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白い城

「赤羽さん」

 呉林の声が聞こえる。

「ご主人様」

 安浦の声が聞こえる。

「赤羽くん」

 角田だ。

「赤羽さん」

 渡部。

「赤羽さん」

 霧画さん。

 

 こんな根性無しの私が、世界を救えるのだろうか。今まで社会でも人間関係でも負け犬の私が……。けれど、今の私には何故か仲間や力、そして、呉林がいる。なんとか、ここまで来たので……必死に……最後まで……頑張るか……。


 私はルゥーダーの中にいる。そこは、薄暗いところである。

「生贄を捧げたがまだまだだな。二百年か……」

 カルダは息吹を持ったものを見上げた。

 ルゥーダーは嬉しく思うと同時に悲しくもあった。これで、現実というパズルはもう数少ない。


 私は眼を開けた。

 起きたら強い日差しの差し込む、自分のアパートだった。

「みんな帰ったのか? 夕食何だったっけ?」

 私は今日は安浦がいないアパートから仕事に出かける。時間は6時30分。快調だ。朝食はコンビニでパンを幾つか買うことにした。

 

 食べながら歩いていると、携帯が鳴りだした。

「もしもし、赤羽さん。姉さんが家にいないのよ。家で起きた形跡もなくて、外へ出た訳でもないようなのよ。昨日の夜から家に帰った記憶もないし、赤羽さんは?」

 呉林の声だ。血相変えていつもの冷静な呉林には珍しかった。

 私は少し緊張した。

「いや、俺も昨日の夜の記憶がない。それと、夕食は何だったかな、あ、そうか胡瓜だったと思う」

「私もそう思うけど、確か恵ちゃんが開けた赤羽さんの冷蔵庫には、胡瓜がいっぱい入っていたのよね。それからの記憶がないわ」

「俺もだ」

「お姉さんがいないのと、何か関係しているのかも知れない」

 いくらか落ち着いた声に戻った呉林は、

「ねえ、赤羽さんの家にお姉さんが泊まっているって事は」

 私は赤面して、

「そんなことは無いぞ。それより、この世界。夢の世界ってことは無いよな」

 呉林は少し考えて、

「解らないわ。あとで、恵ちゃんや角田さんたちに連絡してみて、情報を集めてみるけど、何も感じないし、この世界は夢じゃないと思う」

「じゃあ、霧画さんはきっと、朝早くにどこかへ行ったのだろう」

「そんな……」

 呉林は家の中の、恐らく周囲を見回して、

「さっきも言ったけど、外出した感じは全然ないの。でも、どうしていないのかな?あ、そうか現実が歪んでいるから世界が多層構造になっていて……」

 呉林は最後の言葉を低く呟く。

「え、なんだって?」

「赤羽さん。私、ちょっと調べたいことがあるの。悪いけど、じゃ、またね」

 呉林は何かに気を取られた口調だった。一方的に電話を切った。



 藤代まで電車で、約十分。あれから二週間、一連の夢が起きたらと極度に緊張する日が続いていた。担当が谷川さんでないのでバイトが休めない。その凹み具合は尋常ではなかった。そして、南米に行くために労働時間を少し増やすために残業の毎日。

 何度か呉林たちに連絡をしているが、呉林は何かを調べていると取り合わない。渡部は全治三週間で入院している。角田はスーパーの店長。なかなか、話せなかった。

 けれど、安浦だけが私の家にあがり込んでは、料理や洗濯などの身の周りの世話をしてくれていた。安浦も霧画の居場所や、あの時の夕食は何だったのか知らなかった。作ったはずの本人が知らないなんて。何かあるのだろうか?

 それでも、私は今日も小銭稼ぎの仕事をした。

「いっぱい頑張るねー」

「ええ。ちんちんぷんぷん。はっ?」

 私は朦朧とした頭を振った。

 声をかけてきたのは中村だった。

「頑張りすぎだよ。たまには休んで、どこか遠いところで羽を伸ばしたほうがいい」

「解りましたよ」

 私は冗談半分で受け答える。

 時に早さが緩慢になるベルトコンベアーからペットボトルを多数拾った。

「ちんちんぷんぷん」

「駄目だな。働き過ぎだ」

 中村は上村に向き頭を垂れた。


 翌朝、株式会社セレスの前の駐車上で、中村・上村と待機というより雑談をしていた。向こうからやってきたのは、何故か谷川さんだった。

「お早う」

 谷川さんのいつもの挨拶に、私は混乱した。

「え、どうして」

 私の混乱ぶりを見た中村は、

「やっぱり働き過ぎだよ。もう少し労働時間を減らしてみたら」

 上村も心配してくれているが、私は中村に、

「あの。田戸葉さんは?」

「田戸葉……。そんな名前は知らないけど」

 と、首を傾げる。

「田戸葉。知らない名だなー。うちの者なのかい」

 谷川さんは真面目な顔で首を傾げる。

 私は混乱している頭の片隅で、(これも夢の侵食や歪みなのでは)と考えるが、心と体は付いていけない。

 

