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白い城

「元々は一人ずつ夢を見ているのだけど、その夢の中でも一人で、でも、夢自体は共通していて……?つまり……?」


 私はひどく混乱した。


「つまり、一人の夢(虚構)なんだけど、全員眠っているから、同じ大きな夢で出会う。ですよね? そして、その中で大きな夢自体が今は悪夢になっている。他の人たちも同じ条件で現実のベッドの中にいる……かな?」


 安浦が大学の講義を受けているような対応をしている。……初めて見た。

「そうだ。結論は、みんなと同じ夢。虚構の世界にいる。が、本当は全員一人で寝て普遍的な夢を見ている」

 ディオはゴミ箱から素早くサイダーを取り出し、

「わしは本当の現実の世界では今は眠っている。だが、今はこのサイダーをこの虚構の世界で手で持っている。はてさて、何故持った感触があるか、それは、現実の世界でも持っているからじゃ。わしの実物は眠っていながら、ベッドから起き上がり、君たちやコンビニの店員と夢遊病のように話したり会ったりしているのだ。答えは、この虚構の世界では全員眠っているのだが、眠りながら日常生活を送っているのじゃ」

 私の頭はとても直視できないほどこんがらがった。けれど、不思議と解った感じがする。ここへ来て、小さなテントで苦手な勉強をするはめになるとは……。


「ふんふん」


 安浦って、確か理数系だったはずじゃ……。

 つまり、この老人は悪夢の世界を虚構と捉えているんだと思う。そして、夢の世界ではなくて、虚構の世界で人々が暮らしている。それも眠りながら。

「だから、その原因である精神を眠らせているものを取り除けば」

「その通りじゃ」

 浮浪者はにっこりした。

「その原因の何かは解る。あの赤レンガのオリジナルコーヒーだよな」


 私は顔を強張らせる。


「やはり君たちも……。しかし、違うとも言える。全人類がコーヒーを……。わしも赤レンガの喫茶店でコーヒーを飲んだが。もっと、別なものじゃ」

「うーんと。あ、あなたも飲んだのね。赤レンガのオリジナルコーヒーを?」

 安浦の発言で、私も驚いた。この人が霧画の言っていたもう一人の仲間だ。

「ああ。飲んだとも。……雨の日の散歩の時に雨宿りをして、そして、タダだったからじゃ」

「そうだったのね」

 安浦と私は顔を見合せた。

「話は終わっていない。コーヒーだけではない。この世界の全人類の未来が懸かっているのじゃぞ!」

 浮浪者は少し厳しい顔になる。

「解った。お水」

「違う。答えは空気じゃ。水だと雨水や水道を飲むものと川や湖の水を飲むものと共通点がないからじゃ」

 それで、私ははっきり解った。南米は確か世界中の酸素の大半を、その密林で生成しているんだった。シャーマンはウロボロスの大樹に何かしているって、霧画から聞いたので、そう考えられる。

「お爺さん。明日、会ってほしい人がいるんですけど」

「誰かな?」

 浮浪者は自然に首を傾げた。

 その仮説では、田戸葉や株式会社セレスはいったい。私はふと思った。もしかすると、あれは夢の中の夢なのだろうか……。私は背筋が氷のように冷たくなるのを感じる。つまり、この浮浪者の仮説では、夢の中の夢ではなくて、田戸葉やセレスは私の歪んだ精神が見せる虚構だったということになる。


 ……霧画はいったい。


 私たちは一旦。浮浪者と別れて家に帰ることにした。明日に浮浪者を連れ、呉林に会いに行こうと考えながら……あ、そういえば、浮浪者の名前は聞いていなかったな。とても賢い味方ができた。

