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両想い

第一章

作者: ひより

高校二年の八月。騒がしい蝉の音に起こされる。今何時だろうとスマートフォン(スマホ)を見るとメッセージが届いていた。林くんからだ。彼とは今年のホワイトデーから付き合ってる。バレンタインにあげた義理チョコのお返しに、私の好きなお店に連れていってくれて、そこで告白された。好きかどうか自分の気持ちはわからなかったけど、一緒にいて楽しいから「よろしくお願いします」とオッケーしたのだった。そんな彼からのメッセージには「週末に花火大会あるらしいんだけど行かない?」と書かれていた。寝ぼけ眼でなんとか「いいね!」とだけ返す。ついでに起きようと思って調べてみると、河川敷でやる有名な花火大会だった。服考えないとなぁと思いながら起き上がる。今日の演劇部の活動は午後で、野球部の彼は今まさに練習中のはずだから、待ち合わせに慌てることもない。のんびり朝ご飯を食べて学校に行く準備をしてから机に向かう。アラームを設定して夏休みの課題に取り掛かった。

この課題で最後だから花火行く前に終わらせたいな。何着て行こう...やっぱり浴衣?でも持ってないし気合い入りすぎって思われるかも。河川敷だと足場悪いかもだし動きやすい服で...っと、集中集中。

しばらくしてアラームが鳴った。机の上を片付けて家を出る。途中でコンビニに寄ってお昼を買う。学校に着くとすぐ更衣室で体操服に着替えて練習場所の教室に向かった。既に何人かがお昼を食べていたので「こんにちはー」と挨拶してまぜてもらう。昨日のドラマ見た?なんて他愛ない話をしてる間に少しずつ集まる。いつの間にか教壇に立った部長がパンッと手を鳴らした。

「そろそろ始めましょうか」

はーいと返事をして立ち上がる。うちの演劇部はいわゆる緩い部活だった。全学年で二十人もいないので役割の掛け持ちが多く、その分先輩後輩関係なくニックネームで呼び合うぐらい仲が良い。一番力を入れて練習するのは文化祭の出し物で、大会よりも地域の催しを重視してる。顧問の先生は名ばかりで、配役も演技指導も道具の準備も全部部員だけでやっていた。

部活終了の一時間前。誰からともなく片付け始めて教室を元通りにしてからミーティング、その後みんなで更衣室に移動するところまでがいつもの流れだった。着替えてからは日によって行動パターンが違って、学校がある日は着替えてすぐに出て林くんと一緒に帰ることがほとんどだ。今日の野球部の練習はとっくに終わってるので、同じ二年のガッキーとユーミンと三人で「お疲れさまでしたー」と言って出た。校門を出たところで、同じく二年の男子部員グッサンとハカセが前を歩いてるのを見つけて、おーいと呼び止めた。ちなみに私、日向葵ひなたあおいはヒナと呼ばれてる。私に似合わない可愛らしいニックネームでなんだか気恥ずかしいのは一年以上経った今も変わらない。二年の部員はこの五人だけで、三学年で一番少ない。ガッキーとグッサンは役者を、私、ユーミン、ハカセは裏方を主にやってるけど、五人で協力してやることもよくあって、こうして一緒に帰るぐらいには仲が良かった。私が林くんと付き合う前はそれこそ毎日のように五人で帰ってた。そういえば付き合い始めてからは林くんか女子三人で帰ることがほとんどで、五人揃って帰るのは随分久しぶりのような気がする。

いつも通りガッキーとユーミンの後ろを歩く。その後ろをグッサンとハカセが歩く。駅に向かう途中、ガッキーが振り向きながら言った。

「そういえば、もうすぐ花火大会だね」

「え、そうなの?」とユーミンが驚く。私は頷きながら「今週末だよね」と言った。

「そうそう。みんなで行く?あ、ヒナは彼氏と?」

「うん、ちょうど今朝その話してて」

「一足遅かったかあ」

「ごめんね」

「いーのいーの、思いつきだし。他はどう?四人で行く?」

ユーミンが「私は大丈夫」と言った。後ろを見るとグッサンが「俺らも大丈夫」と言った。ハカセも頷く。ガッキーがニィッと笑った。

「じゃあ四人でヒナを冷やかしに行きますか!」

「あれ!?目的変わってる!」

「あはは、冗談冗談」

グッサンが「邪魔してやるなよ」と真剣な(マジ)トーンで言った。ユーミンも「だめだぞー」と釘を刺す。ガッキーが「ほんとに冗談だって!」と焦ったように言っても二人は「ガッキーなら、やりかねないからな」「うん、やりかねないね」と悪ノリかわからない調子だ。「ほんとだってば〜」と狼少年状態になってしまったガッキーを見てみんなが笑う。

