刑務所
「パーン!」
物凄い大きな破裂音が辺りに鳴り響く。テレビ頭のテレビに弾が当り大爆発をした。火花を散らし、同時に大量の血液が辺りに散らばる。
テレビ頭はあっという間に、倒れ込んだ。至近距離では一溜まりもないだろう。それにしても、この頭に乗っかているテレビから大量の血が吹き出ているが……。
「やったわ! さっすが赤羽さん!」
呉林は、私の肩を喜んでバシッと叩いた……左肩を。
「御免なさい。私ったら。嬉しくてつい」
呉林の顔がドアップだった。私の頭を膝枕にしてくれていた。
凄い美人だ。
私はどうやら倒れているようだ。……気を失ったのだろう。さっき叩かれた痛みのせいで、青い顔をしているのかな……。
「テレビ頭は?」
力なく私は呉林に尋ねた。
「壊れたわ。それより、立てるかしら」
「ああ。出血がひどいけど家に帰りたいんだ」
私は本音を吐く。
あのオンボロアパートへ帰りたかった。
「大丈夫? もうそろそろ元の世界へ戻れるかもしれないわよ。お家に帰れるわよ」
呉林は、こんな私に優しく言った。
「本当に」
「そうよ。私、感じるの」
それを聞いて、私は必死にライフルを杖に起き上がり、呉林と囚人房へと向かう。私はライフルの弾がまだあるか調べようとした。が、やり方が解らなかった。
「どうしたの?」
呉林は、小首を傾げる。
「このライフルの弾で牢屋を開けるのさ」
「なーるほど」
私の中で何かが弾けた。
それは、こんな恐怖から生還したいという執念? 意地?
生まれて初めてだった。
私は左肩の出血や痛みをしばらく気にしないことにした。あんな体験をしたので、人助けが楽に思えてならなかった。ライフルの弾はまだきっとあるだろう。
長い通路がかなり苦痛になる頃には、処刑場から二人がいる囚人房に辿り着けた。気を失いそうな精神に、開け放たれた扉から心安らぐ歌声が聞こえる。
囚人房にやっとの事で入ると、
「君。その肩の怪我は大丈夫なのか? さっきのテレビ頭め」
中年男性が同情の眼差しを向ける。私はかなり疲れているので、その言葉を気にせずに二人を牢屋の奥へ行かせ、片手でピカピカの鍵をライフルで撃った。見事二人の牢屋の南京錠が壊れて開く。
「やったぞ! さあ、みんな帰ろう!」
寝間着姿の中年の男性は牢屋から喜び勇んで立ち上がった。
「外はどこですか?」
青年は及び腰で、ゆっくりと立ち上がった。
「その前に名前が解らないとあれなんで、自己紹介しましょうよ。私は呉林 真理。20歳の大学生よ。それと銀座で呪い師をしているの。そして、こちらの男性は赤羽 晶さん。26歳。株式会社エコールで働いているの」
呉林は私の代わりに自己紹介をしてくれた。……あの……アルバイトなんですけど……正社員に聞こえる。私は中年の男性と若い男性に、青い顔でふらふらしながら軽く手を振った。
若い男性は少し頭を下げて、
「鍵を開けてくれてありがとうございます。とても感謝しています。僕の名前は渡部 守。東京の音楽大学の大学生で19です」
と、最年少で震える声。私の怪我とボロボロになった鉄格子を見て、その恐ろしさと、この場所の不可解さに混乱しているのだろう。
端整のとれた顔をしていてさらさらとした茶髪をしている。髪は長め。背は長身で、私と同じくらいだろう。それと、落ち着いていて控えめな丁寧な人である。
「本当にありがとう君たち。俺は、角田 清彦。スーパーの店長をしていた。42歳だ。それより、早く脱獄しようよ。こんなところにいるのは耐えられないんだ。ここから出られたら俺のスーパーに来てくれ。うん、とサービスするから。あ、毎日してるか。ハハハハハッ」
こちらはいろいろと微動だにしないようだ。
メガネをかけていて、角刈り頭で、バリバリのビズネスマンのようだ。背は高い方。中
年太りはしていない。そして、肩幅が広い男だ。
「そうね、もう危険はないと思うけど、早めにこの世界から出ないと」
呉林もさすがにこの広い刑務所を方々に走りすぎて疲れているようだ。ピンとした背筋に力が入らないようだ。
「でも、どうやったら、この変な世界から出られるんだ?」
私も立っているのがやっとだった。左肩の痛みに耐えながら、早くこの異常なところから、元の世界へと戻り、病院へ行って、二度とこういった体験をしたくなかった。
「それより、この怪我はもとの世界に戻って病院へ行くと治るのかな」
私は奇妙な疑問を呉林に尋ねた。
「それが……解らないのよ」
呉林は残念がった顔をして、私の左肩を見つめる。
「あの包帯か何かを探してみては。酷い怪我だし、それにあの化け物は?」
