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壊れる現実

7月30日

 

 私が目を覚ましたのは病院だった。点滴を打とうとしていた看護婦が私に気が付いてくれた。

「呉林は?」

病室、みっつあるベットの真中にいた私は、上半身だけ起き上がって、両サイドの白い布の仕切りを覗き込もうとした。

「動かないで、お友達の呉林さんは重体だそうです。でも、すぐに良くなりますよ。今はゆっくり休んでください」

 私は点滴を打たれていた。そして、安堵の溜息を吐いてから、

「夢の治療代はどうなるんだ……」

 

 私はたったの二日で退院できた。重い熱中症と脱水症状だそうだ。病院で二晩寝たら全快になり、即退院をして、タクシーで自宅に戻ると昼の12時30分だった。

 呉林が心配で仕方がなかった。他の面子より、私は呉林のことを考えていた。

 これからは助かったのだから、もっと胸を張らないといけない気がした。いかな私でも流石に自覚してきた。

 

 腹が減ってコンビニで何かを買ってこようとして、玄関を開けると、目の前に食材を抱えてすっかり元気になった安浦がいた。

「どうして、ここに?」

「住所を病院で聞いたの。ご主人様。昼食はまだですよね?」

 その時はフリルがいっぱい付いた緑色の服装をしていた。私はまだと答え、

「呉林は大丈夫か。何時頃出られるんだ?」

 安浦はニンマリしてから、

「もう退院です」

「え?」

「ご主人様にお礼を言いたいって、私の少し後に退院したんですよ。ご主人様にお見舞いに行こうと相談したりと、とにかくピンピン」

 私は胸を撫で下ろした。

「助かった。安心したら腹が減ったかも……。お、俺にお礼?」

「そうですよ。みんなが助かったのはご主人様のお陰です」

 安浦はぺこりと頭を下げ、私の殺風景な白いキッチンを借りる。安浦は包丁片手に得意満面の顔をこちらに向けた。

「俺は何もしていないぞ……ただ生きたいと思っていただけだ」

 私は照れ隠しに頭を掻きながらそっぽを向いた。

「そんなことありません。あ、と立ってないで、座ってください」

 安浦は私に不思議と優しかった。

「ああ。解った……」

 私は自分が少し緊張していることに気が付いた。無理もない。女性経験が皆無な私の家に女子大生が、しかも料理をしてくれているのだ。今の方が、夢の世界の様な感じだ。

 私はエコールに入ってから使っている。日持ちがいい長椅子に座り、角材で出来た質素な木製のテーブルに落ち着いた。

 キッチンを首だけで覗くと、安浦が信じられないスピードで、手料理を作ってくれていた。ものの三分で、二ラレバ炒め、味噌汁、ご飯、お新香が出来上がった。

「どうぞ」

 安浦の自信から、私はゴルフ場での安浦の料理を思い出し、今度の料理にもかなり期待した。

 私は箸で二ラレバ炒めのレバーを口に運んだ。

「うまい!」

「ありがとうございます。ご主人様」

 前を向くと、角材で出来たテーブルに座っている……安浦がいた。

「長椅子をもう一つ買うよ……」

 その時いきなり、家の黒電話が鳴った。私は近所のビデオ屋さんで暇な時にビデオを借りるために、家の電話を買ったのだ。家に電話が設置してないと借りられないのだ。主にアダルトビデオだが……。  

電話にでたがっている安浦を押しのけ、受話器を取ると、相手はエコールにいるはずの谷川さんだった。

「やあ……。悪いが仕事に出てくれ」

 谷川さんの明るい声が受話器ごしに聞こえる。

「え、どうしたんですか?」

「……」

 ツー、ツー、ツー。と、電話が切れた。


 昨日の不可解な電話の後、私は不思議がる頭で仕事場へと久しぶりに顔をだした。株式会社エコールの看板は何故か株式会社セレスとなっていた。駐車場のボロ車から中村が現れ、私たちは工場の中に入った。

 