「安心して楽しんでねヒナ!」

「えー、ほんとに大丈夫?」

「ヒナまで!?ほんとにほんとだって!」

冗談だよと言って笑うと「ヒナの冗談はわからないよ〜、もー、焦ったー」と言うガッキー。

こんな何気ない会話が大好きで、毎日でもこうしていたいと思った。

駅が近づいてきたところで「あっ」と言って振り返った。グッサンの横に並びながらハカセに話しかける。

「そういえばハカセ、昨日はありがと!教えてもらったやり方で問題解けました」

「あ、よかったです」

「急に敬語」とグッサンの突っ込みが入る。

「いやー敬語使わずにはいられないよ。さすがハカセ」

「あーね。俺もよく教えてもらってる。わかりやすいよな」

「うん、すごくわかりやすい」

「二人とも...おだてても何も出ないよ」とハカセが照れ笑いのような苦笑いのような顔で言った。それを見た私とグッサンが笑った時。ユーミンが「あ!」と声をあげた。

「ヒナ」

「ん?」

ユーミンが視線で前を示す。その先を見ると、改札の前に林くんがいた。こちらを見ている。あれ?部活はとっくに終わってるはずなんだけど…。

「それじゃお疲れー」とガッキーが手を振った。みんなも口々に「お疲れ」と言う。グッサンとハカセが少しバツが悪そうな顔をしていたのが気になったけど「お疲れー」とみんなに手を振る。パッと林くんを見るとなんだかムスッとしていて「お疲れ」とかけてくれた声もぶっきらぼうに聞こえた。五ヶ月も付き合えば彼が不機嫌になりやすいことはわかっていたので、とりあえず彼に構わず明るく振る舞って様子を見ることにする。

「お疲れ!どうしたの?」

「さっきまで野球部で課題やってたから、一緒に帰ろうと思って」

「そうだったんだ」

「メッセージも送ったんだけど」

「あ、ごめん。まだ見てなくて」

そう言いながらスマートフォン(スマホ)を探す。「だと思った」という不機嫌極まりない声は無視。すると唐突に「演劇部で行くのか?」と聞かれた。何のことかさっぱりわからない。

「えっ?」

「花火。いいねって言ってたけど、行くとは言ってなかったから」

「えっと...ついさっき、みんなで行こうかっていう話はしてたけど、わた...」

「一緒にいた男も?五人で?」

話を遮られ詰め寄るように言われて戸惑う。彼は嫉妬深い方だけど、ここまであからさまに責められることは今までなかった。まずは最後まで話して誤解を解くことにする。

「私は、一緒に行けないから、四人で行くって」

「...そうか」

納得したような言葉のわりに不機嫌さはあまり変わらなかった。何が気に入らないんだろう。地雷を踏まないよう慎重に言葉を選ぶ。

「演劇部で遊びに行ったらだめなの?」

それを聞いた彼は「当然だろ」と言いたげな顔で私を見た。顔を逸らして頭をガリガリ掻くと、まるで拗ねた子どもみたいに言った。

「…女子だけなら、いいよ」

「女子だけならって...なんで?」

「前にも言ったと思うけど、あんまり男と仲良くしてほしくないんだよ」

たしかにクラス替えで違うクラスだとわかったとき「俺以外の男と仲良くするなよ」って冗談混じりで言われたけど。それってクラスメートだけじゃないの?演劇部が仲良いのは有名だし、付き合ったときにはもうグッサンもハカセも仲良かったし...。

「それって、クラスメートの話で、部活はまた別じゃないの?」

「は?…いやいや、部活もだろ」

嘘でしょ?とお互いぽかんとしてしまう。また頭をガリガリ掻いた彼が呟いた。

「だからあいつ…」

「あいつ?」

その特定の人物を指す言葉は聞き捨てならなかった。しまったという彼の顔を見て確信する。私がずっと気になっていたことは、きっとこれだ。

「どういうこと?」

思わず強い言い方になってしまったけど、それで私が怒っていると感じたみたい。彼はまた拗ねた子どもに戻った。

「…頼んだんだよ、メガネの奴に」

ハカセのことだ。お願いした人の名前もわからないの?と言いたいのをぐっと堪える。

「何を頼んだの?」

「できるだけ、葵と…関わらないように。他の奴らにも、その…言ってくれって」

信じられない話だった。けど彼ならやりかねないと思えた。ところどころ言葉に詰まったのは、本当はもっと高圧的な言い方をしたからに違いない。さっき二人揃ってバツが悪そうな顔をしてたのにも納得がいく。