渡部が心配してくれていた。勿論、角田もだった。昔から友達もいない私の心は何故か暖かさが心に染み込み親近感が満ちてきた。
「赤羽さんが壊したわ。安心して。もう危険はないと思うわ」
呉林は包帯を探そうと囚人房から出る。
「痛そうだな、脱獄する前に治療しないとな。ここが刑務所なら医務室ぐらいあるさ」
角田も私を気遣いながら囚人房から出た。
「そうね。あ、どこかに医務室があるわ。そう感じるの。そこへ向かいましょう」
呉林は細い足で先頭に立ち、どこともなく歩き出した。その後ろを私が気力を振り絞ってふらふらと歩いた。角田と渡部はしんがりで、この世界が本当に夢の世界なのかと話し合っていた。
私はライフルを肩に抱え、ジャンパーのポケットから煙草を取り出し火をつけた。
4人は薄暗い通路を歩き医務室を探した。
「ここは本当に夢の世界なんですか?」
渡部は角田と話しているだけでは物足りず呉林に尋ねてきた。その顔は非日常な体験をする時の戦慄と混乱を抱えていた。
「多分そうよ、私の推測だけどね」
「まるで、映画や小説の世界ですね。もし出られなかったら……」
「大変なことになるわ。何とかしてここから出ないと」
「ええ!」
渡部は素っ頓狂な声を出す。
「家に帰りたいな……」
私はこんな世界でも何かにしがみついていた。
それは唯一の生への執着でもあった。
角田はあまり気にしていないようで、顔は平静そのものとまでは言わないがあまり青くなっていない。
「あ、と、その証拠にみんな寝間着姿や、寝る前の格好をしているでしょ」
そういうと、呉林は考え込んで、ぶつぶつと言い出した。みんな呉林が敬語を使わないことを気にしないようだ。
こんな世界でも呉林はいつもサッパリしているのだ。
私は怪我と出血と疲れでフラフラとしていた。とても話す気力がない。黙々と煙を吐いていた。
間隔を置いた煙草を3本吸い終わる頃には、やっと医務室に辿り着いた。肩の出血がジャンパーに大きな染みをつくりそうだ。怪我の痛みはあるが、それより出血による精神的なものの方が大きい。
医務室の木製のドアを開けると、中は建物と同じく殺風景である。中央に幾つもの薬品棚と1つの診察室があり、その隣に簡易ベットが複数あった。
私はライフルを床に投げ出して、簡易ベットの一つに呉林によって寝かされ上着を脱がされる。怪我はかなり酷く、左肩の部分が青黒くなっていて、皮膚から血が滲み出ていた。骨も折れていそうだ。
「こりゃひどい」
私の肩を見つめた角田は顔をしかめ、私の肩に薬品棚から持ってきた包帯を巻こうとした。
「ちょっと待って!」
そういうと呉林は素早く消毒薬とガーゼを持ってきた。
「念のためよ。現実の世界で化膿したら大変。こんな世界だもの何が起こっても不思議じゃないわ」
呉林はかなりいろいろと慎重になってくれている。渡部は診察室の奥の水道から持ってきたコップに水を入れると、簡易ベットに横になっている私に差し出してくれた。
「…………」
「大変な怪我をしましたね。痛みは? こんな場所だから救急車というわけにはいかないですよね」
渡部の心配そうな顔へ、私はかなり酷い痛みを隠していた。
「大丈夫……だ」
そういえば、私は昔から仕事以外であまり人と関係を今まで持たなかったなと思った。寂しい人生だったのだろうか……。
しばらくすると、私は夕食も夜食をまだ摂っていなかった。緊張が解けてきたせいか、腹の虫が鳴った。
「お腹が空いたの。ここに食べ物ってあるかしら?」
呉林は私の左肩を拭いていた消毒薬を湿らせたガーゼを置いて俯いた。不思議な力を使うかのようだ。
すると、
「そういえば、囚人房の奥に調理室があるって、今解ったわ。そこなら何か食べ物があるかもしれないわね」
呉林はそういうと、包帯を私に巻いてくれた。うまい巻き方のようで、左肩の痛みが半減した。左肩は消毒薬のせいか少し冷たくなってきて気持ちがいい。
「俺も腹が減ってきたな」
「私も。走り回ったからかしら」
「僕も」
みんな腹が空いていたようだ。
…………
角田は何気なく医務室の窓から外を眺めた。外は雨が降っていた。
「こんな変な場所にも雨が降るんだな。腹も減るし……」
角田は溜め息交じりに呟く。
「あの……。蛇口から水がでるので、恐らくガスも出ると思います。みなさんここで食事にしましょう。角田さん何か食べ物を持ってきましょうよ。赤羽さんと呉林さんはここで休んでいて下さい」
親切な渡部は気遣ってくれて、そういうと角田を連れて調理室を探そうとした。
「いい。調理室はあなたたち二人がいた囚人房の奥よ。丁字路の左側の奥。私たちはここで待っているわ」
「解りました」
渡部は笑顔で手を振った。