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刑務所

 雨音を聞きながら数十分が経たったようだ。辺りは雨のせいで、不安と恐怖で鬱屈しそうだ。ここ医務室でも頼りない裸電球の光がぶら下がっている。

 食糧を探しに行った角田たちが少し心配になってきた。あれだけ必死に戦った後だったが、今となってはとても落ち着いてきていた。私には仕事仲間以外友達といえる存在がいないが、角田と渡部には強い親近感が芽生えていた。

「どお。人助けした気分は」

「不思議と……初めてなんだけど……いい感じだ」

「そうでしょう。こんな特殊な場所だもの。みんなと力を合わせないと。きっと、あなたは知らなかっただけよ。人の大切さを」

 私は寝返りを打った。丁度顔が呉林に向いていない格好になる。

「俺は今まで余り人と関わらなかったからな……」

 私は呟くように言った。そう、私には中村・上村には悪いがちゃんとした友達がいない。晴れやかな正社員になっていった同級生にも合わす顔がなく、ひっそりと生活をしている。

「そうなの? 私はこんな商売をしているからか、いろいろな人たちと関わってきたわ。その中で人と関わることって何かっていうのがよく解るの。でも、大変な依頼人が来ると、決まって姉さんのところに行ってたっけ」

 呉林の顔を見ずに微苦笑し、

「お姉さんがいるのか」

「ええ、とっても不思議な力があるの。私の力はお姉さんには敵わないわ」

「へえ。そのお姉さんって美人か」

「……そうね、私と同じ」

 急に高なりだした鼓動が呉林に聞こえるかも知れないが、私と呉林は笑った。こんな時でも笑えるのがとても嬉しかった。左肩の痛みがかなり和らいでくれていた。


 角田たちが持って来てくれた古古米のカレーを食べ終えると、みんなで医務室からこの世界の出口に当てもなく出発することにした。4人はまた延々と通路を歩くことにる。けっこう先に作業場の大きい扉が見えてきた。

「ひょっとして」

 呉林は急に立ち止まると、私に振り向いた。

「赤羽さん。携帯持っていない」

 私はタバコの吸い殻を刑務所の床に捨てると、ライフルを肩に掛け、唯一私服であるズボンから携帯を片手だけでとり出した。私の携帯を受け取った呉林は真剣な眼差しで、私の携帯を何やら弄っていると、突然、辺りに携帯のアラームの音が鳴り響いた。

「違ったかしら?」

 呉林は辺りを見回してから首を傾げる。

「どうしたんだい。俺の携帯に何かあるのか?」

私も首を傾げる。

「そういえば、あの電車の中で携帯が鳴ったわよね。その後に私たちは元の世界に戻れたの。だから、あの時と同じことをしようとしているのよ」

「ここが、夢の世界だからか?」

 私はあの電車での出来事を少し考えてみた。辺りが急に薄暗くなり、周りの人々もどこかおかしかったが、携帯の目覚まし機能でその現象がなくなった。そういえば……

「あの時、もしかすると三人とも居眠りをしていたのでは?」

 呉林は驚いて、私の方を見た。

「すごいわ。私も同じことを考えていたのよ」

 呉林は顔を輝かせて続けた。

「それなら、こういう仮説はどう? 私たちは現実の世界で寝ると、夢の世界で起きてしまうのよ。……そうだとすると、どうやったら元の世界へと戻れるのかしら?」

 渡部と角田は解らないといった表情を見合わせていた。だが、私は興味を惹かれた。

「それじゃあ、どうすればこの夢の世界から起きられるのだろうか」

「あの時の……電車の中のことをよく思い出して、携帯のアラームが鳴ってから私たちは起きたのよ」

「それでは、携帯の目覚ましアラームで起きることができると、この夢の世界から元の世界へ戻れると?」

 私たちの行為が解りかけてきた渡部は疑問を呉林に向けた。けれど、さっきから携帯のアラームは辺りに鳴りっぱなしだった。

「可笑しいのよね」

 呉林は携帯のアラームを止めたり鳴らしたりしていた。頭がどうにかなりそうな場所で、一つの何とも言えない合理性が芽生える。

「解った携帯のアラームで起きたのは偶然で、何かの音。大きな音で起きるんだ」

 私は思ったことを素直に告げた。呉林はハッとして、うんうんと頷いた。

その時、遠くからテレビの砂嵐の音が迫って来ていた。周囲の静けさの中、砂嵐の音がやけに気になり。私は音の方を見た。突然、いままで歩いてきた通路に、猛ダッシュしてくるテレビ頭が視界に入った。頑丈そうな体をして、片手にハンマー。頭部には32インチのテレビが乗っていて、砂嵐を映している。

 私は急激に恐怖で体が硬化し、口をパクパクしながらテレビ頭の方へ指をさし向けていた。呉林も気づいた。


「ひっ、蘇ってる!」

 

