閑話 いつかの未来2
「子離れできない困ったパパは世界最強の魔王です!」連載中☆ 世界中の女子を熱狂させるロックバンド『魔鈴』を率いる魔王ロキ。そんなロキと人間の母とのあいだに生まれたサクラにとって、ロキは父というより世界中で人気のロックスター。そのため素直にパパとも呼べない。一方、ロキは愛娘から何とかパパと呼んでもらうべく奮闘するのであった。
体力にだけは自信があったのに――
エルミア教の教会聖騎士、イザムは肩を上下させながら一歩ずつ歩を進めた。今彼らがいる場所は、聖デュゼンバーグ王国と隣国セイビアン帝国にまたがる山脈。
聖騎士たちは、二日前からある目的でこの山へ訪れていた。イザムが呼吸を整えながら、先頭を歩く女を見やる。
身長百五十センチにも満たない、華奢な少女の背中を見て、イザムは気持ちを奮い立たせた。
聖騎士として厳しい訓練を受けてきた自分たちでさえこれほど苦しいのに、なぜあのお方は平然としておられるのだ……?
足場が悪いうえに勾配がきつく、しかも標高が高いため空気も薄い。実際、教会聖騎士のなかでも選りすぐりの精鋭を集めた八人からなる部隊なのに、全員がイザムと同じように肩で息をしていた。
肩より少し長い、美しいブロンドの髪を揺らしながら平然と歩を進める少女こそ、教会聖騎士の精鋭を率いる枢機卿メルである。
「ん。このあたりで休憩する」
メルは突然立ち止まったかと思うと、くるりと背後を振りかえり無感情な表情のままそう口にした。休憩と聞いて、聖騎士の精鋭たちが一様にほっとした表情を浮かべる。
聖騎士たちから少し離れた場所で、大きな岩に腰をおろしたメルは、感情がまったくうかがえない瞳で周囲へぐるりと視線を巡らせた。と、そこへ――
「メ、メル枢機卿。お茶をどうぞ」
少しおどおどとしながらメルに声をかけたのは、数少ない女性聖騎士のノヴェラ。
「ん。ありがと」
受けとった水筒に口をつけたメルが、ゴクゴクと喉を鳴らしながらお茶を流しこんでいく。
「あ、あの……それで枢機卿。私たち、まだここへ来た目的を教えてもらってないのですが……?」
「そうだっけ?」
「ええと、魔物退治としか……」
かわいらしく小首を傾げるメルのそばに立つノヴェラは、とにかく嫌な予感しかしなかった。なぜなら、今までメルが聖騎士の精鋭を集めてどこかへ出かけるときは、たいてい過酷な任務が待っていたからだ。
「おかしいな。聖騎士団長のレベッカさんには伝えた気がするんだけど」
「はぁ……」
「まあいいや。ここにやってきたのは、サラマンダーの討伐だよ」
「はぁ!!?」
とんでもないことを口走ったメルに対し、ノヴェラは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「ここには、古のサラマンダーが棲みついてるんだって。最近、その眷族たちが山をおりて悪さをしてるみたいだから。いっそのこと棲家もろともなくしちゃおうかなって」
唖然とした表情を浮かべるノヴェラとは対照的に、メルの顔色はいっさい変わらない。
「い、いやいや! サラマンダーは若い個体や眷族だけでも相当な脅威ですよ!? 古のサラマンダーともなれば、Sランク冒険者のパーティーでもなければ討伐なんて……!」
「大丈夫。私がいるし」
あっけらかんと言い放つメルに、信じられないといった視線を向けるノヴェラ。
「古のサラマンダーは私が相手する。みんなは邪魔な眷族を何とかしてくれたらいい」
「か、簡単に言わないでくださいよぅ……!」
がっくりと肩を落としたノヴェラはゆっくりと踵を返すと、仲間たちにメルの言葉を伝えるべくのろのろとみんなのもとへ戻っていった。話を聞いた全員が、ノヴェラと同じ反応を示したのは言うまでもない。
天に向かって大きく伸びをしたメルが、腰をおろしていた岩からぴょんと飛び降りる。
「みんな、そろそろ行こうか」
地面に座りこみ、しばしの休息を楽しんでいた聖騎士たちが一斉に立ちあがる。若干、戸惑いの表情を浮かべたままの者もいるが、ほとんどの聖騎士はいつもの精悍な顔つきに戻っていた。不安はあるものの、彼らはメルの強さを理解しているから。
「多分、もう少し登ったところが棲家だと思う。だから――」
ふと影がさして周りが薄暗くなる。数名の聖騎士が、ハッとしたように天を見あげた。
「あ、ああ……!」
「サ、サラマンダーだ!」
