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普通列車

気を失ったのか。暗闇から目を開けると、ほんのり明るい光の電車の中だった。隣に顔を向ける。目を固くつむった安浦と呉林がいた。

「おい、起きるんだ! 助かったぞ!」

 回りの人々が私にいっせいに注目したが、気にする余裕がないので、放っておくことにする。みんな目の辺りは暗くなっていない。普通の目元だ。

 安浦と呉林は目をゆっくりと開ける。

安浦は嬉しいのか未だに怖いのか、泣き顔をしていた。

「助かったの。あたしたち」

「終わってくれた! 助かったんだわ! ああ、よかったわ!」


 そう言った呉林は涙目だが何らかの自信のある顔だった。

 私たちは周囲の目を気にせずに、肩を叩いたり手を打ったり喜び合った。

「次は牛久。牛久」

 アナウンスの声で、私たちは唖然とする。時間が経っていないのだ。

「え、え、真理ちゃんどうなっているの。私まだ怖い」

 安浦は首をフリフリ混乱する。

「あたし、怖いわ。すぐに降りたい。降りたい!」

 安浦は半べそで立ち上がる。

「ねえ、出来れば、みんなで一緒にどこかでお話ししましょうよ。そのほうが気持ちが落ち着つくと思うわ」


 涙目だがしっかりした口調で、呉林は私に手を差し出した。

 私は軽く頷いてから、手を取り、

「3人で体験した。あれは、一体なんなんだ。一人だけなら信じられないけれど夢ってことに出来るけれど……」

 私はさっきのは夢なのか、それとも現実なのかとしばらく考えていたが。結局何も解らなかった。

 私は当然、バイトのことを完全に忘れていた。そして、今になって激しい動悸に気が付く。

恐怖と疲労、そして混乱。

生まれて初めての経験にショックが隠せそうもない。

こんな私でも、どうしてもこの二人と別れたくない気持ちになった。さっさと呉林たちと牛久で降りる事にした。

牛久の改札口を出る頃には、有難いことに体の震えや動悸も少しは楽になってきたようだ。私たちは、オアシスを求めるように、少し歩いた所のカフェレストラン「イースト・ジャイアント」に入る。


3人ともこの店に入るのは初めてのようだ。大きめの店、レストランだがコーヒーだけでもゆったりできるようで、今の3人には素晴らしいオアシスだった。

適当な席へと案内され、3人は各々好きなものを注文するためにさっそくメニューを捲る。

「改めて、私は呉林 真理。銀座で呪い師をしているわ。それと水道橋にある東京都内第6大学に安浦 恵ちゃんと通っているの」

 どうやら、東京の大学に行く途中だったようだ。

 呉林は熱い紅茶を青白い顔で注文する。やはり芸能人顔負けの凄い美人だった。

「俺は赤羽 晶。藤代にあるエコールという会社で、アルバイトをしているフリーター。それと、呪いって何?」

「簡単にいうと、お呪い。その教室の先生をしているの。非科学的だけど現実を全て知っている人なんてこの世にはいないはず。自分の知らないことには、占いや神様や運命のことを考えるでしょう? それと同じく呪いも必要だと思うの。私はそんな人たちに教えているのよ」

「へえ、俺は神様関係は神社に行くことくらいしかないからな。そんな難しいことは知らない。現実を全て知っている人か……確かにいないかもね」


 私は昔から霊感などとは、まったく縁がない人間だ。

 それに二人の女性に、しかも美人に囲まれる形になったので、どうしていいか解らない。なんというか、いつもと違う気分になり落ち着かない。私は女性経験は皆無と言っていい。けれど、顔が悪いわけでは決してない……はず。ボサボサ頭を何とかすればだが……。

 少なからず嬉しいという気持ちはある。

「ひたちの牛久って……。じゃあ、私と恵ちゃんの家に近いわ」

 呉林が微笑む。


「御幾つなんですか」


 安浦は、にんまりと無邪気に聞いてきた。電車の中で、あれだけ取り乱した安浦だったが、大分落ち着いたようで、歩き回る派手な格好のウェイトレスにジャイアント・パフエを注文しながら口を開いた。