 私は震える唇で悲鳴を上げたが、呉林がいち早くライフルを構え一発撃つ。パーンと凄い破裂音が辺りに響く。

 渡部と角田はテレビ頭の方も見ないですぐに逃げ出した。

突進するテレビ頭は一瞬よろけ。倒れた。だが、すぐに起き上がり、その巨体が更にスピードを上げて迫りだした。

「駄目だ……逃げよう……」

 やっとのこで声を振り絞った私は、角田と渡部の方へ呉林の手を取り脱皮のごとくに逃げ出した。

角田と渡部が遠くで散り散りに逃げようとした瞬間。

「大丈夫! ここへ入りましょう!」

 呉林が叫んだ。

 私たちの走る通路の少し先の作業場の扉を呉林が勢いよく開け放った。血相変えた呉林が角田たちに大きく手招きをした。

「角田さんたち! こっちよ!」

 限界を超える恐怖と混乱によって、私は無理矢理ライフルを片手で構えだしていた。

「赤羽さん! そのライフルは弾切れなの! 早くこっちへ逃げて!」

 私はそれを聞いて更に真っ青になり、作業場へと力の入らない足で向かった。

「こっちへ逃げましょう! 恵ちゃんもいるわ!」

 必死で私たちはその作業場へと、そう叫んだ呉林の後を追った。


 何故か作業場の扉の中から安浦の緊迫した顔が見えた。

 テレビ頭が物凄いスピードで走って来る。砂嵐の音が素早く近づいてきた。

 作業場は裸電球が所狭しとぶら下がり、その明かりで部屋が広く感じられた。卓上には複数のミシンやプレス機が置いてあり、一番奥にはスチール製の扉の倉庫があった。広い倉庫には棚に置いてある複数のミシンやダンボール箱が山積みされ、色々な用途のある金属製の棒や頑丈なロープなどがある。

 呉林は私たちを倉庫へと誘導する。

 テレビ頭が作業場の扉を派手に破壊した。

「みんな! もうすぐよ! 頑張って!」

 呉林の意味の解らない合図を受けて、みんなはただただ呼吸を乱して、闇雲に奥行きのある倉庫の中へと体を押し込もうとする。その拍子にダンボール箱が潰れ、金属製の棒がむき出した。5人が非難するとスチール製のドアを呉林が閉める。

「赤羽さん大丈夫。私、恵ちゃんが心配でここへ来たの。直観で作業場で戦うことにしたの。そこに恵ちゃんがいるから」

 血の気が引いているが、何かの自信を持っている顔の呉林が私の怪我のことを心配してくれている。

 どうやら、安浦もこの世界へ来ていたようだ。

 けれど、冷静に考えれば倉庫のスチール製のドアは薄く脆い。大き目のハンマーで力一杯殴れば、すぐにぐちゃぐちゃになってしまう。

「これから、どうするんですか呉林さん?」

 渡部がダンボール箱をどかして、震える唇で隣の呉林の顔色を見つめた。その隣には真っ青な顔の安浦が無言で佇んでいた。


「少し待って……」 


 天井が低い。そして、広い倉庫には至る所にダンボール箱が山積みされ、息苦しい。鬱屈しそうな呼吸が所々に響く。

「もうすぐよ」

 呉林は低く呟く。

 体格のいいテレビ頭の走る音がドア越しに聞こえてきた。テレビ頭のハンマーがスチー

ル製のドアを打った。

「ガーン!」

 という大音響と同時に、ドアの上部がひしゃげた。

「きゃあ!」

 安浦が悲鳴を上げた。

 テレビ頭はやはり、ひしゃげたスチール製の扉から、こちらに無理矢理に這い出してきた。

 不気味な砂嵐を写したテレビが襲いかかる。

「この!」

 角田が砂嵐のテレビを右足で、思いっきり蹴飛ばした。だが、テレビ頭が派手に後ろに倒れたが、すぐに不気味に起き上がり始め角田の左足を握った。

「ひっ!」

「角田さん!」

 私は倉庫の金属製の棒に手を伸ばす……。

「オラー!」

 掛け声とともに、作業場に倒れたテレビ頭に金属棒を突き刺した。32インチのテレビがヒビが入ったかと思うと同時に、火花と血飛沫を上げながら一部が壊れた。

「やっちゃったのか。俺……」

 私は相手の状態を確認して、肩を上下させながらテレビ頭の巨体を覗き込んだ。

 テレビ頭はテレビから大量の血を流して、角田の足を放した。


「すごいな……」

 左足を摩りながら、はずむ息をしている角田は、私の名前を言おうとした処で、テレビ頭のテレビの火花で口を噤んだ。渡部と安浦は、あまりにもショッキングな出来事に茫然としていた。

「赤羽くん。君って奴は」

「どう? 凄いでしょ」

 角田と呉林の安心の声を聞いた。私は呆然と立っていたが、どっと気が抜けたようで……気を失った。

 気を失う寸前、私の耳には大音量の音が連続していた。恐らく、みんなが必死に元の世界へ戻ろうとしてくれいたのだろう。


 小鳥の囀りと暖かい光で意識が浮上してくる。それと同時に左肩に鈍い痛みを覚える。

「ぐ……」

 私は痛みで顔をしかめながら起き上った。まっすぐにユニットバスの鏡に上着を脱いで左肩を映した。何ともなっていない。鈍い痛みだけが鮮明に脳に響く。


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