33.来客が多い日ですの
初の恋愛ファンタジー作品「今も貴方に私の声は聴こえていますか」1話を公開しました。ぜひに。
「調査、ですの?」
思いがけないお願いをされ、リズがかすかに眉をひそめる。向かいに座るリッケンバッカーが、申し訳なさそうに頭をかいた。
「はい……。リズ様にこんなことをお願いするのは、本当に申し訳ないんですが……」
聖デュゼンバーグ王国の王都で、冒険者ギルドのギルドマスターを務めるリッケンバッカーが突然訪ねてきたのはつい十分ほど前。
愛弟子たち愛用のソファに腰かけ、小さくなっているリッケンバッカーの様子を見るに、面倒ごとをもってきたのは明らかだった。
「まあ……その件については私も少しは気になっていましたが」
リズの言葉を聞き、リッケンバッカーは安心したように頬を緩めた。リズの言うその件とは、先日エステルに襲来したワイバーンのことである。
被害はほとんどなかったとはいえ、ワイバーンの群れが現れたとあっては国としても放置はできない。そこで、国から冒険者ギルドへ正式に調査の依頼があったそうだ。
「本来なら、国軍や教会聖騎士の仕事なんですが……。そもそも、ワイバーンがどこからやってきたのもさっぱりわからない状況なので……」
「ていよく丸投げされた、ということですのね」
ため息をつきながら肩を落とすリッケンバッカーを、リズは紅い瞳でちらりと見やった。
人間にとってワイバーンが大きな脅威であることは間違いありませんの。先日の件に関しても、テイラーがエステルを要塞化していたからこそ被害はほとんどなかったものの、王都やほかの都市に現れたとなったら大惨事になっていたはずですわ。
「……わかりましたわ。こちらで少々調べてみますの」
「ほ、本当ですかっ!?」
「私も気にはなっていましたから」
リッケンバッカーが、ほっと安堵したような表情を浮かべる。それから、少し雑談したあと、リッケンバッカーは何度もお礼の言葉を述べてからリズ邸をあとにした。
「さて、と。少し掃除をしてから出かけましょうか」
ほうきを手に取り、「よしっ」と気合いを入れた刹那。外から馬がいななく声が聞こえた。窓のそばへ移動し外を見やると、そこには一台の馬車が。
「馬車……で来客とは珍しいですわね。いったい誰なのでしょう」
首を捻りながら玄関から外へ出る。馬車から降りてきたのは、初老の男性と黒いローブを着用した若い女だった。
二人とも、一度も見たことがない顔だ。どちらも、緊張したように顔をこわばらせている。
「いったい、どちら様ですの?」
「と、突然の訪問、申し訳ございません。わ、私は、デュゼンバーグ王立魔法女学園で学園長を務めている、レイバンと申します」
「わ、私は魔法の教師をしているハンナですっ」
並んで深々と頭を下げる二人の様子を見て、リズが眉をひそめる。
「王立魔法女学園、というと……ユイたちが通っている学園ですわよね?」
「そ、そうですそうです! ユイちゃんたちから、リズ先生のお話はよくお聞きしていますっ」
来訪の目的はよくわからないものの、外で立ち話もあれなので、リズは二人を自宅のなかへと招きいれた。
ハンナと名乗った女教師が、ユイたち愛用のソファを見て目を輝かせる。
「わぁ……!」
「? どうしましたの?」
「い、いえ! ユイちゃんたちから、このソファの話も聞いてたもので。先生が私たちのために買ってくれたって、嬉しそうに話していました」
「ふふ……あの子たちったら」
リズの口もとが思わず綻ぶ。胸のなかにポカポカとしたあたたかいものを感じながら、リズは二人へ座るように促した。
「で。魔法女学園の学園長と魔法教師が、私にいったい何のご用がおありですの?」
レイバンとハンナがちらりと視線を交わす。どちらが話を切り出すべきか迷っているようだ。
「え、ええと。実は、リズ先生にお願いがあって――」
「あなた方にリズ先生と呼ばれる筋合いはありませんの。私はあくまであの子たちの師匠ですから」
ルビーのような紅い瞳をじろりと向けられ、レイバンが心のなかで小さく「ひっ」と叫ぶ。
「ももも、申し訳ございません! では、リ、リズ様。大変ぶしつけなお願いで申し訳ないのですが、我が女学園で生徒たちに魔法の指導をしてもらえませんでしょうか?」
「…………は?」
たっぷりと間をとったあと、リズの口から間抜けな声が漏れた。慌てたように、魔法教師のハンナがフォローを始める。
「や、そ、その! ユイちゃんたちから、リズせ……リズ様の素晴らしさは何度もうかがっていましてっ。実際、ユイちゃんとモアちゃん、メルちゃんはリズ様から指導を受け始めて、めきめきと魔法が上達しています。ぜひ、その優れた指導力で、学園の生徒たちを指導していただけないかなと……!」
「……私の指導力など大したものではありませんわ。純粋に指導力だけなら、本職の教師であるあなたのほうが上だと思いますわよ?」
「い、いえいえ! 私なんてリズ様の足もとにも及びませんっ!」
「そもそもですが、あなた方。私が何者なのか知っていますの?」
「あ、はい。吸血鬼なんですよね? それも、真祖に近い血族とお聞きしましたっ」
リズは思わずソファからずり落ちそうになった。
真祖に近い吸血鬼と知ったうえで、子どもたちに魔法の指導をしてくれと言っていますの? 言葉は悪いですが、この方々、頭は大丈夫なのでしょうか?
