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【完結】弱男だけどなぜかお天気お姉さんと付き合うことになった件  作者: 一終一(にのまえしゅういち)
第1章 弱男だけどなぜかお天気お姉さんと付き合うことになった件

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第29話 弱男の会話

 乃和木風華の誕生日が終わって三日後。


 朝。俺は家でベッドに横になり、茶色いアメーバみたいな天井の謎のシミを視線でなぞるという哀れな遊びをしていた。


 すると、例のごとく玄関からマンモスのような足音が聞こえて来た。アイツだな。もっと静かに歩いて欲しいものだ。床が抜けたらどうする。それどころかこのアパート自体ドミノ倒しみたいに崩壊するかもしれないんだぞ。


 俺の嫌味が届くはずもなく、部屋のドアが乱暴に開かれた。


「聞いてください! 今度、天気予報することになったんですよ!」


 遂に偉い人と寝たか。じゃないとこのポンコツに天気予報なんてさせられねぇだろ。


 もしくは偉い人達が賭けに出たかだな。このままズルズルと特番要員として使い続ける訳にもいかないだろうし、天気予報やらせてみて荒療治的な感じかもな。それで視聴者やスポンサーの反応次第で今後の起用方針を決める流れか。瀬戸際だな。


「響さんと一緒ですけどね」


 ビッキーまだコイツと共演してくれるのか。聖人すぎる。今すぐ総理大臣にしろ!


 にしてもコイツは周りの人間に恵まれすぎだろ。どこまで豪運なんだよ。その運、少しは俺に寄越せよ。


「はいこれどうぞ」


 いつものように番組の構成表を渡される。いやぁ話が早くて助かる。んなわけあるか! 厄介ごと持ってくんな!


 眉根を寄せながらも目を通す。


 天気予報の他に、占い、視聴者投稿読み上げ、ビッキーとフリートーク、ね。めんどくさそうなもののオンパレードだ。


「会話って何したらいいんですか?」


 知るかよ。大体二ラリーで会話が終わる俺が知るよしもないだろ。


「お天気キャスターなんだし、天気の話でいいんじゃないっすか」


「ですね。じゃあ明日の天気教えてください」


 お前が教える側だよ!


「後は今日食べた物とか、趣味の話とか」


「おじいちゃんみたいですね」


 ああん? ふん、どうせ仕事とか恋愛話とかできねぇよ!


「それから隙があれば相手を褒めた方がいいっすね」


「よっ、日本一!」


 褒め方雑かよ。


「大袈裟っすけどそんな感じっす。注意点として誰かを落としながら相手を持ち上げるのはやめるべきっす。相対評価より絶対評価が大事っす」


「大丈夫ですよ。空雄さんと違って」


 そういうの!


「他に避けるべき話題は、恋愛話っすね。アンケートを見る限り男性視聴者が多いんすよ。男は男の影が見えると離れていくものっすから避けるのが無難っす」


「ないので大丈夫です!」


 なんならあるんだよ。ま、信じてないけどな! どうせ愛人なので言えないとか、尻だけ貸してますとかだろぉ?


「ところで、空雄さんいつまで敬語なんですか?」


 いつもながら唐突だな。


「え、それはそのっすね」


 いいだろ別に。敬語は人間関係で一線引くには便利なんだよ。仲良くなったって裏切られるだけでいいことないからな。俺は他人を信頼も期待もしないんだよ。


「“ッス”っていうエセ敬語なのも気になります」


「カロリー節約術っす」


 文字数多いとムダにカロリー使うからな。いや全然変わんないけど気分だよ気分。


「あと、名前で呼ばれたこともないです」


 は、はぁ? じょ、女子を名前でなんて呼ばないんですけどー! セクハラ認定されたら怖いんですけどー!


「切り抜きでは“風華ちゃんまたまたやらかす”みたいなタイトル付けてるのに」


 目ざといな。視聴者にはこういうキャッチーなタイトルの方がウケがいいんだよ。まぁ俺の弱小チャンネルじゃ焼け石に水だけどな!


「響さんのことはビッキーと呼ぶのに」


 まだ覚えてたのかよ。


「まぁいいじゃないっすかそういうの」


「ダメです。ほら名前で呼んでください」


 男を呼ぶ時ですらちょっと緊張するのに、女の名前を呼ぶなんて恐ろしすぎる。後で陰口叩かれそうで怖いし。


「……の、乃和木さん、乃和木、風華さん」


「病院の呼び出しですか?」


 うるせー。


「ふ、風華」


「馴れ馴れしいですね」


 コイツ……!