見あげた視線の先にいたのは、空の支配者たる竜種の一種、サラマンダー。炎と毒を司る恐ろしいドラゴンである。
『ここを我の棲家と知って侵入してきおったのか、脆弱な人間どもよ』
腹に響くような低い声があたりに響きわたる。古のサラマンダーがゆっくりと地上に降り立ち、ズシンと大地が揺れた。
巨体でメルたちを見下ろしてくる古のサラマンダー。その周りでは、眷族である小型のドラゴンが牙を剥いて聖騎士たちを威嚇していた。
『知らなかったこととはいえ、我の棲家へ勝手に立ち入ることは許さぬ。死ぬがよい』
古のサラマンダーが口を開き、強力なブレスを放つ。が――
「『聖なる盾』」
メルが魔法を唱え、彼女や聖騎士たちを白い光の膜が覆った。炎を巻いたブレスがあっさりと光の膜に吸収されていく。
「おお! さすがメル枢機卿!」
顔をしかめたサラマンダーとは対照的に、聖騎士たちからは歓声があがった。
「のんきなこと言ってないで、あなたたちは眷族をやっつけて。こいつは私が倒すから」
顔色一つ変えずに聖騎士たちへ指示を出したメルは、その冷たい瞳をスッとサラマンダーへと向けた。
『……お主のような小娘が、千年近く生きている我を倒すじゃと?』
「うん」
『……思い上がりも甚だしい。聖魔法の使い手とは少々驚いたが、それでも人間ごときにむざむざとやられる我ではない』
怒り心頭のサラマンダーがメルを睨みつける。一方のメルはというと、相変わらず何を考えているのかまったくわからない表情を浮かべていた。
「残念だけど、あなたには絶対にここで死んでもらう。ごめんね」
ぼそりと呟いたメルが魔力を練り始める。小さな体から黒々とした魔力が立ち昇り始めるのを見て、サラマンダーがにわかに動揺した。
『な、何者なのだ、貴様は……! 聖魔法が使えるだけの、ただの人間ではない、のか……!?』
「……私が何者だろうと、あなたには関係ない。『展開』」
メルの前方に、直径一メートル前後の魔法陣が五つ展開した。驚愕したサラマンダーが、その場から離脱しようと翼を動かし始めるのだが――
「じゃあね。『魔導砲』」
全魔法陣から凄まじい魔力を巻いた閃光が放たれた。すべての閃光が、回避行動に遅れたサラマンダーの巨体へ命中する。
あらゆる地で恐れられた古のサラマンダーの巨体に、いくつもの大きな穴が穿たれた。
『バ……バカな……! こ、こんなことが……!』
サラマンダーの巨体がゆっくりと地面へ崩れ落ちる。その様子を、メルは無表情のまま眺めていた。
ちらりと周りへ視線を巡らせる。さすが精鋭というべきか、聖騎士たちもサラマンダーの眷族と互角以上の戦いを繰り広げ圧倒していた。
あっちは任せておいて大丈夫だろう。モノ言わぬ肉塊と化したサラマンダーを、メルはじっと見つめたあと、そっと天を仰いだ。
メルの脳裏に、かつて楽しい時間をすごした、敬愛する師匠と友人たちの姿が浮かびあがる。
いつも私を庇ってくれた友達思いのユイ。のんびり屋だけど負けず嫌いなところがあるモア。
しばらく会えていないが、ユイは冒険者や副ギルドマスターとして、モアは学園の教頭として活躍していると話に聞いている。
それと、リズ先生。私が世界の誰よりも敬愛する師匠。私にとって、本当の母親のようであり、姉のようでもあったリズ先生。
今でも、ユイとモア、リズ先生は私にとって何より大切な存在だ。もう、同じ時を生きることはできなくなったけど、それだけは変わらない。
だから……せめて、リズ先生やユイ、モアには幸せで平穏な日々をすごしてもらいたい。
そのためには……。
天を仰いでいたメルが、地面に横たわるサラマンダーへ視線を向ける。
そのためには、みんなの脅威となる存在を私が消す。航行距離が長く、強大な力をもつ種族はいつデュゼンバーグを脅かすかわからない。
だから、私が消す。
私の大切な師匠と、大切な友人が安心して暮らせるように。エルミア教の教義なんて知ったことじゃない。
私はただ、大切な人たちが幸せに、平穏にすごせるのならそれでいい。私のやることに対して、教皇にだって何も言わせない。
そもそも、信心も何もない私に権力を与えたのはソフィア教皇なのだから。
「リズ先生……ユイ、モア……」
かつて同じときをすごした師匠と友人たちの名前をそっと呟いたメルは、勝利の雄たけびをあげる聖騎士たちのもとへスッと歩みを向けた。
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