第60話 クリスマス3・ズレたクリスマス
十二月二十六日。
風華と会う約束の日。ずっとリモートでしか話してなかったから会うのは数ヶ月ぶりだ。俺はご主人に久しぶりに会う飼い犬のようにソワソワしていた。
玄関チャイムが鳴り、心臓が口から飛び出そうになる。若干、前のめりになりながら玄関ドアを開ける。
「きちゃった」
マフラーに顔を埋めた風華が言った。寒さで頬が赤くなっている。物凄くかわいく見える。
「お、おう」
俺は無愛想に返事をして彼女を中に入れた。
「おやおや? 今日はエアコン付けていい日なんですか?」
「ま、まぁな」
風華が来るので特別に付けた、とは言えなかった。
「私の演奏どうでした?」
クリスマスパーティーのハンドベル演奏のことか。
「キッズなら喜ぶレベルだったな」
「じゃあ空雄さんは大喜びですね」
誰が精神的キッズだよ。その通りだけどよ。
「ところでなんで二十六日なんだ?」
「そりゃあ、イブやクリスマス当日に予定入ってますなんて言ったらファンの方が悲しむでしょう? 知り合いの芸能人もみんなやってますよ?」
いやじゃ、そんな事実知りとうなかった。
「それと今日はボクシングデーとも言って海外では祝ったりもするんですよ」
「なんか聞いたことあるな」
「とにかく、二人だけのズレたクリスマスを過ごしましょう?」
笑顔。お天気お姉さんをしている時には見せないような甘い表情に見える。き、気のせいだよな。
それから風華の体が温まるまでミルクティーを飲みながらしばらく雑談を交わしていた。
風華の血色がよくなってきたぐらいで、彼女がカバンから片手で持てるくらいの大きさでリボンのついたカラフルな箱を取り出した。
「これクリスマスプレゼントです」
やっぱあるよな。
「あ、ありがとう。開けていいか?」
「もちろんっ」
中身はなんだろう。想像がつかない。とりあえず寝取られビデオレターじゃないことを祈ろう。
俺はホラー映画の主人公のように恐る恐る包みを解いた。
中身は——男物のボクサーパンツだった。ピンク色の。
「な、なんだよこれ」
「やだなぁ。この前、ピンクの下着が好きって言ってたじゃないですかぁ」
それは、女が着るやつかと思うだろ……。
「あれぇ? もしかして何か期待してましたぁ?」
「べ、別に」
「今日はボクシングデーなので、ボクサーでボクサーパンツにしました」
「いや、ボクシングデーはスポーツのボクシングのことじゃなかったはずだぞ」
「え?」
「箱のボックスから来てるらしいが」
「諸説あります!」
「勝手に説を増やすな」
で。ごちゃごちゃ話した後。
「俺もプレゼント、ある」
「え? 用意してたんですか?」
「そりゃあな」
「うわぁ! 嬉しいです! そういうところが好きなんですよ」
ふん、何が好きだよ。みんなに言ってんだろ。
俺は鼻を鳴らしながら、リュックの中に隠しておいたプレゼントを取り出した。
「ほら、これ」
「うわぁ! 開けていいですか?」
俺は目を逸らしながら頷いた。
「うわ、いっぱいありますね!」
正直、何を買えばいいか分からなかった。風華の誕生日の時は付き合いが浅いこともあってネタ的なお天気お姉さんTシャツだった。でも今は、一応、恋人同士だし、かと言って本当にそうではないから、重すぎても軽すぎてもダメな気がしてかなり迷った。結果、三つくらい入れてみた。
「チョコレートと入浴剤とこれは……」
風華が最後に入っていたものを広げる。それは白いマフラーだ。端には絵が描いてある。
「なんの絵ですかこれ? 枯れ木に星?」
枯れた木の先端に星が付いている。
「今日はクリスマスの後だから、枯れたツリーのマフラーにしてみた」
「アハハ! そういうことですか! フフッ、こんなのどこで見つけてきたんですか?」
「なんかネット漁ってたらあった」
「そういう嗅覚は凄いですねぇ。でも嬉しいです。ありがとうございますっ!」
急に抱きついてくる。
「えっ、あ、ななな何を!?」
「いいじゃないですか。付き合ってるんですから」
そそそそうだけどさぁ!