「冗談ですよ。これからは名前で呼んでくださいね。敬語も禁止です」


「うーん」


「じゃないとパソコン取り上げます」


「わかったよ風華!」


「……現金な人ですねぇ。空雄さんの扱い方が分かってきましたよ」


 遂にバレたか。俺が金に弱くてプライドだけは高いゴミクソ人間ということが。


「そっちは敬語のままなのか?」


「私はいいんです。この方が失礼なことを言っても緩和されそうですから」


 相変わらず自己分析出来てるのか出来てないのかわかんねぇやつだな。


「それじゃあ、もう少し会話の練習しましょう」


 なんだよ会話の練習って。問題児が通知表に書かれるやつみたいじゃねぇか。


「話題は?」


「ご趣味はなんですか?」


 見合いかよ。


「知っての通りゲームだよ」


「私の方が“上”ですけどね」


 なにも言ってねぇのにマウントとってんじゃねぇぞ。


「今はな」


「これからもですね」


 何この会話。コミュ障男とクソ言語センス女の地獄コラボとか終わってんだろ。


「じゃあ次は持ち物を見せて貰いましょうか」


 職質かよ。


「サイフとスマホしかないよ」


「愛はないんですか?」


「母体に忘れてきた」


「母体の方にも無さそうでしたけど」


 九森家への全体攻撃やめろ!


「ところでこのスマホ、結構スペック高いですよね? お金がないのに持ってるなんて怪しいです」


 マジで職質みてぇじゃねぇか!


「なけなしの金を貯めて買ったんだよ。といっても分割だからまだ払い終わってないけど」


「つまり盗んだと」


 誰かこの悪徳警察官どうにかしろよ。


「仕事は何してるんですか?」


「知ってるだろ」


「道路に片っぽだけ軍手を捨てる仕事でしたっけ」


 そんな仕事はない!


 そこでふと、仕事に関する疑問が浮かんだのでたずねてみることにした。


「そういえばなんでお天気キャスターになろうと思ったんだ?」


「もう辞めちゃったんですけど、とある気象キャスターの方に影響を受けまして。楽しそうに天気について話しているのを見てこんな職業もあるんだ、ってなって自分もやりたいなと思ったんです」


 ありきたりだな。コイツのことだからもっと突飛なエピソードがあると思ったんだが。


「へぇ。てっきり天候を操りたいからとかかと思ったわ」


「アハハ! 私がそんなバカな答え言うわけないじゃないですかぁ!」


 お前の今までの動画見せてやろうか!


「それにしても会話って難しいですねぇ」


 お前との会話は特にな!


「思ったんだが、カンニングペーパーでも用意しといたらどうだ?」


 パニックになってもそれを見れば平静を取り戻せるかも知れないし、保険があることで安心して喋れそうだ。


「カンペならいつもスタッフさんが画面外で出してくれてますよ。スケッチブックをバンバン叩いてアピールしてますけど、大体は目に入りませんね」


 お前の視野がパニックで狭くなってるだけだろ!


「一応、手元にも置いておいた方がいい。保険は多い方がいいだろ」


「もぅ、仕方ないですねぇ。今回だけですよ」


 毎回やれよ!


 乃和木は文句を言いながらもノートを出した。中は真っ白だ。コイツ道具だけ揃えて満足するタイプだな。俺みたいな奴。


「えー、まずは、私が死んだらこのメモを見てくださいっと」


 遺書かよ。パニックに陥ったらだろ。まぁほぼ死の淵をさまよっているようなものだけどな!


「もし、役に立たなかったら犯人は九森空雄っと」


 ダイイングメッセージやめろ!


「それで何をメモしたらいいですか?」


「アドリブの多い部分の補足かな。今回ので言えばフリートークのところだな。もし、話題に困ったときのために話したいこと、聞きたいことを書いておくんだよ」


「なるほど」


「文章だとスペースを取るし、探すのに手間取るからキーワードだけ書いておいて、見たらすぐに思い出せるようにしておくのがいいと思う」


「思い出せなかったらどうします?」


「そこは頑張れよ。いいか、もしかしたら次がラストチャンスかも知れない。失敗したら裏方に回されるか、最悪クビになってもおかしくないぞ」


 その言葉に思うところがあったのか乃和木が目を伏せる。長いまつ毛が扇状的でアイドルの写真集の一ページを切り取ったかのような幼さと美しさがあった。


「……そうですね。転職先、考えときますか!」


 諦めるなー!

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