白い城
7月?日
何とも過激なデートを終えて、私たちは私の根城、ボロアパートに到着した。
「こんなことなら、宝くじでも引いていればよかったわ。当たれば南米にみんなとすぐに行けるのに……」
別れ際に呉林が力なく呟いていた。お金は、残念だが労働の代価だ。といっても、呉林なら当たるのでは?
「赤羽さん。やっぱりあなた凄いわ。怪我がもう治っているし、それに、あれだけの体験をしているのにもう平静になって。私の見立ての通りに立派に七番目の段階に覚醒して……見るのは初めてだけど」
霧画が少々涙目になって、私の両肩をまるで子供を相手にするように摩った。
私は呉林姉妹にもう少しいてもらいたくて、引き留めた。もう少しこの二人から情報を得ようと思ったのだ。解らなくて不安なところが多すぎる。解ったとしても不安だったりして……。それと、キラーの情報が欲しい。呉林姉妹は不思議な直観によって、これからはキラーが出ても大丈夫だと思っているのだろう……私の力があるし……。けれど、不安で、どうしても今聞いておきたかったのだ。
「今、お茶を淹れるから。どうぞ入って下さい」
「あ、あたしが淹れる」
呉林姉妹を家に招き入れると同時に、安浦が本領を発揮する。
まさか、お茶も美味くなるのだろうか……?
質素な角材のテーブルには長椅子が二つしかないので、私と安浦は近くにある安物の簡易ベットに腰掛け、お茶を啜る。
4人ともひどく疲れていた。それと、私は疲労感だけ残っているが体はなんともない。
私はお茶を口で啜り、
「渡部は大丈夫なのかな? 病院って、まともな人たちがいるのかな? そして、角田も……」
誰にともなく言うと、
「それは大丈夫よ。病院は何も危険がなかったの。私も超能力的直観があるから解るの」
霧画が優しく答えてくれる。恐らく、その能力は呉林よりも高いのだろう。
「それより、二人は付き合っているの」
霧画が唐突に私と安浦に聞いてきた。
「はい。ご主人様と二人で頑張っています」
呉林は少し首を垂れたが、すぐに上を向いて「負けないぞ!」と大声を発した。
私はそれを聞いて頬が赤くなった。
「そう言えば赤羽さんはまだ働いているの?」
ひらりと霧画が呉林と安浦の間に割って入り、別の質問へと変えた。
「ええ。そうですが、何か?」
「何度も言うようだけど、あまり無理をしないで、この世界でも疲労や怪我は怖いわよ。それと、赤羽さんの会社……何か変な感じがするのよね。危険って訳じゃないけど」
私は田戸葉が自分は正社員ではなく、社正員ですと言っていたのを思い出す。
「確かに……。何かは解らないけれど、可笑しいですね。前は5年間も働いていたエコールという会社だったんですが、突然セレスという会社になっていて。……後、谷川さんがいない……。どうなってしまったのかな」
私はふと、谷川さんのことを心配した。
霧画は空になったお茶をテーブルに置くと、ごちそうさまと言い。
「うーん。それもこのねじ曲がった現実の影響かもしれないわ。でも、お金は本物だから、危険がないと思うし頑張ってもいいと思うわ。勿論、そのお金で南米に行けるし、消えてしまったりはしないわ。それと、その田戸葉っていう人、目元はどう?」
私は即座に、
「大丈夫でした。暗くなっていません」
安浦が急に立ち上がった。その拍子に安物のベットが激しくバウンドし、お茶がこぼれる。
「あちち!」
私は顔をしかめる。
「みんな食事にしましょう!」
「って、食材がないんじゃ。カップラーメンかコンビニ弁当にするしかない……」
私は勢いをつけた安浦を制止しようとした。
「カップラーメンばかり食べると栄養偏りますよ。大丈夫ですよご主人様。食材なら」
安浦はそういうと真っ白のキッチンにある冷蔵庫を開ける。中には……。
「わあー。一杯あるわ……胡瓜」
呉林は一瞬何かを期待して歓声をあげたが……胡瓜だけが冷蔵庫に所狭しと入っていた。