「26歳」

「あら、とてもそうは見えないわ。私と恵ちゃんは20歳よ」

 呉林は相変わらずタメ口だった。けれど、不思議と悪い気はしなかった。何故か呉林の雰囲気は年齢を関係なくさせる不思議なところがあった。呪い教室の先生だからだろうか。

「そうよね。この人。ボサボサ頭をキチンとすればハンサムだし」

 安浦は別だが……。

「安浦だっけ。何をしているの」

「え、あたし。あたしは恥ずかしいから秘密」

 安浦は本当に恥ずかしいようでツインテールの頭で俯いた。

「なんで?」

「ちょっと、言いたくないの。恥ずかしいし」

 俯いた安浦の目の前にジャイアント・パフェが届いた。ジャイアントというだけ大きい。ふつうサイズの3倍くらいだろうか。私はさらに詮索をするのを控える。特に気にしないことにした。

私はコーヒーを注文した。

「それで、それで、何だったのかしらあの電車での出来事」

 安浦が誰にとは言わずに口を開いた。

「解らないわ。でも、とても危険な出来事だと感じるわ……。そう、命に関わるような」


「何だって!」


 私はウエイトレスが持ってきてくれたコーヒーに手を伸ばしたが、すぐに手を引っ込めて呉林の方を見る。恐怖と混乱の再来で視線に力が入った。

「怖いこと言わないで!」

 安浦が、ジャイアント・パフェを頬張るのを止め、また泣きそうな顔になる。けれど、めげずにジャアイアント・パフェに挑みだした。

「でも、実際問題として、また起きる可能性は誰も否定できないわ。それに私には解るのよ。また、こんなことが起きると。それに、きっとこれは……始まりに過ぎない」


 呉林の顔はどこか、私の顔ではなく。遠いところを向いていた。説得力のある雰囲気を纏っている。けれど、それが今では戦慄を覚えさせる。たんなる商売道具だった。まるで、解らないことは私に聞きなさいと言っているようにも取れた。

 私はとある事に気が付いた。

「呉林。このことの原因はいったい何なのかな。解ることは何でも教えて欲しいんだ」

 呉林は少し溜息を吐いてから、

「私にも解らないわ。でも、こんな体験がまた起きるわ」

 自信を持って、真剣な眼差しを私に向ける。その顔は自分の自信に心酔しているようだ。

「君のやっている占いみたいな事でも解らないかな? 悪いけど金は無いんだ」

 私は少し強めに言った。呉林は臆することなく、 

「昨日の雨の日。喫茶店でコーヒーを飲んでから、どうも調子がおかしいのよ……」

「そうか……」


 そういえば、私も昨日の雨の時、喫茶店でコーヒーを飲んだ。……何か引っ掛かる。


「安浦は?」

 私は心の引っ掛かりを何とか取り外そうとした。

「え、あたし? コーヒー飲んだよ。真理ちゃんと一緒に」

「そうね。確か頑丈そうな赤レンガのお店だったわね。あれから私、家に帰ってからいくつかの書類の依頼をこなそうとしたけど、全然駄目だったわ。力が出ないのよね。困ったことに」

 と、少し疲れたような顔をして俯いた。

「え、頑丈な赤レンガの喫茶店だって!? それって、ひたち野うしくにあって、林の中にポツンとある喫茶店かい。確か名前は笹井喫茶室」

 驚いた私は叫んだ。

「そうよ。私と恵ちゃんはあの日。ひたちの牛久の店で買い物をして、住宅街を通って家に帰ろうとしたんだけど、急に土砂降りになったんで、仕方なく近くの喫茶店に逃げ込んだのよ。折角の買い物袋を濡らしたくないから。共通点があったわ!」


 これで、一つの共通点が浮き上がった。そして、もう一つの共通点、

「もしかして、あのコーヒーか?」

 私は思わず呟きボサボサ頭を掻き回した。不思議な気分だ。自分の身に何が起きているのか現実的にはさっぱり解らない。

「え、何て言ったの」

 安浦はパクパク食べるのを止めた。ジャイアント・パフェは半分以下になっていた。そ

して、また挑む。

「そうよ。コーヒーよ」

 呉林も呟く。

「もしかして」

 私がそう喋ると同時に呉林が話し出して来た。

「私も恵ちゃんも、そして赤羽さんもオリジナルコーヒーを飲んだ事になるわね。だって、当店自慢のコーヒーですって言って、何も注文してないのにサービスをしてくれたのよね。とても美味しかったけれど必ず何かがあるわ」

「え、何々? どうしたの?」

 私たちはスプーン片手に困惑する安浦を放っておいた。


「これで、原因が解ったはずだ。明日、三人でひたち野うしくの喫茶店へ行こう!」


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