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39.準備がありますの

明けましておめでとうございます。

「まあ、とりあえず事情は分かった」


目の前で深々と頭を下げたまま微動だにしないミウに、リッケンバッカーが声をかける。


「一部始終を目撃していた受付嬢や冒険者たちからも話は聞いた。明らかに非があったのはナーシャのようだし、君は彼女の要望に応えて戦っただけだ。幸い命に別状もないようだし、気に病むことはないさ」


「で、でも……私……」


「ナーシャはああいう性格だし、これまでも似たような問題を何度も起こしている。今回の件、あいつにとってはいい薬だろうよ」


リッケンバッカーは「ククッ」とニヒルな笑みをこぼすと、いまだ目の前で頭を下げ続けるミウに座るよう促した。


肩をすくめて小さくなったままのミウが、おずおずとソファへ腰を下ろす。


「ナーシャのことは済んだことだし、まあいい。それよりもミウ。君はいったい何者なんだ?」


「え……?」


「いや……まだ記憶が完全に戻っていないのにこんなことを聞くのもどうかと思うが……」


「……」


「魔法や魔道具、魔物、薬草にいたるまで幅広く豊富な知識があり、現役の冒険者をも圧倒するほどの体術と魔法技術。君が只者ではないことは明らかだ」


荒くれ者が集まる冒険者ギルドのトップ、ギルドマスターから鋭い目を向けられ、ミウは唇をキュッと結んだまま顔を伏せた。


「勘違いしないでほしいが、責めているんじゃあない。ただ、今回の件で俺を含め多くの者が、君は何者なのかと強い関心を寄せている」


「わ、私は……私は……」


ミウが震える声で言葉を紡ぐ。その姿からは明らかな苦悩の様子が見てとれた。


「いや、すまない。一番ワケがわからないのは、いまだ記憶が戻らない君自身だもんな」


「すみません……ギルドマスター……」


「いいってことよ。それに、自分では使えないと思っていた魔法も使えたんだし、少しずつ記憶は戻っているのかもな。ぼちぼち、思い出していくといいさ」


「はい……。ありがとうございます、ギルドマスター」


「ミウも今じゃすっかりギルドの名物受付嬢だ。これからもよろしくな」


リッケンバッカーから温かい言葉をかけられ、ミウの口もとがかすかに緩む。再度、謝罪と感謝の言葉を口にしてから、ミウは業務に戻るべく部屋を出て行った。


応接室の扉がパタンと閉まり、ミウの姿が見えなくなると、リッケンバッカーは大きく息を吐いた。


ああは言ったものの、やはり気になる。ナーシャは決して弱い冒険者ではない。性格にこそ難はあるが魔法戦の巧者であり、依頼達成率も高い。


目撃した者の話によれば、ミウはナーシャの魔法を見事な体捌きでかわしたという。それだけでも驚きだが、もっと驚きなのは彼女が使った魔法だ。


鋼鉄の処女(アイアンメイデン)、か……」


殺傷力が極めて高い高位魔法の一種。標的の周りへ一瞬にして複数の魔法陣を展開させ、無数の棘で刺し貫く恐ろしい魔法だ。


高度な空間把握能力と魔法陣知識、豊富な魔力が求められるため、使い手を目にすることはほとんどない。あまりにも難易度が高いゆえに、現在では魔法の教育機関でも指導はしていないはずだ。


いったい……彼女は何者なんだ?


過去の記憶を失った、謎多き新人受付嬢。再度大きく息を吐いたリッケンバッカーは、ひとまずナーシャを見舞うべく診療所へ向かう用意を始めた。



──授業終了のチャイムが鳴り響き、ユイは「ん〜っ」と天井に向けて大きく伸びをした。


「あー、やっと終わった〜……」


本日最後の授業は苦手な算術。先生に当てられないでよかったー、とそんなことを考えつつ帰り支度をしていると──


「ユイちゃん、帰りに冒険者ギルドへ行ってみませんか?」


声をかけてきたのはモア。少し遅れ、メルもノロノロとした動きでそばにやってきた。


「お、いいね。ミウさんにも会いたいし、行こっか」


モアがにっこりと微笑み、メルは右手の親指をグッと立てて見せた。きゃいきゃいと楽しげに連れ立って教室を出て行く三人娘に、多くのクラスメイトが視線を向ける。


メルは魔法の天才として学園内に名を知らしめているが、ユイやモアもまた魔法に優れた生徒として有名な存在だ。三人揃って廊下を歩いているだけで、自然と生徒たちの注目を集めた。