「あれ……?」
胡瓜を見る安浦も?の顔をしていた。
「あたし、胡瓜なんて買ったかしら?」
安浦はしきりに首を傾げている。あの……私の家の冷蔵庫を勝手に占領しないでくれ……。私は心の中で懇願していた。
「これもねじ曲がった現実の世界のせいなの……?」
安浦は憤りをしんしんと溜めている顔で霧画に向かって呪いの言葉を言った。
「ええ。そうかも知れないわ。でも、いったい何を買ったの。それが解れば理解しやすいわ」
霧画は落ち着いて対応しているが、内心はひやりものだろうか。
「ええと、ケイパー、アンチョビーとオリーブの実、それとプチトマトとリングィーネ。後、赤とうがらし、ニンニク」
私は空腹に負けて安浦に同情した。
どうやら、プッタネスカを作ろうとしたのだろう。
「そんなに買ったの……。それが、あっという間に……。あ、やっぱりごめんなさい。解らないわ。でも、それは夢の侵食のせいみたいよ」
霧画も呉林も頭を抱える。
「やっぱり、姉さん。この世界でも侵食や歪みがひどくでているの。それも私たちの身の周りで起きているみたいだし……」
「そうみたい。私はこんな体験はさっきしかしていないけど……。その事象に何か邪悪な意図があることが解るわ。今は胡瓜だけど……」
「キラーが出たのはやっぱり、なのね」
「そうみたい」
話が一連の夢に関係してきた。ここで、詳しく聞いた方がいいと私は身構える。
安浦も今度は……食材が関係したのか……真剣に聞こうとした。
「霧画さん。キラーって。俺たちはやっぱり誰かに狙われているんですか」
私は不思議と怖さが薄くなっている頭で彼女に身を乗り出して聞いた。
「そうよ。恐らくこういうような体験を連続しても、生存率が高いのがシャーマンに気が付かれたみたいなのよ。シャーマンはコーヒーを飲んだ人たちや、それに関係した人たちをキラーで殺そうとしているみたいね。キラーは金で雇われているの。そして、人殺しに特化しているわ」
「金で……それはひどい」
今まで必死に生き延びてきたのに、金まで払って殺そうとしているシャーマンに憤りを感じた。そういえば刑務所でのテレビ頭はキラーなのだろうか?
「違うわ。テレビ頭はお金で雇われていないからキラーと区別するの。でも、どこかに金銭が関係していると思うわ。異界の者は金銭が絡むと特殊な姿形で夢の世界に現れるのよ。それと、恵ちゃんを追いかけた。あの巨大なナメクジやフルフェイスもキラーよ」
呉林は私の心の疑問に受け答えしてくれる。不思議だが心を読めるのだろう。
「でも、よく聞いてね。私たちにはあなたがいるわ」
そう言って、霧画は私に視線を合せて、
「敵が気が付いても、赤羽さんがいるから危機といっても大した事は無いはず」
「でも、ぎりぎり勝っているって感じよ。姉さん?」
呉林はシリアスな事を言った。しかし、その顔は綻んでいた。
「ご主人様はもっと強いはず! 絶対安心です!」
安浦は自信を持って発言している。
「そうね、近いわ。でも、彼はまだ本当の覚醒というものをしていないの。覚醒をしたらこの世界をひっくり返してしまう程なのよ」
呉林と安浦は、それを聞いて眼を輝かせる。
私は正直……心許なかった。自分の力というより、奥のそのまた奥から、静かに誰かが声、叫びや力を送ってきているという感じだった。
「どうしたら、俺は覚醒っていうのをするんですか?いや、出来るんですか?」
私の自信のない発言に、
「解らいわ。でも、何度もこんな体験を克服してるんだもの。今にきっと覚醒するわ。その日は近いはずよ」
霧画は自信に満ちた声色だが、何か考えているのか目を少し伏せて話している。
「はあ……」
私は残念ながら、そんなことを言われても、自信が湧くはずもない。
「あ、これは?」
霧画が何かに驚く。
私は空き過ぎの腹の虫が部屋全体に鳴る音を聞きながら、今夜は胡瓜か……。と、考えていると、空腹と疲労のせいか、意識が吹っ飛んだ。