そこまでやるかな普通?しかもこの態度。ちゃんと本人に謝ってほしいけど罪悪感のかけらもなさそう。

はぁーっと盛大にため息を吐いた。そうすることで彼に対する感情をすべて吐き出した。

「わかった。とにかく、花火は二人で行くってことでいい?」

「あ、ああ」

「うん。じゃあ帰ろ」

ようやく改札前から移動する。電車の中ではほとんど話さなかった。いつも待ち合わせをしている駅で「じゃあね」と言った。彼から謝罪の言葉を聞くことはなかった。



翌日。練習後のミーティングが終わってすぐ「ハカセ」と呼んだ。目が合ったハカセを手招きする。すぐさまキョロキョロしているとユーミンと目が合ったのでグッサンとガッキーを呼んできてほしいとお願いした。近づいてきたハカセが困ったように「どうしたの?」と聞いてきたけど「みんな揃ってから話すね」と答える。部員全員が出ていったのと、ユーミンが二人を連れて戻ってきたのは、ほぼ同時だった。それを見て、まずハカセに頭を下げる。

「なにー?どーし…どうしたの?」

私が頭を下げるのとほぼ同時に軽い調子で話し始めたガッキーが調子を改めた。その心配そうな声に申し訳なさを感じながら、

「ごめんなさい」

と言った。顔を上げると、さらに困った顔になったハカセがいた。近づいてきた三人の方に向き直って「グッサンもごめん」と謝る。グッサンとハカセが顔を見合わせた。なんで謝られてるのかわからない感じだった。謝った理由を説明する。