「それにしても、明日楽しみだなー」


「ですね。でもちょっと緊張もしてしまいます」


「不思議な感じ」


明日は、リズが臨時講師として学園へ指導にやってくる日だ。授業の準備をしたいという理由で、今日の指導は中止となっていた。


「リズ先生、準備があるって言ってたけど、いったい何を準備するんだろ?」


「リズ先生は生真面目なところがありますから。授業がスムーズに進むようにマニュアルとか作成しているのかも」


「みんなで食べるお菓子とかならいいな」


メルの発言に、ユイとモアが同時に「それはない」とツッコミを入れる。そんなやり取りをしつつ廊下を歩いていると──


「あなたたち、今日も元気いっぱいね」


後方から声をかけられ、三人が同時に背後を振り返った。


「あ、教頭先生!」


「ごきげんよう」


にこやかな笑みを携えながら背後に立っていたのは、学園の教頭であるベスパ。


「今日もこれから魔法の先生のもとへ?」


「いえ。リズ先生は明日の準備があるそうなので。今日はギルドに少しだけ寄ってから帰ります」


「そうでしたか。あなた方の先生には、かなりご無理を言って講師をお願いしましたから……明日は私もぜひご挨拶をさせていただこうと思います」


その言葉を聞いた三人娘が、顔を見合わせて嬉しそうに笑みをこぼす。


「私たちも明日はとても楽しみです! あ、でも……リズ先生って少しおっちょこちょいなとこあるから、ちょっと心配かも」


「ユイちゃん。その言葉、そのまま先生に伝えますからね?」


「や、冗談だって!」


「リズ先生もユイにだけは言われたくないはず」


「はぁ!? どういう意味よっ!」


途端に姦しくなる三人娘。その様子を間近で見ていたベスパの口もとが分かりやすく綻ぶ。


「ふ、ふふっ……! あなたたち、本当に仲良しさんですわよね。前にも言いましたが、本当の姉妹のようですよ」


三人娘はお互いの顔をちらりと見合い、そしてクスクスと笑みをこぼす。


「教頭先生には、お姉さんか妹さんがいるんですか?」


ユイからの問いかけに、ベスパは一瞬だけ目を伏せると、どこか寂しげな笑みを浮かべたまま窓の外を見やった。


「ええ……とても優しくて、素敵な姉がいましたわ」


「え……それって──」


ユイの言葉を遮るように、少し離れたところから「ベスパ先生ー! お客様ですー!」という教員の大きな声が飛んできた。


「あらあら。ではあなたたち、道中気をつけてね」


「は、はい! さようなら!」


踵を返すベスパに、三人娘が揃ってペコリと腰を折る。


「ふう……緊張したぁ。教頭先生ってさ、上品な貴婦人って感じでちょっと圧倒されちゃうよね」


「まあ、実際ベスパ先生のご実家は王都屈指の豪商ですしね」


ユイが目をぱちくりとさせる。


「え、そうなの?」


「ユイちゃん、知らなかったんですか? ベスパ先生のご実家はあのモッキンバード商会ですよ」


「ええ!? め、めちゃくちゃ凄いとこじゃん……」


「ええ。王都で売られている工業品や工芸品、食品にいたるまで、そのほとんどにおいてモッキンバード商会が関わっていると聞きますしね」


「教頭先生、生まれつきのお嬢だったとは」


メルの頭にユイが軽くチョップを喰らわす。


「まあ、最近は王都にもエステルで生産された品々がよく出回るようにはなりましたが、いまだにモッキンバード商会の影響力は大きいんですよ」


「てかモア、よくそんなこと知ってるな……」


「えへへ……実は経済についても勉強していたので。今のモッキンバード商会は、ベスパ先生の旦那様が代表を務めてるんですよね」


「へー……商才がある人をお婿さんに選んだ、ってことなのかな」


「かもしれませんね。ちなみに、ベスパ先生の旦那様は元冒険者らしいです。ご本人が執筆された伝記にそう書かれていました」


「なるほど……ベスパ先生と結婚して逆玉に乗ったと」


「ユイちゃん、その言い方はどうかと思いますよ?」


てへ、と舌を出すユイへモアがジト目を向ける。


「まあ、商会をここまで大きくしたのは今の代表だと聞きますから、やはり商才はあったんだと思います」


そのような話で盛り上がりつつ、三人娘は冒険者ギルドへ足を向けるのであった。

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