別れた時から、安浦は終始考え事をしているようだった。知的な面を見れて、けっこう頭がいいんだなあ、などと思っていると、

「ご主人様。全人類を救いましょう。いつかはみんな虚構の中で死んじゃう」

 安浦は真剣な眼差しをしている。かなりさっきの話が効いているのだろう。

「わ……解った」

 どうやって、とは言いたくても、言えない雰囲気だったが、私も特異な危機感を覚えた。


 翌日、私は安浦と浮浪者を連れ、私のアパートの近くにある呉林の家にお邪魔した。何時もと変わらない。薄い青のノースリーブと紺のジーンズの呉林に、居間に通されると、霧画の姿はやはり無く。呉林はなにやら仕事と調べ物で忙しいと言った。

「どう、南米へは行けそう」


 ボロボロの服装の浮浪者を連れてきたことに何も言わず。正座している私たちに奥のキッチンから、お茶を配る呉林が陽気に聞いてきた。

「いや、後10年は掛かるだろう」

 私は申し訳なく言った。それぞれが座ると、

「そう。そちらの御老人はオリジナルコーヒーを飲んだ人ね」

 本当にいつもの呉林である。

「そうだ。電話しようとしたが、繋がらなくて直接来てしまった」

 私は勧められたお茶を飲みながら、

「あ、お構いなく……」

 呉林が立ち上がり、何か(安浦のために)キッチンから出そうとした。

「ご主人様。固くなりすぎー」

 安浦は、女性の家に入ってどうしていいか解らない私をからかった。

 テーブルには可愛らしいクマのビスケットが現れた。安浦が早速、手を出した。

「真理ちゃん。この人、凄いのよ。あれ、お名前?」

 クマのビスケットをぼりぼりしながら、安浦は上機嫌で浮浪者を紹介した?

「わしの名前か。名前は浮浪者だしどうでもいいが・・・ディオと呼んでくれ。本名は高月たかつき 嗣郎しろう多分、62歳」

 ディオはさもどうでもいいといった感じで、名乗った。

「それでは、ディオさん。私の調べた事とあなたの知っていることを突き合わせてみましょう」

 呉林が呪い師の雰囲気を纏う。

「解った」

 ディオはクマのビスケットを頬張りながらお茶を啜る。

 あれ、何か白い湯気が……。

「あ、ポット……火を消し忘れたかしら」 

 呉林が珍しく慌ただしく立つ。

 見ると、キッチンの方から白い湯気が霧のように現れ、部屋全体へと、それは視界を覆うようにまでなる。

「え、これ普通じゃない!」

 呉林が叫ぶと同時に、私の意識がストンとブレイカーよろしく……落ちた。


 遠くの方から、クラシックが流れている。何の曲かは解らない。そして、肉の焼けるいい匂いがする。

 私はまた夢の世界へと来てしまったようだ。私は座った格好になっている。思い切って、目を力強く開ける。そこは白一色の空間だった。


 正面に窓がいくつもあり、接触した雲が霧散し、こちらへと入ってきている。どうやら、この空間は空中に浮いているようだ。

 間隔をかなり空けた7人分の白い椅子のある長い白いテーブル。テーブルの上には豪勢な料理が所狭しと並んでいる。

 片方には、小さいテーブルが幾つかあり、それぞれ椅子が二つずつ。もう片方には、天蓋付きのベットが人数分。

「ご主人様。ここは天国です」

 少し距離がある向こうから、安浦の驚きと喜びの声が届いた。

「ここ。何も危険がないみたいよ」

 呉林が距離の空いた隣から話してきた。ぐるりと見回すと、呉林の隣が角田、そして渡部、そしてディオ。その隣が安浦。……私の隣が霧画。霧画もいた。霧画はあの時と違うラベンダーの色のブラウスと薄い青色のスカートという服装だった。