 看板の方を見ると、確かに株式会社セレスとある。私は頭を抱えながら、大型機械の間を、谷川さんに続いて歩き出した。

 谷川さんは二階へとコンピュータとにらめっこしに行く。前と同じだ。

 勝手が解らず。中村・上村の後に続くと、最終目視検査の場所のB区へと歩きだしている。私たちはベルトコンベアーの前に立ち、作業を開始した。

 作業はやはり、田戸葉がいた時の最終目視検査だった。

 早速、作業とともに雑談開始だ。

「あ、そうだ。夏野菜。隣の家のババァからナスをまた貰ったんだ。いっぱい……」

 中村は声の調子を弾ましている。

「またですか。俺、食いきれないな」

 上村は中村からナスを貰っているようだ。

「それでさ。赤羽くん。貰ってくれないか」

 私は混乱する頭で無理に考え事をしていたが、頭の片隅にニコニコと料理をしている安浦の顔が浮かび上がった。

「ええ。貰います。ありがとうございます」

「かなりの量だよ」

 中村は真剣な顔になった。

「え……ええ……。貰います」

 料理は安浦が担当だし、喜ぶかな?

 

 私は死骸である汚れたペットボトルを洗浄機にいくつか入れると、何気なく後ろを向いた。節電の工場の明かりの広がりに、複数ある大型の機械類の間には、やはり誰もいない。私たちが歩ける安全通路にも行き交う人は誰もいない。何だかんだで、仕事が楽でその上、雑談が出来てとてもいい職場である。

 けれど、今は一連の夢と夢の侵食で、その安楽な世界が崩壊してしまった。このような体験をしなければ、楽な人生を一生謳歌していけるのだろうに……。

 私は嫌でも平安の世界を望むために南米に行くことに決心を固めるしかなかった。それは生まれて初めてその決心は頑ななものとなった。

 12時から13時の休憩時間は、雑談のネタをチァージするために、三人とも無口になりがちになる。

 それのお陰で、午後からまた長時間の雑談と労働に耐えられるようになるのだ。

 エコールの休憩所は、せせこましいところでもある。二階にあるのだが、何の変哲もないテーブルが2つに、イスがそれぞれ4つある。そこには電子レンジとお湯があり、前は私はカップラーメンかコンビニ弁当を食べていた。今では安浦が作ってくれたお弁当だが……。

私は急に心配する心が生じて、家の安浦に電話をしようかと思ったが、彼女もメイド喫茶で働いていることを思い出した。

 

 作業も終わりに近づくと、

「なあ、それでさ。今度の日曜日にカラオケに行くんだが、お前さん来るか。俺の美声をたっぷりと聞かせてやるからさ」

 作業中。大量のペットボトルをリサイクル機に入れながら、中村が上村に話している。

 私は田戸葉はどこへと消えたのだろうと考えている最中だった。

「赤羽くんも来るか。カラオケでもしよう」

 中村がこちらに話を向けてきた。

「ちんちんぷんぷん……。は?」

 私は仕事から別の世界へと旅立っていたが、元の世界へと戻る。

「カラオケに行こうよ」

 上村も私を誘った。私はカラオケに行ったことがないが、これ以上田戸葉やセレスのことを考えても無駄だろうと重い頭を振って頷いた。そして、今の混乱する頭が少しはよくなり、少しはスッキリするだろう。希望的観察だけれど……。

「女性を連れて行ってもいいですか」

 私は安浦も連れて行ってあげようと思った。何故だか頬が熱くなった。

 私たちは足台に乗って、早くなったベルトコンベアーからペットボトルを洗浄機に入れる作業になった。


 中村・上村が驚いて、

「ふえ。彼女いたのか」

 二人が異口同音する。

「ええ。何故か……。でも、可愛いっスよ」

 私はとぼけた口調で言ったが、本当のことだ。

「じゃあ、日曜日の午後2時ね」

 中村は不思議がった口調になる。

「場所はいつも中村さんと行っているところ。土浦のカラオケの「にゃんこにゃんこ」で……」

 上村は何故かにこにこしていた。

 私は安浦とこうして、生まれて初めてのカラオケに行くことになった。度重なる夢の侵食のせいで、頭が混乱して不安定な精神の気分転換は一つの安定剤となるはず。安浦は来るのかな。いや、きっと来てくれるはず。そして、これよりも悪い夢の侵食がなければと、私は心より願う。


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