終了宣言だった。
双子は実家に帰っていった。
◇◇◇
おれのライフはゼロになった。
日々が辛い。慣れで麻痺していたはずの労働の苦痛で、全身が悲鳴を上げている。
一度救われてしまった心身は、枯れた日常への忍耐を失っていた。
おれはもう、天使を知ってしまった。双子のいない生活に戻るなんて耐えられない。社畜だけの余生は辛すぎる。
癒しを失うとここまでメンタルが崩れるのか。改めて双子の偉大さを思い知った。
世界が色あせて見える。すべてがモノクロだ。
おれから会いに行けばいいのだけれど、誘えるはずがなかった。おっさんがさみしいから女子高生に会いたいとかキモすぎる。双子から嫌われたらいよいよ生きていけなくなる。
仕事が終わって帰っても一人だ。食って寝る以外にすることがない。
家の鍵を開けて玄関に上がる。リビングの電気が点いていた。消すのを忘れたか。
……疲れた。
重い疲労を感じて、立てなくなった。
明日も仕事がある。早く風呂入って、飯食って、あ、食べるものなかった……コンビニ行くか……力が入らない。
これって、やばいんじゃ……。
「「おかえりなさーい!」」
二重の元気な声がして、おれの意識がはっきりした。
「わあ! 大丈夫!?」
また声がする。ソラだ。ユアもいる……幻? さみしさのあまり、イマジナリー双子を生み出してしまったのか?
「立てる? 救急車呼んだほうがいい?」
「いや、平気……」
腕をさわられている。本物だ。
「やっぱり、ソラたちがいなきゃダメなんだよ!」
「来て正解だったね!」
どういうことだ? 実家に帰ったのに、なんでまたおれの家に?
「心配だから来たの。お仕事忙しいから、ちゃんとご飯食べてないんじゃないかって」
「もー! びっくりしたじゃん!」
……女神ぃ。
リビングに入ると、テーブルにご飯が用意されてあった。ユアの得意料理であるシチューが湯気を立てている。
部屋がきれいになっている。忙しさで放置していたゴミが片づけてあった。
「お部屋、掃除しておいたからね」
「頑張ったんだよ!」
「「ね~!」」
ああ、癒されていく。
にごりきっていた心が洗浄されてゆく。
全身に力がみなぎってくる。
疲れが、吹き飛んで……。
「あったかいよぉ……」
「「どうしたの!?」」
おれは泣いていた。うるおいを取り戻した心から流れた感動のしずくだった。
生まれてきてくれてありがとう。
双子に感謝を。双子に幸あれ。
ご飯を食べ終わると、おれは体調を心配されて休むように言われた。
台所でソラが洗い物をしている間、ユアがおれの熱をはかっていた。
「あの、お母さんと相談したんだけど、やっぱりまた居候させてもらってもいい?」
「え? いいの?」
「だって心配だもん! また倒れちゃったらどうするの?」
理解が追いつかない。勢いに押されたまま、おれはこくこくと首を縦に振った。
「ソラちゃん、いいって!」
「やった! レースしよ~!」
台所で洗い物をしているソラが元気に応じた。
これは現実か? 二人がまたおれの家に住むだと? 最高すぎる。
「あとね、もう一つあるんだけど」
「お小遣いが欲しいのかい?」
「違うよ!? お金じゃなくて、えっと」
慌てて、ユアが手を振った。なにやら恥ずかしそうにしていた。
「前からユウキさんのこと、〝さん〟づけで呼んでるでしょ。ユアもソラちゃんみたいに、そろそろ、呼び捨てにしてもいい……?」
「パパでもいいよ」
「え、え?」
やべ、かわいすぎてうっかり願望が口から出てきた。
「あ~、冗談だから気にしな――」
「け、結婚はまだ早いよ! 卒業したらいいけど」
「ん?」
「あっ」
ユアが、しまった、というふうに口元をおさえた。顔色が一気に真っ赤になった。
「終わった~! みんなで勝負しよ……え、なにこの空気」
洗い物を終えたソラがリビングにやってくる。微妙な空気が流れているのに気づいたのだろう。おれたちを交互に見やった。
「ユア?」
「な、なんでもないよ」
ユアが顔をそらす。ソラが疑わし気にじーっと見つめた。
隠そうとしているけれど、そこは以心伝心の双子である。直感が働いたのか、ソラの目がくわっと見開いた。
「ずるい! ずるいずるい!」
「ソ、ソラちゃん」
「ぬけがけしないって言ったじゃん!」
……え?
「ソラちゃん、違――」
「ソラもユウキのこと、ずっと好きなのに!」
「はあ?」
突拍子のない発言に、ついまぬけな声が出た。
好き? 聞き間違いか? あー、家族愛みたいなやつ?
「ユ、ユアも、好き、です」
うん、言ったわ。しかもめっちゃ恥ずかしそうだ。さすがにガチなやつだってわかる。
ふー、待て待て。
――なんで二人から告白されているんだ!?
「ソラは六歳の時に結婚するって約束した! 覚えてるよね!?」
「ユアだって指切りしてくれたもん」
ヒートアップした二人が詰め寄ってきた。
いや、待て。年齢が離れているし、従兄なんどけど。従兄でも結婚できるのか? って、問題はそこじゃない。やっぱりそこが問題か?
いきなりすぎておれもパニックになっている。ひとまず落ち着かせたほうがいい。
「待って。おれはお父さんになりたk」
「「ふざけないで!」」
おれ、死んだ。もう生きていけない。
「ソラが先に約束したんだけど!」
「ユアが先にしたの!」
「ソラはスタイルいいし!」
「ユアは料理できるよ!」
二人が口喧嘩しはじめている。バカな。あんなに仲が良かったのに。喧嘩してる姿もてえてえけど、笑いごとではない。
おれのせいなのか? どうすればいい?
「ソラのほうがずっと好きだから!」
「ユアのほうがずっとずっと好き!」
「ソラ!」
「ユア!」
二人が同時におれを見た。
「「どっちにするの!?」」
究極の選択を迫られて、おれは絶叫した。