 どうやら、みんな起きたようだ。

「姉さん。どこに行っていたの。心配したのよ。私は姉さんのために二週間勉強したけど……」

 呉林がほっとした顔で、私の隣の霧画に言う。

「多分、現実の世界。私以外誰もいない世界だったのよ。真理、心配かけてごめん。確かにここは危険がないわね」

 霧画は呉林の超能力的直観に頷いた。

「恐らく、奇麗なお姉さんは夢のまた夢に行ったのじゃろう。じゃが虚構でもある」

 ディオが口を挟み、早速料理に手を着ける。

「ご主人様。食べないんですか?」

 安浦も料理をパクつく。

「毒は入ってないみたいよ」

 霧画が呆れ顔をして言う。

「姉さん。ここって」

 呉林は不安そうな顔をしている。

「ふむ。どこかから聴こえるクラシックは、バッハの協奏曲第2番ヘ長調の第1楽章のようじゃな。そして、ここは敵の胃袋じゃ」

 ディオは精悍な顔つきで食べながら話している。

「敵の胃袋って?」

 私が疑問に思うと、

「うまい!」

 仕事中だったようで、上がワイシャツとネクタイの背広姿の角田。料理を食べる。

 全治三週間だった渡部は、異変に気が付いて病院内で私服に着替えたようだ。黒のポロシャツと青のジーンズの渡部も怪我が治っていて、

「本当においしいですね。病院の飯はまずいから、どんどん食べられます」

 警戒心のない4人は、どんどんと料理を平らげる。

 呉林姉妹と私は呆れることを通り越して不安がった。

「そうね。ここは敵の胃袋の中よ」

 霧画も同意して、呪い師の雰囲気を纏う。それは、呉林の不思議な雰囲気を凌駕していた。私は料理には手を着けずにいると、

「さ、真理。赤羽さん。食べましょ」

「え」

「姉さん。今なんて」

 呉林と一緒に驚く、

「毒は入っていないし、この後のためよ」


 私と呉林は不安になって目を見合す。けれど、呉林は得心したようで、ウインクすると料理を食べる。

「戦いが近付いているわ。どうしても、避けられない敵との戦いが。それはキラーを送った巨大な張本人よ。内心、私は怖いわ。でも、みんながいるし、きっと何とかなる。それと、あなたがいるもの」

 呉林は私の顔を見た。視線が合うとにっこり笑い、後、みんなに視線を向け、そう言った。

「大丈夫よ。私たちには赤羽さんがいるわ」

 霧画は私と呉林に微笑えむ。その顔は慈愛に満ちた何とも言えない笑顔だ。

「赤羽くんか。頼むぞ。俺も出来るだけ協力するよ」

 角田は料理を堪能しながら力強く……言い放つ。もう、これが恐ろしい一連の夢の最後だと覚悟を決めたようだ。

「赤羽さん。俺も。敵が何であろうとも……」

 渡部は、赤い月の時の凶暴な一面を垣間見させた。

「ご主人様。やっと最後になりましたね」

 安浦は料理を力強く食べる。

 みんなに勇気づけられた私の心にも、世界を救おうという英雄の息吹を感じた。

 けれど、巨大な敵との戦いに戦慄し始めた。これなら、いつまでも仕事をしていたほうがよかったかも……。


 料理はまさに空の幸とでも言うのか。雨水のミネラルウォーター、雉などの鳥の丸焼き、焼き鳥、飛魚の塩焼、それと数種類のパン。

「鶏肉をこんなに豪勢に料理するなんて……。凄い」

 あの安浦が唸った。

「この焼き鳥もうまい。けど、ビールがないぞ!」

 角田は悔しがった。

「本当、ビールが欲しいわ」

 霧画は焼き鳥片手に言った。

「コンビ二のフライドチキンよりうまいなんて……。有り得ねー!」

 渡部が唸る。

「タダ万歳!」

 ディオは大喜びだった。


 私はカップラーメンやコンビニ弁当、そして正直には安浦の料理よりうまいと思った。こんな豪勢な料理を食べさせて、一体何のために?

「姉さん。この空間。いや、建物。南米に向かっているのね」

「そうよ。シャーマンがご招待してくれたようよ」

いくさじゃ。いくさじゃ。やっこさん。どうやら我慢出来なくなったようじゃ。わしらが今でも生きているのが、気に入らないんじゃろうて」

 ディオはからからと笑った。

 私はこれで否応なく、逃げ場のない。最終決戦に挑まなくてはならなくなった。


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