第7話 弱男の飯
乃和木風華が一問一答企画でやらかしてから一週間後。
俺は仕事が休みなので寝ていた。すると突然、玄関からガチャガチャと音が聞こえてきて俺の部屋のドアが乱暴に開かれた。
「空雄さん、おはようございます!」
「えっ、鍵閉めてたっすよね?」
「空子さんが合鍵くれました!」
おい、母親。たいして知らねぇ奴に鍵渡すんじゃねぇよ。防犯意識低過ぎだろ。
コイツなんていつ無職になって犯罪者に落ちるか分かんないんだからな。空き巣は知ってる奴の家に入るとも聞くし勘弁してくれ。
「あはは……それで会社はクビになったんすか?」
「それがですね、私も諦めかけてたんですけど、なんと! もう一度チャンスをくれることになったんですよ!」
はぁ? あの醜態さらしてまだチャンス与えるってヤバいだろ。枕か? プロデューサーの愛人なのか?
「へぇ……よかったっすね」
「もっと喜んでくださいよ! ともかく! 次は“食レポ”を任せられることになったんです!」
天気予報やれよ。つってもコイツに真面目なコンテンツを任せられねぇか。地震や台風でふざけるとたちまち炎上するしな。
「そうなんすか。まぁ頑張ってくださいっす」
「そこで! また練習に付き合ってください!」
いや、低学歴偏屈クソ弱男の俺に頼るなよ。コイツ友達いねぇのか? いねぇか。コイツは口を開けばチクチク言葉のオンパレードだし、お上品な上級国民のコミュニティだと、気付かれない程度に隅に追いやられて排除されてそうだもんな。哀れな奴。俺みたい。
「はぁ。で、何食べるんすか?」
どうせ断っても無駄なので話を聞いてみることにした。
「あ、これ構成表です。社外秘なのでバラさないでくださいよ」
はい、コンプラ違反。偉い人ー、早くコイツクビにしないと手遅れになりますよー!
俺も巻き込まれる前に夜逃げの準備しとかないとな。あ、そんな資金なかったわ。
「えーっと、まずスポンサーのラーメン屋でラーメンを食べるんすね」
は? 経費でラーメン食うってことか? ズルいぞ、俺にも食わせろ。
「次に近くの公園で鳴神響さんとお弁当交換すか」
は? は? ズルいぞ! 俺にも人妻の弁当食わせろ!
「最後に会社の製品であるお天気クッキーを食べて終わりっすか」
これ全部経費で落ちんのかよ! ずりぃぞ上級国民ども!
「このラーメンとか弁当って中身もう決まってんすか?」
「えっと、ラーメンは海鮮ラーメンとだけ。お弁当は響さん次第なので教えてもらってません」
ほぼぶっつけ本番かよ。コイツには無理だろ。
「ところで空雄さんって普段何を食べてるんですか? キャベツの芯ですか?」
馬鹿にしてんのか。何で芯限定なんだよ。葉っぱも食わせろ。
「普通のものっすよ」
「サーロインステーキですか?」
上級国民めぇぇ!
「いや、レトルトとか半額弁当とか」
「へぇ」
聞いた癖に興味持てよ。お前は俺かよ。
「今日は何を食べるんですか?」
「給料日前だし、家でソースカツ丼——」
「あ、庶民っぽくていいですねぇ!」
「——カツ抜き」
「……え?」
「もしくはカレー——」
「あ、いいですねぇ! 牛肉ですか豚肉ですか? チキンでもいいですねぇ!」
「——具なし」
「……え? 野菜もないんですか?」
「そんな贅沢品、ウチにはないっす」
ババアが考えなしに大量に買ってきては腐らせて大喧嘩になるのでほぼ買わなくなった。
「…………」
絶句かよ。なんか言えよ。
「……あ、そうだ。食レポの練習に今日はウチでご飯食べていったらいいっすよ」
「い、いやぁやめときます。きょ、今日は外食の気分なので……」
「まぁまぁ、そう言わずにさ。……構成表、外部の人間に見せたのバラされたくないっすよね?」
「な、……脅迫ですか! ミステリードラマなら崖に呼び出されてますよ……!」
「安心してくれ。俺は逆に突き落とすタイプだから」
「開き直って第二第三の殺人を犯すタイプの人じゃないですか!」
「とにかく、食べてくっすよね?」
「クッ……仕方ありません。崖から落とされたくないですからね」
落とすくらいなら密告するわ。
で。
きったねぇ台所に立った。
「あ、米一人分しかねぇな」
ババアの野郎、計画的に食えっつってんのによぉ。
「あ、じゃあやっぱり外食にしましょう」
「いいからいいから。アンタだけでも食べていってくださいっす。おもてなしってやつっす」
にっこりと笑い掛ける。それはもう天使のように。
