第67話 本物の恋3・不器用な二人
普段小心者の俺だが、数年に一回、勇気の湧く日がある。それは喜怒哀楽の感情が揺さぶられた時が多い。
まさか一年経たずに二回もあるなんてな。一回目は初めて風華と出会った時。もう一回は、今、風華に告白しようとしている時だ。
もう自分を偽るのはやめた。俺は風華が好きだ。ちょっと一緒に過ごしただけで好きになるなんてバカだと思われるかもしれない。だけど元々バカなんだからこれ以上バカになったところでどうだっていうんだ。
何も気持ちを伝えられずに終わる方がよっぽどバカだろ。
降りしきる雪の中、走る。ただ風華に会いたくて。
もし振られても、それは仕方ない。俺にはなんの魅力もないから。
でも、そうなってもお礼を言いたい。風華は何もなかった人生に彩りを与えてくれた。平坦な道に咲いていてくれた。それだけで俺は幸せだった。
ただ“ありがとう”って伝えたい。幸せな時間をくれてありがとうって。
そして俺は息を切らしながら、たどり着く。
あの日、風華と出会った場所。何もなく、何の変哲もないただの小道。でも俺にとっては風華と出会えた大切な場所。道に迷っていた一輪の花に傘を差し出した場所。
そこには……傘を差した風華がいた。
「……どうしたんですか。今すぐ会いたいなんて」
風華はいつになく真剣な表情を浮かべていた。
俺は何も言わずに抱きついた。驚いたのか、傘を落とした風華。
「いきなり、どうしたんですか? セクハラですよ?」
「……嫌だったら離してくれていい」
離されることはなく、代わりに腕を背中に回してきた。
「距離の詰め方へたっぴですねぇ……私もですけど」
一度離れて、目を見つめる。
「あのさ、伝えたいことがあるんだ。お、俺は風華のことが、さ」
声が震える。言うんだ、勇気を出すんだ。
俺は自分を鼓舞して、風華の目を真っ直ぐに見つめた。
「風華のことが好きだ。本当に、本当に好きなんだ」
これで伝わるのだろうか。冗談だと思われないだろうか。俺なんかの話、真剣に聞いてくれるのだろうか。不安で不安で今にも泣きそうだった。
風華はいつもの茶化すような笑い方はせず、俺を安心させるように優しく微笑んでくれた。
「信じて、いいんですか?」
「うん、俺は風華と“本物の恋”がしたい」
風華はその言葉を聞いて、目をわずかに見開き、瞳を潤ませた。そして、目を細めながら一筋の涙を零し、勢いよく俺に抱きついた。
「もう、遅いですよ! どれだけアピールしてたと思ってるんですか!」
「わ、わかんねぇよ。イチャイチャ計画とか言ってたから冗談だと思うだろ」
「バカバカバカ! ……でも、でも、私も空雄さんが好きです。一緒に居て楽しくて、安心して、ずっと側に居たいって思ってました」
胸にうずめていた顔を上げる。潤んだ瞳はどんな宝石よりも綺麗だった。
「私をあなたの一番にしてください」
その言葉が心に刺さった。
ずっと特別な何かになりたかった。自分だけ一番になれる何かが欲しかった。いや、一番じゃなくてもいい、二番でも三番でもよかった。だけどそれすらも届かない、と思っていた。
いつだって負け続けた人生。一番になれるなんて考えもしなかった。もう何もない無味無臭な人生が続くと思っていた。
「……逆だよ。俺を風華の一番にして欲しい。俺は何も持ってないけど、風華を好きな気持ちと、大切に思う気持ちは誰にも負けない」
その不恰好な言葉に、風華はまた涙を流した。
「嬉しい。すごく、すごく安心します……!」
心が満たされていく。これが本当の幸せってことなんだ。
「それとさ、ずっとお礼を言いたかったんだ。心の隅っこでは考えていたけど、素直になれなくて伝えられなかった。ありがとう。風華と過ごした時間、ずっと幸せだった」
「感謝するのはこちらの方ですよ。あの時、傘を差し出してくれていなかったら私は違う道を歩いていたと思います。ありがとうございます」
偏屈な俺と、天然な風華。近いようで遠かった二人の距離が縮まって、ズレていた歯車がようやく噛み合った気がする。
再び見つめ合う。そして。
「キス、しますか?」
「うん」
今度は即答した。
もう、後悔したくないから。
そして、俺達は、そっと口付けを交わした。