「昨日、林くんから聞いた。私と関わるな、他の奴にも言っとけってハカセに言ったって。二人に変な気遣わせちゃってごめんなさい」

今度はガッキーとユーミンが顔を見合わせた。ハカセが口を開く。

「大丈夫だよ。彼氏さんなりに心配してるんだと思うし」

「そうそう。俺に関しては直接何かされたわけじゃないし」とグッサン。

「ほんとに?何もされてない?」

グッサンがハカセを見た。

「う、うん。ちょっと凄みがあったけど」

「凄み?」

「その、座ってる僕に対してだったから、上から見下ろす形だったし、すごい顔してたから」

その様子はすぐに想像できた。ますます申し訳なくなって「ほんとごめん」と言葉を重ねた。

「ちょ、ちょっとごめん」

そう言ったのはガッキーだった。

「いまいち状況がわかってないんだけど。ヒナの彼氏がハカセを脅したってこと?」

ハカセが慌てたように首を横に振った。

「違う違う!何だろう、注意喚起って言えばいいのかな」

「注意喚起?」

「ヒナと男子が関わらないようにみんなに言ってほしい、みたいなことを言われたんだ」

「いつ?」

「えっと、クラス替えをしてわりとすぐだったから、四月かな」

四ヶ月も辛い思いをさせちゃってたんだ...。

「みんなに言ったの?」

「そのまま言うのは良くないと思って。グッサンと相談して、みんなには『ヒナの彼氏はやばいから気をつけた方がいいよ』って言った」

グッサンが「まあ、実際やばそうだしな」と苦笑いする。

「ほんとごめん」と改めて言った。

「ヒナが謝ることなんてないよ」とユーミンが言ってくれた。

「そうだよ、謝るべきなのは彼氏だよ。呼び出して謝らせよ」とガッキーが怒ったように言った。

「いや、全然気にしてないしいいよ」とハカセ。「そうそう、ご対面する方がちょっと」とグッサン。「でも...」と納得いってなさそうなガッキー。

「ごめん、昨日話したときもあんまり反省とかしてなさそうだったから...」

「反省してないの!?別れた方がいいよ、そんな奴っ」

私より怒ってくれるガッキーを見て「うん、そうかもしれない」と笑った。



花火大会当日。午前の部活終わりに彼と待ち合わせをして一緒に帰った。数日前のことを引きずる私と違って、彼はすっかりいつも通りだった。

「今日どこで待ち合わせしようか?」と彼が聞いてきた。

「うーん。最寄駅でいいんじゃないかな」

「葵の家の?」

「ううん、花火大会の」

「そうか」と言う彼の声は少しがっかりしているみたいだったけど、元の調子で「何時にする?」と聞いてきた。

「うーん...七時とか六時とか?」

「じゃあ六時にしよう」

「わかった」

いつもの駅で「じゃあまたあとで」と言って別れるとため息が漏れた。このまま花火に行って大丈夫なのかな、と思うぐらい気分は沈んでいた。

家に着くと、とりあえず楽な格好に着替えてお昼ご飯を食べた。その後はぼーっと考え事をしていた。このまま付き合ってていいのかな…?花火行くのやめて別れた方がいいかもしれない。けど急に別れたいって言って別れてくれるかな。いつ切り出すのがいいんだろう。ただただ過ぎる時間を見て、こんなことしてるなんて知ったらきっと不機嫌になるだろうな、と思った。家を出る少し前になってようやく出かける準備を始める。最初から浴衣を着る気はなかった。Tシャツに長めのスカートを選んで、虫と汗の対策グッツを準備する。財布など諸々入れた鞄を肩から下げて家を出た。待ち合わせ場所に向かってる間も気分が晴れることはなかった。

彼から届いたメッセージに「駅前のコンビニで待ってる」とあったので、とりあえず出てコンビニを探し歩いた。スニーカーで良かったと軽く息を吐く。店内に入ると冷ややかな空気に包まれた。漫画コーナーで立ち読みしている、白地に赤のボーダーTシャツについた短い袖を捲り上げて黒のハーフパンツとサンダルを合わせた子どもっぽい格好の人に近付く。

「お待たせ」

少し離れたところから声をかけると、パッと笑顔でこちらを見てすぐ残念そうな顔になった。たぶん浴衣姿を期待していたんだろうなと思った。単純でわかりやすい。

「ちょっと早いけど行こうか」

という彼の提案に頷いてコンビニを出た。「さっき読んでた漫画さー」という話に適当に相槌を打つ。少女漫画は読むけど少年漫画はあまりわからない。彼がよく読んでいるバトルものはなおさらだった。国民的マスコットキャラがいる漫画とかなら、まだ興味を持てたかもしれないけど。

「どうかした?」

聞き流す言葉の中で急にそう聞こえてぱっと彼を見た。心配そうな顔がそこにあった。

「え?」

「なんか上の空って感じだったから」

「ごめん、ちょっと理解が追いつかなくて...あ、屋台見えてきた」

左右に軒を連ねる屋台が遠くに見える。有名なだけあってすごい人だ。

「お、ほんとだ。何か買う?」

「そうだね、何か食べよっか」

「祭りといえば焼きそばだな」

「あー定番だね」

「あとは唐揚げ、たこ焼き...」

「そんなに食べるの?」

「いやいや金ないし。全然食えるけど」

「太ればいいのに」

「えっ?」

「ううん、なんでもない」

そんな話をしてる間に屋台の目の前まできた。人の波に従って左側を歩く。ゆっくり進みながら右へ左へ目移りしていると、ようやく焼きそばを見つけた。彼が一人分を買って早速割り箸を割った。

「え、もう食べるの?」

「だって冷めると不味くなるし」

フランクフルトとかならまだわかるけど、焼きそば食べ歩きするぅ?と思ったけど黙って歩き始めた。「いる?」という声に「今はお腹空いてないから」と返してすれ違う人を見るともなく見る。家族連れ、友達、恋人。みんな楽しそうに見えた。私たちはどんな風に見えてるんだろう。同い年ぐらいの集団が前から歩いてくるのを見て、演劇部のみんなは楽しんでるかな、とふと思った。男女入り混じった集団で仲が良さそうだった。なんで私はあんな風にすることを許されないんだろう。なんだか泣きそうになってきた。そんな時だった。

見ていた集団の後ろに見覚えのある顔があった。見覚えのある、なんてものじゃない。最後に会ったのは一年以上前なのに今でもはっきり覚えてる。

その人は隣にいる誰かと笑っていた。女の子だった。ズキンという音がした。こちらに顔を向けそうになった瞬間にパッと目を逸らした。そのまますれ違う。

「あ、たこ焼きがある。食べる?」

彼が言った。機械的に「うん」と返すと「じゃあ買ってくるわ」と言った彼が列に並んだ。焼きそばを掻き込む彼を追い越してお店の端っこに立ち止まる。先ほどすれ違った方に目を向けてみるけど目当ての人は見つけられなかった。