「……残念ですが、お断りしますわ。私は、あの子たちへの指導で手いっぱいですから」
「そう……ですか……」
レイバンとハンナがわかりやすく肩を落とす。
「リズ様はとても優しい方だから、お願いすればきっと大丈夫だよ、ってユイちゃんたちは言ってたんですが……そう、ですよね。いきなりこんな話、ムリですよね……」
「は……? ユ、ユイたちが……?」
「はい。ときどきでもいいから、学園でも指導してくれたら嬉しいな~って、ユイちゃんたちは言っていました」
ハンナが上目遣いでリズを見やる。そこはかとなく感じるあざとさ。
「はぁ……リズ様に断られたって聞いたら、ユイちゃんたち悲しむんだろうなぁ……」
「……!」
こ、この女……! かわいらしい顔して、とんだくせ者ですわね。
「ち、ちょっと、考えさせてくださいな。ユイたちとも話してみますから」
「わっ! ありがとうございます、リズ様!」
ハンナがパッと顔を明るくし、その隣ではレイバンが深々と頭を下げた。まだ引き受けると決まったわけではないのに、ハンナはほくほく顔だ。
馬車に乗りこんで帰ってゆくレイバンとハンナを玄関先で見送ったリズは、大きくため息をついた。
まったく、あの子たちったら……。
やれやれ、と首を左右に振りながら玄関扉へと向き直ったそのとき――
「リズ。久しぶり」
「きゃああああ!!!」
いきなり背後から声をかけられ、リズは思わずその場で跳びあがった。弾けるように振りかえった視線の先にいたのは――
「お、お姉様!!」
「やっほ。元気そうね」
目の前にいたのは、黒いゴシックドレスをまとった美しい少女。リズの従姉妹であり姉と慕う女性、真祖アンジェリカ・ブラド・クインシーである。
「やっほ、じゃありませんわっ! いきなり背後に現れて声をかけるのはおやめくださいまし!!」
「ごめんごめん。そんなに怒らなくてもいいじゃない。あまり怒りっぽいと身長伸びないよ?」
「お、大きなお世話です! そ、それより、いったいどうしたんですの? お姉様のほうからやってくるなんて」
アンジェリカは、隣国ランドール共和国の国境に近い魔の森に居を構えている。
「ちょっと暇だったから遊びに来たのよ。あれ? あなたのかわいいお弟子ちゃんたちは?」
「まだ学園で授業を受けているはずですわ」
「ああ、そっか」
ポン、と手を打つアンジェリカにリズがジト目を向ける。が、お姉様と慕うアンジェリカがわざわざ遊びに来てくれたことには、素直に嬉しいと感じていた。
「と、とりあえずお入りになってくださいな。お茶を淹れますから」
「はーい。お邪魔しまーっす」
二人で連れ立って家のなかへと入りながら、「それにしても、今日は来客が多いですわね」とリズは心のなかで独りごちるのであった。
「森で聖女を拾った最強の吸血姫~娘のためなら国でもあっさり滅ぼします!~」「永遠のパラレルライン」「戦場に跳ねる兎」「今も貴方に私の声は聴こえていますか」連載中☆
完結作品「連鎖~月下の約束~」もよろしくなのです。




