最終話 ズレた二人
“ご報告”
『いつも応援してくれている皆様、並びにお世話になっている皆様へ。
この度、私、乃和木風華は結婚いたしましたことをご報告させていただきます。
お相手は、かねてよりお付き合いさせていただいていた一般の男性です。私が辛い時、いつも優しく支えてくださり、一緒に居ても安心できる方です。
お仕事の方は今後も変わらず、気象予報士として精進して参ります。
改めて、いつも優しく見守ってくださる皆様へ、感謝申し上げます。
これからもどうぞ、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。
令和8年6月1日 乃和木風華』
◇◇◇
俺こと、九森空雄は小洒落た飯屋の個室で風華のご報告ポストを眺めていた。
当事者になっても優越感は沸かなかった。気恥ずかしさと、風華のファンに対して申し訳ない気持ちが溢れていた。
また、ご報告をしても風華のフォロワーが大して減ることはなかった。ビッキーもそうだったけど、いい女ってのは結婚しても評価は変わらないんだなと思った。
スマホを机に置いたと同時くらいに背後の扉が開く。
磨いた黒曜石のような美しいロングヘアーを靡かせながら風華が入室してきた。最近は少し大人びた気がする。身内贔屓かも知れないけど。
「やぁやぁ、アナタのアイドル風華ちゃんが来たよー!」
「否定しにくいこと言うんじゃねぇよ」
風華がカーリングのストーンみたいに滑るようにして俺の隣に座る。
「何してたの? 浮気?」
「小心者の俺が出来るわけないだろ。隠せる自信もないしな」
「だよね」
ちょっとは否定しろ。
「風華のSNS眺めてたんだよ。フォロワーの増加ゆるやかになってきたな。安定期に入ったって感じだ」
「空雄ひとりがフォローしてくれていたらそれでいいよ。百万人分の価値があるから」
照れ臭いことを平気で言う。でもそれが風華の好きなところの一つだ。
ちなみに俺が細々と続けていたほぼ風華専用切り抜きチャンネルも収益化できるくらいには伸びていた。何事も継続は大事なんだと教えてくれた。
「そろそろ二人も到着するみたいだね」
「あぁそうだな」
今日は四人での食事会。後の二人は俺の母親の空子と、風華の同僚で人気人妻お天気キャスターの鳴神響ことビッキーだ。
不思議な組み合わせにも見えるが、夫婦と親と友人と考えればなくはないだろう。しめやかに行われた結婚式の後から三人の女達は急激に仲良くなったらしい。旅行やショッピングにもよく行っている。
俺はそんな中にたまに参加するくらい。今日も定番のメニューに偶にはお惣菜を一品足してみる的な感覚で呼ばれたのだ。
「来たわよー」
スチールウールのような髪型の空子が入ってきた。
「空子ちゃん! 待ってたよ!」
「あらぁ、風華ちゃん。今日もカワイイわねぇ」
「いやぁ、空子ちゃんも、おはぎみたいでカワイイよ!」
出たな。女同士特有の褒め合い。よく飽きねぇな。つーかおはぎってなんだよ。褒め言葉じゃねぇだろ。
「あ、空雄ちゃん、はいこれ」
机に置かれたのは、通帳と印鑑だ。
「何だよこれ?」
「空雄ちゃんが毎月入れてくれていたお給料、こっそり貯めていたのよ。結婚したら渡そうと思っていたの」
「……なんだそれ。おせぇよ。結婚しなかったらどうしてたんだよ?」
「お葬式代よ」
「ブラックジョークやめろ。……でもさ、ありがとな」
空子はクソ親で、親ガチャNと言ったが、Rくらいはあるかもな。決してSSRではないけどな! SRでもないぞ!
だけど、ようやく反抗期を抜けられた気がする。次の母の日にでも親孝行してやるかな。ちょっとだけな。
それから談笑していると、最後の待ち人が個室に入ってきた。
「遅れて申し訳ありませんわ」
ビッキーがやってきた。髪は少し伸びて肩口ぐらいまである。嫁入り前の狐くらい妖艶で、順調に美魔女へと進化している。
風華が近くにいるので口には出さないが……やっぱ人妻は最高だぜ!
ビッキーには本当に感謝している。ダメダメな風華を見捨てずに助けてくれたこともそうだし、俺が辛い時、何度彼女の配信を見て助けられたことか。彼女が居なければ風華の成功もなかっただろう。
「何の話をしてましたの?」
「偉大な響さんを褒め称えていました」
「嘘ですわね」
「ギクッ!」
風華の大仰なリアクションに、俺はヤレヤレと口を挟む。
「わかりやす過ぎるリアクションやめろ」
「バレなければいいの」
「バレてるだろ」
夫婦漫才をしていると、ビッキーがクスクスと笑っていた。
「相変わらずですわね。でも、二人が幸せそうで何よりですわ。これからも幸せをお裾分けしてくださいね」
何を食べたらこんな聖人君子に育つんだろう。本当に人間性を見習っていきたい。もちろん、これからもずっと推していく。
それから四人で仲良く食事をした。近況報告、未来のこと、くだらないことなど、たくさんの話をした。どれも大切で充実した時間だった。
あっという間に時は経ち、空子とビッキーは飯屋の外で別れた。
風華と二人きりになる。いつものように指を絡めて手を繋いだ。
「ねぇ、明日晴れるかな?」
「こっちが聞きてぇよ。お天気お姉さんなんだから予報しろ」
「分かった。今から電波を受信する」
「ネット検索してんじゃねぇよ」
いつもの反射的な会話。くだらねぇ。だけど楽しい。
風華はどこまでもズレた女で、でも俺も外れた男だから、ズレていても、たまに噛み合う。
そんな俺達の人生はまだまだ続いていく。
【弱男だけどなぜかお天気お姉さんと付き合うことになった件】 —終—