やっぱり...彼女とか、かな。きっとそうだよね、いない方がおかしいし。かわいい子だったな。今日のためにバッチリおしゃれしてきましたって感じ。私なんてーー

それ以上考えると泣きそうだった。考えるのを止めて軽く頭を振る。夜だからかな、世界が薄暗く見えた。「まいど!」という威勢のいい声が聞こえた。彼が早速たこ焼きを食べようとしているのを見て歩き出す。

「あっつ!」

隣に並んだ彼からそんな声が聞こえた。ちらっと見ると眉間にシワを寄せて、たこ焼きと戦っていた。

「たこ焼きって熱くて食べるの難しいよね」

人事のように言って淡々と歩く。水も何もないので助けようがない。

そうこうしているうちに少し拓けた場所に出た。なんとかたこ焼きを飲み込んだ彼が「どこか座ろうか」と言って進み出た。座れなさそうだなーと思いながら付いていく。なかなか座れそうなところはなかった。しばらくして二人ならというぐらい小さなスペースを見つけて並んで座った。ちょうどいい温度になったたこ焼きを食べる。食べ終わって時間を見ると花火まで三十分ぐらいあった。そんな長い間彼と待ち続けるのはキツイ。「飲み物買ってくる」と言って立ち上がった。

「あ、じゃあ俺も...」

「ううん、ここで場所取っといて」

彼の言葉を遮ってそう言うと軒を連ねる屋台に向かって歩き出した。これでゆっくりできる。そう考えてることに胸がキュッとなった。

さっき通ってきた道の反対側に進んでみることにした。人の波に流されながらゆっくり歩く。しばらくして飲みものを売ってるお店を見つけた。適当にジュースを選ぶと、反対の波に移ってゆっくり拓けた場所まで戻る。時間を見るとまだ五分ぐらいあった。屋台の裏手に回って端っこに立ち止まる。目の前を男の子が走り抜けて「お母さん早く!花火始まる!」と叫ぶ。「走ったら危ないでしょ!」と声を上げながら女性が通り過ぎる。平和だなーなんて思いながらジュースを一口。どうしようかぼんやり考えてると右の方で人が立ち止まる音がした。何気なく顔を向ける。

「あっ...」

こっちを見ていた明智陽平あけちようへいくんと目が合った。ドキドキと鳴り出す。世界が色付き始める。白の丸首シャツに紺の七分袖シャツ、ベージュの七分丈のパンツにスニーカーという、ちょっとだけ大人びた彼らしいコーディネートだった。明智くんはこっちに近づきながら控えめに片手を上げた。たったそれだけなのに、キュンとする。ポーッと見てると、そのまま私の右側に並んだ。明智くんが真っ直ぐ前を見てるから同じ方を向いた。

すぐ隣に明智くんがいる。

肩を並べて立ってる。

さっきから聞こえてたドキドキが、今はそれしか聞こえないぐらい鳴ってた。口を開いた瞬間に心臓が飛び出そう。けど、話したい。久しぶり元気?学校はどう?今日は誰と来たの?彼女さんは?

どうしよう。何から話したらいいんだろう。頭の中でセリフをグルグル回してると、

「あっつい」

明智くんがそう言ってシャツをパタパタさせた。何でだろう。そんな誰でもやることも、明智くんがするとキュンとしてしまう。

「暑いね。夏だね」

「ああ、夏だな」

他愛のない話。相変わらずドキドキしてるけど、グルグル回ってた言葉はなくなってた。こうして同じ時間を過ごしてるだけで満足だった。

けど、明智くんは?みんなのところに、彼女のところに、行かなくていいの?

「「あの」」

思い切って聞こうとしたら明智くんの声と被ってしまった。一瞬、二人して顔を見合わせてしまう。明智くんがパッと下に目を逸らして「ごめん」って言った。慌てて同じように目を逸らしながら「ううん、こっちこそごめん」って謝る。話してもらった方がいいのか先に話した方がいいのか迷いながらおずおずと視線を上げると、明智くんは俯き加減で後ろ首に手を当てていた。その仕草にまたキュンとする。思い切って「あの...」って話しかけたのと同時に、ドーンという大きな音とワーッという歓声が聞こえた。花火が始まったみたいだ。空を見上げると次々に上がる花火が見えた。明智くんを見たら花火を見上げていて、私が話しかけたことには気づいてないみたいだった。もう聞けそうにないかな、と諦めて色とりどりに咲く花に見惚れた。

