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34.嫌な予感がしますわ

「それでさー、マーサってリヒトのことが気になってるんだって」


「えー……そうなんですね。ちょっと意外です」


「マーサは趣味が悪い」


表情をいっさい変えることなく、バッサリとクラスメイトを斬り捨てたメルに、ユイとモアが「うわぁ」と顔をしかめる。


ここは、聖デュゼンバーグ王国の王都にある魔法女学園。リズの愛弟子であるユイとモア、メルたちが通う学び舎だ。


もともとは女子のみを対象とした教育機関だったが、時代の変化にあわせ段階的な共学化が進められている。


「モアは最近気になる男子いるの?」


「わ、私ですか? 別に……いません。もう、しばらくそういうのはいいかなって」


午前と午後の授業間に設けられた昼休み。クラスメイトたちが思い思いにすごす中庭で、ユイたちもお喋りに華を咲かせていた。


「ふーん。じゃあ、メルは……って、いるわけないか」


「ユイ、私のことバカにした? 私、これでも一応女子」


メルがユイにジトっとした目を向ける。


「えっ。じゃあ誰かいるのっ?」


「ん。いない」


「やっぱりいないじゃんっ!」


「そういうユイは?」


「あ、あたし? あたしは……うん、あたしもいないかな。学園には――あっ!」


しまった、と言わんばかりに口を手のひらで覆うユイに、モアが弾けるように視線を向ける。


「ユ、ユイちゃん、さっきのどういう意味ですかっ!? ま、まさか学園の外に、そ、その、好きな人が……!?」


「ちちち、違う違う! そんなんじゃないからっ!」


慌てて首を左右に振るユイだが、動揺しているのは明らかだった。


「ユイ。本当のこと言わないとあとで本気の魔導砲(キャノン)を撃ち込む」


「はぁっ!? そんなん普通に死んじゃうしっ!!」


「ユ、ユイちゃん! 私も本当のこと聞きたいですっ!」


にわかに(かしま)しくなる三人娘に、周りの生徒たちが興味深げに視線を向けた。学園の全生徒から美少女と認識されているメルはもちろんのこと、モアとユイも将来有望な整った顔立ちをしているので、自然と目を引いてしまう。と、そこへ――


「ふふふ。あなたたちはいつも元気がいいわね」


きゃいきゃいと騒いでいた三人娘のもとへ、一人の年配女性が近づいてきた。クラシカルな装いが印象的な女性が、柔和な表情を浮かべたままユイたちへ優しい目を向ける。


「あっ。教頭先生!」


年配の女性は、学園の教頭を務めるベスパである。年は六十代後半だが、常にレディとしての佇まいを忘れない彼女は、学園で学ぶ全女生徒にとってお手本となる存在だ。


「ベスパ先生、お疲れ様です」


「こんにちは」


モアとメルがかすかに背筋を伸ばして挨拶をする。


「ええ、こんにちは。最近の学園生活はどう? 充実してる?」


「は、はい」


やや緊張した面持ちのユイが返事をする。


「そう。ならよかったわ。それにしても、あなたたちいつも仲よしで微笑ましいわ。まるで……そう、姉妹のよう」


「ああ……あたしが長女でモアが次女、メルが三女、みたいな?」


当たり前のように言い放ったユイに対し、モアとメルが同時に「ちょっと!」とツッコみを入れる。三人の息があったテンポのよいやり取りを目の当たりにし、ベスパがくすりと笑みをこぼした。


「ふっ、ふふっ。本当に姉妹のようね」


くすくすと笑みをこぼしながら、「じゃあ午後の授業も頑張って」と口にすると、ベスパはゆったりとした足取りで中庭をあとにした。


「あー……教頭先生って優しくて素敵だけど、ちょっと緊張するよね」


「それ、わかります」


「あれぞ淑女」


よくわからないことを口にしたメルに、モアとメルが呆れたような目を向けるが、当の本人は空を見あげて「大きな雲見っけ」と、さらにとぼけたことを口走った。



――切ない音色を奏でる風切り音がやたらと耳につく。かすかに眉をひそめたリズは、小さく息を吐くと上空から眼下の地上を見下ろした。


「お姉様に聞いた話では、このあたりにワイバーンの巣があったとのことですが……」


久々に顔を見せた姉貴分と会話を楽しむなかで、リズはワイバーンについて聞いてみた。姉と慕うアンジェリカは、何百年も前から人間の地で暮らしている。自分が知らないことでも、姉なら何か知っているのではないかと考えたのだ。


「……本当にこのあたりなんですの? とても、ワイバーンが好みそうな場所ではないような……」


群れをなしてエステルに飛来したワイバーンのことを考えつつ、リズは地上に目をこらす。相当に標高が高い山のほぼ頂上。リズの視界には、何の変哲もない山の頂上部分が映っていた。


ワイバーンは、ゴツゴツとした岩場を好むはず。でも、ここにはそんなものほとんど見えませんわ。こんな障害物がほとんどないところで、暮らしていたというんですの?