俺がアワアワしていると、急に離れた。も、もう終わりか……。
ガッカリしていると、風華がベッドを指差す。
「ベッドに座ってください」
「え? うん」
言われるがまま、端に腰掛ける。
「足を広げてください」
え、なに? 怖いんだが。とか考えながらも言う通りにした。すると、股の間に風華が背中を向けて座った。お、おい、ななななにしてんだよ!?
「後ろからギュッてしてください。あ、胸は触ったらダメですよ?」
え、ななな何を言ってんだ。
「な、なんでだ?」
「イチャイチャするのに理由がいりますか?」
そ、それはそうだが。
俺はロボットみたいなカクカクの動作で、包み込むよう腕を風華の前に持っていく。胸どころか体に出来るだけ触れないよう、クレーンゲームのアームのようにそっと風華のお腹の前に持ってきた。
風華の髪からシャンプーなのか香水なのか分からないがいい匂いが漂ってくる。
ば、バカ。意識するな俺。嗅ぐな俺。無だ。無になるのだ。
ふと、風華の服の隙間から下着が見える。
色は、ピンクだった。
え? お、俺がピンクの下着が好きって言ったからか?
いやいやいや、ぐぜぐぜぐぜーん偶然だよななな?
自分の体温が上がっていくのが分かる。
し、心臓の音とか聞こえてないよな? 息もしない方がいいよな? よし、死のう!
「あの、手、疲れないですか?」
「あ、あぁ、だ、大丈夫だよ」
正直疲れてきた。腕を降ろしたい。
「別にお腹とか足なら触ってもいいですよ」
「そ、そうか、た、助かる」
そっと風華を抱きしめる。暖かい。い、いやこんな感想持ったら気持ち悪いよな。やめとこう。いや考えていいのか? 分からない。
それより何を話したらいいんだろう。何も話さない方がいいのか? 分からない。……迷い過ぎだろ俺。所詮はおままごとなんだから気楽に話そう。
「さ、最近はどうだ?」
「どうって何ですか?」
「えっーと、元気にしてたか?」
「忙しかったのでちょっと疲れてます」
「そうだよな、ちゃんと休んだ方がいいぞ」
「休んでますよ? 今、空雄さんの胸で充電中です」
なっ!? コイツ、平気でこういうこと言うよな!?
風華が頭を俺の胸に預ける。さらに上を向き、俺と目を合わせて、ぺろっと舌を出した。
くそ、あざと過ぎる。なんでこんなカワイイんだよ。
それから、たわいもない話をして、ケーキを食べて、またくだらない話をしていたら、あっという間に時間が過ぎていった。
「それじゃあ、そろそろ帰りますね」
「あ、ああ」
玄関に向かう。
「バイバイ」
風華がこちらに飛び切りの笑顔を向けて外に出た。玄関扉が閉まる。
俺は動かなくなったドアを眺めていた。名残惜しい気持ちが胸を支配する。もっと一緒に居たかった。
痛む胸を押さえながら、踵を返す。その瞬間、玄関ドアが再び開き、風華が顔を覗かせた。
「またねっ」
ドキッとした。俺は返事を返すことも出来ずに、手をちょろっと上げるだけだった。
風華はもう一度、ニコッと笑い、帰って行った。
「か、かわい過ぎる」
思わず口走ってしまった。顔が熱い。
あぁ、どんどん苦しくなる。
近づき過ぎた。弱男が夢見てんじゃねぇよ。
いずれ別れる時が来るのに。
くそ、どうしたらいいんだよ。
そして、複雑な気持ちを抱えたまま俺のクリスマスは終わった。