明智くんと一緒に花火なんて夢みたい。本当は早く戻らなきゃだけど、もう少しだけ...。きっと明智くんも、行くべき場所があるはずだけど...。

そう考えてズキンと鳴った。見上げてた視線を落としてしまう。その先に寄り添って座るカップルがいた。ズキンズキンと音が大きくなる。見ていられなくて俯くと、右手のほんの数センチ先に明智くんの左手があった。指を伸ばしかけて、ぎゅっと握りしめる。

ダメだよ。私にはそんな資格ない。

自分に言い聞かせて、疾しい気持ちを背中に隠す。反対の手でしっかり抑える。改めて思い知らされる。こんなに近いのに、こんなに遠い。

ドーンッと一際大きな音が鳴った。歓声が湧く。ゆっくり顔を上げると、空がキラキラしていた。儚く消える光に、夢の終わりを告げられた気がした。

「そろそろ戻るね」

低い場所で上がり続ける花火を見ていた明智くんを見て言った。花火に夢中だった明智くんは、私を見て、それから口を開いた。

「ああ...うん。それじゃ」

「うん...じゃあね」

そうは言ったけどなかなか踏み出せなかった。ほんの数秒見つめ合う形になる。でももう行かなきゃ。グッと足に力を込めて無理やり動かす。すれ違って、一歩、二歩と遠ざかったところで足を止めた。花火の音でわからないけど、明智くんももう歩き始めてるはず。でも、その姿を振り返って見ることはできなかった。少し離れた場所に、いるはずのない人が立っていたから。私が戻るべき場所が、もっと遠くにあるはずの場所が、そこにあった。込み上げていた熱がサーッと冷める。花火に照らされた彼が物凄く怒ってるのがわかる。ツカツカと歩き始めた彼から思わず一歩下がる。何をされるかわからない恐怖が込み上げる。それでも迫りくる彼から目を離せないままでいると、何かおかしいと思った。私を見てない...?もっと後ろの方を見てる...?

彼が私の左横を通り過ぎようとした瞬間、両手で彼の左腕を掴んだ。引きずられそうになって慌ててグイッと引っ張る。彼が足を止めてこっちを睨んだ。いつもは怖くて顔を背けてしまうその強面を負けじと睨み返す。精一杯強がって彼に歯向かう。

「ど、どこ行く気?」

「離せよ」

ブンブンと首を振りながら「離さない」

「なんでだよ」

「何するか、わかんないから」

ふいに彼の腕から力が抜けるのがわかった。睨みつけていた強面の目が濡れてることに気づいて思わず両手を離す。「...んで」という震える声に何も言えないまま、彼が体ごとこっちを向くのを呆然と見る。

「なんで、帰って来なかったんだよ?なんで他の男といんだよ!?彼氏は俺だろ!?一緒に花火見にきたのは、俺だろ!?なあ!?」

一気に捲し立てて荒い息を吐く彼がグイッと目を拭うと、怒りに満ちていた表情が悲しそうに歪んだ。「なんで」という言葉が零れる。

「こんなに好きなのに...なんで、同じだけ想ってくれねーんだよ...」

そう言って彼は俯いた。続けざまに打ち上げられる花火の音が胸に響く。彼がはーっと長い息を吐いて顔を上げた。

「もう、別れよ」

そう言われた私は何も言えないまま突っ立ってた。これはチャンス?こんな終わり方でいいの?何て声をかけるのが正解?答えの出ないことばかりグルグル回る。何かを待つみたいに動かなかった彼も「今までありがと」とだけ言い残して帰っていった。彼がいなくなってからも変わらず立ち尽くした。追いかけることも、振り返ることも、泣くことも、できなかった。

「性格悪いな...」

ぽそっと呟いた。わぁっという歓声に釣られて空を見上げると、大きな花が垂れ下がってた。一人きりで見上げる花火に心がチクリとした。

「今、再会できてたらな...」

そう、今なら、なんて考えたら急に泣きそうになって。ほんの少し溢れた涙が頰を一筋流れた。構わずに大好きな垂れ下がる光が消えてなくなるまでじっと見つめた。光が消えても泣きそうな気持ちは消えなかった。目を閉じてみても変わらなかった。思わず鼻で嗤ってしまう。

「ほんと、性格悪い」

その呟きはお祭りの喧騒に呑まれて消えていったような気がした。

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