首を捻りつつ、リズはスーッと地上へと降り立った。風でふわりと持ちあがりそうになる、黒いワンピースドレスのスカートを手で押さえながら、そっと周りを見やる。


やはり、ワイバーンが暮らしていたような痕跡は見当たりませんわ。ただただ、どこまでも広い更地……。


「――更地……?」


リズがハッとしたような表情を浮かべる。紅い瞳に鋭い光を宿したリズは、慎重にあたりへ視線を這わせつつ歩き始めた。


最初に降り立った場所こそ、まるで地ならししたように不自然な更地だったが、歩を進めるほどに砕けたような岩の欠片が目立ち始めた。


「! これは……!?」


リズが思わず目を見開く。視線の先にあったのは、砕け散った岩の破片だけでなく、白い棒っきれのようなもの。


その場にしゃがみこんだリズは、直径三センチほどの細長く歪曲した白い棒を手にとった。


「ワイバーンの……骨?」


間違いない。これはワイバーンの翼部分の骨。ハッとしたリズが再び周囲へ視線を這わせていく。


上空からは気づかなかったが、そこらいったいにワイバーンの骨や牙などの残骸がゴロゴロと転がっていた。


「これでは……ワイバーンの巣というより墓場じゃありませんの」


でも、おかしいですわ。自然死なら骨は一箇所にまとまっているはずですの。しかし、ここにあるのはバラバラなうえに、あちこちへ飛散している。


それに、まるでいくつもの大きな岩が砕かれたような形跡。もしかすると、これは――


「大規模な戦闘の痕跡……?」


そう考えれば説明がつく。ワイバーンの巣なのに、不自然なほど更地化していることも。おそらく、ワイバーンは何者かと戦闘におよび、その際にもともとあった大きな岩などがすべて破壊されつくした。


巣を襲撃した者はよほど手ごわかったのだろう。群れをなして、一目散に逃げていくほどに。


「つまり……エステルに飛来したワイバーンたちは、何者かから逃げてきた……?」


眉をひそめるリズは腕を組むと、何やら思案するようにその場へ立ち尽くした。



――学園での授業が終わり、ユイとモア、メルの三人娘はいつものようにリズ邸へ向かうべく王都のなかを歩いていた。


「そろそろ、先生新しい魔法教えてくれないかなー?」


「そうですねー。魔導砲ほど高度な魔法でなくていいので、教えてほしい気持ちはあります」


「ダメ。基礎が大事」


メルの言葉に、ユイとモアが途端に目を剥く。が、誰よりも高度な魔法を使いこなせそうなメルでも、リズの指示に従い基礎練習を重点的に行っているのを二人はよく知っていた。


「たしかにそうなんだろうけどっ。メルに言われるとなんか腹立つ~……!」


「はぁ……天才には私たちの気持ちなんてわからないんですよ」


「うん。それはわかんない」


あっさりと言い放ったメルに、二人が再び「きーっ!!」と悔しさを滲ませる。と、そのとき――


「ん……? あの人、何してんだろ?」


怪訝そうな表情を浮かべたユイが前方を指さし、モアとメルが同時にそちらへ目を向けた。


そこにいたのは、何やらおどおどとした様子で周りを見わたしながら、ヨタヨタと歩く一人の若い女性。


「わ……きれいな人。でも、何してるんでしょう?」


「まさか、おのぼりさんじゃないのよね? 田舎から初めて王都にやってきたとか?」


「ユイの悪いとこ出てる」


メルの言ったことは無視し、ユイは若い女のもとへ小走りに駆け寄った。口が悪く勝ち気な少女ではあるが、三人のなかで一番他人のことを思いやれるのもユイなのだ。


「あ、あの! どうかしたんですか?」


「え……あ……」


ユイに声をかけられた女が、かすかに怯えたような表情を見せた。年のころは二十歳くらいだろうか。背中のなかごろまであるウェーブがかかった金色の髪、切れ長の涼やかな目もと。正統派の美人だ、とユイは思った。


「ずっときょろきょろしてたから、何か困っているのかなって」


「あ……ありがとう……」


「えっと……それで、いったいどうしたんですか?」


女を見あげながら声をかけ続けるユイのもとへ、モアとメルもやってきた。女が再びかすかに怯えたように肩を震わせ、ちらりと二人を見る。


「あ、この子たちはあたしの友達で、モアとメルです。あたしはユイ。えと、お姉さんの名前は?」


ユイに名前を聞かれた女が、震える口をかすかに開く。が、ユイがいくら待っても次の言葉は出てこなかった。


「あ、あの……?」


「ご、ごめん、なさい……」


まるで消え入るようなか細い声で謝られ、ユイたち三人は思わず顔を見あわせた。いったい何を謝っているんだろう、と思った三人だったが、その答えはすぐにわかった。


「わから、ないの……。私、自分が誰なのか……どうして、ここにいるのかも……」

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