「いや、おもてなしする人の顔じゃないんですけど。ハロウィンのカボチャみたいな底知れぬ顔してますけど」
無視して調理を開始する。
「んじゃ、鍋に水とカレーのブロックをひとかけら入れるっす。後は煮込むだけで完成っす」
「ワ、ワァーカンタンデスネー……」
数十分煮込んだ後、皿に盛り付けた。米とカレールーのみ。決して煮込みまくって具材が溶けたわけではない。
「い、いただきます……」
乃和木風華が恐る恐る口にする。
「う、薄いです」
水多めに入れたしな。質より量よ。
「こらこら、食レポの練習なんだからネガティブな言葉は使ったらダメっすよ」
「そう言われても、どうしたらいいんですか?」
「薄かったら上品とか優しい、懐かしい味とでも言っとけばいいっすよ。逆に辛かったり、しょっぱかったら刺激的な味やパンチのある味とでも言っとけばいいっす」
食レポなんて無難なこと言っとけばいいんだよ。大体、食う前の箸で持ち上げる映像で視聴者は勝手に味想像して満足してんだから。
「なるほど」
「後は困ったら擬音を使えばいいっす」
「シャバシャバやドロドロとかですか?」
何でコイツは若干ネガティブ要素含む言葉を選ぶんだよ。
「サラサラやトロトロの方がいいっす」
「カンカン、ランランはダメですか?」
パンダかよ。
「食べ物に使いそうな擬音にした方がいいっすね。それから食べ方にも気をつけた方がいいっす。クチャクチャ音を立てたり、迎え舌で食べたり、咀嚼しながら喋ったりしない方がいいっす」
「前世はマナー講師さんですか?」
せめて今世にしろよ!
乃和木が黙々と食べ続ける。汗が流れたのをハンカチで拭った。
「ふぅ、汗も滴るいい女になりましたね」
「汚いっすね。そういうのは食レポ中は言わない方がいいかと」
「嫌な人ですねぇ」
お前もな!
食べ終わる。
「ふー、お腹は膨れましたけど、これ栄養的には大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。——三日くらいなら」
「……え?」
「大体三日コレを食べ続けると、まず口内が荒れ始める」
「え、怖い怖い」
「まぁそれはビタミン剤を飲めば大体治るからいいっす」
「いやいや、よくないですよ! ちゃんとしたもの食べてください!」
「そして七日を過ぎた頃、腹は膨れているのに腹が減るという謎の現象が起こり始める。恐らく栄養が足りていないのだと思うっす」
「それはそうですよ! というか百物語の一つを話す時みたいな語り口調やめてください! 怖いですよ!」
耳を塞ぐ乃和木風華。
おいおい、三途の川がうっすらと見え始めてからが本番だというのに。仕方ない、辞めてやるか。
その後。
「あ、食レポで食べる予定のお天気クッキー持ってきているのでそれ食べましょう!」
お、いいじゃん。
ポップな柄の箱を開くと天気に関する絵が描かれた丸いクッキーが姿を現した。
乃和木が丸々一枚口に放り込む。もっと上品に食べろよ。
「パサパサしてますねぇ」
またコイツはクソワードチョイスしやがって。
「サクサクのがいいっすね」
そんな忠告を無視して、太陽の焼印がされたクッキーを両目に重ねだした。
「パッチリおめめ!」
「……食べ物で遊ばない方がいいっすよ」
コイツはホント炎上の火種たくさん持ってんな。
「一枚貰っていいっすか?」
「百万円になりまーす」
テンプレ駄菓子屋ババアうぜぇ。
「出世払いで」
「出世しないのでダメです」
普通に傷付くこと言うんじゃねぇよ!
「時間の無駄なんで貰うっすね」
口を3にしてブーブー文句を言っているが、無視してクッキーを一口かじる。……ま、普通のバタークッキーだな。味はともかく腹の足しにはなるからありがたい。
「うん、サクサクっすね」
「つまんない食レポですねぇ」
コイツ……! 自分に甘く、他人に厳しい俺みたいなやつだな! 上級国民界の俺! ギャハハ、不名誉だろー! ってそれだと俺もダメージ負うじゃねぇか!
それからあーだこーだと皮肉り合いながらクッキーを食べ終わった。
そして乃和木が最後に一言。
「飽きましたね。所詮はお天気マークを付けただけの量産型クッキーです」
偉い人ー! コイツクビにしてくださーい!
その後、クッキーの箱を片付けて一息つく。
「そういえば空雄さんご飯食べてませんよね。よかったら外で食べませんか?」
「そんなお金ないっすよ」
「ご馳走しますよ」
「行こう!」
「はやっ」
タダ飯食えるなら地獄の底でも魔王城でも行くぞ。ただし、給料日前に限る。