 工場の中には変わりはない。けれど、正社員たちは知らない顔ぶれだった。

「おはようございます!」

 私たちは作業場にいる正社員に挨拶が何故か違和感がした。

 ブルーの作業着の名札には田戸葉と書かれていた。

「おはよう。みんな揃ったので、作業の説明をする。まず、あなたたちが働く場所の説明からします。場所はここから、50メートル程歩いたB区での洗浄されたペットボトルの最終目視検査になります」

 田戸葉は50メートル先を指差した。そっちはベルトコンベアーの突き当りに位置し、ペットボトルの洗浄より楽そうだった。私たちはところどころの機械類をよけて歩いて行くと、本当に楽そうな作業場が現れた。

「お給料は変わりませんか」

 中村はベルトコンベアーの突き当りにある。みっつの台。そこに立って目視をするようだ。を、目を輝かして見つめながら尋ねる。

「自給は1時間で、1300円です」

 田戸葉さんの言葉に私はさすがに嬉しさが心に滲んだが、頭はついていかない。

「何時頃から働けるの?」

「今日から大丈夫です」

 中村・上村が元気よく言った。私だけぎこちなく頷く。

「では、今から午後の五時までお願いします。あ、残業あるから」

 私たちは一斉に台に立ち、作業着はエコールと同じく上着だけを着て、作業を始めた。

「あの谷川さんは?」

 私は中村に小声で聞いた。

「さあ、誰だそれ?」

 中村が首を傾げる。

「え、エコールの谷川さんです。5年間も一緒だったはず」

「エコール……知らないぞ。何かの映画の話か? ……ここは今日が初めてだろ?」

「え?」 

 中村と私の隣の上村は不思議がる。

 私は最後まで、不思議な体験をした時の頭にスポンジを入れられた様な感じの頭をしていた。


 今日は残業があると言われたが無かったなと、仕事を終えた時の地味な達成感を覚えながら家路に着いた。

 自動販売機に130円を投入し、「御疲れ様」のいつもの機械音声を聞く。

 谷川さんは一体どこへ? 五年間の時間も消えた。ここは現実なのか? あ、それと呉林に今日は会えないな。謝るのは明日にしよう。

 自分のアパートに着くと丁度、安浦から家の黒電話ではなくて、携帯へ電話がかかってきた。

「ご主人様。夕食を作りますが?」

 そういえば、私は5年間も続いているコンビ二弁当やカップラーメンなどは、さすがに飽きているので、出来ればお願いすることにした。

「お任せ下さい。ご主人様」

 アパートのスチール製の階段から、ドタドタと足音が聞こえてくる。見れば安浦が食材の入ったビニール袋を片手に、走ってきた。まるで、待ち伏せの様だ。

「ご主人様ー!」

 安浦は元気いっぱいの顔で、私の家に入ってきた。私は部屋にいる時はドアを開け放しにしまう癖がある。

 何とも凄い人に好かれてしまったものである。けれど悪い気はあまりしなかった。今更ながらだが。奇妙な絆のある味方を持ててよかったと思う。

「待ってて下さいね! すぐに出来ますから!」

 私は角材でできたテーブルに着いた。そして、おもむろに立ち上がり、奥の間からスチール製のイスを持って来て、テーブルの私の位置から反対側に置いた。また、安浦がテーブルに座ってしまうと思ったからだ。

「ふんふんふーん」

 何も隔てがないキッチンから、安浦の鼻歌と料理特有の音が聞こえたかと思うと……料理が運ばれる。

 私は角材のテーブルに、所狭しと並んだ料理を目の当たりにして、息を飲んだ。人間伎じゃないのだ。


 ガーリックソースのステーキ、トリュフを刻んだ肉汁のスープ、小魚のホイル焼き(味噌風味)、一口サイズの幾つものフランスパン。

 それらが二人分用意されている。

「本当にありがとう。安浦。今度は俺が何かしてあげないと」

「そんな。これくらいのこと当たり前ですよ。ご主人様。特別でもありますが」

 安浦はにこにこして言っているが、私はドギマギし、これからは夢の世界で安浦を命懸けで守ってやろうかと、さすがにこの時初めて思った。思えば、呉林にもとても助けられたし、これからは臆病で根性もない私も、呉林の言う通りに強い意志を持とうと決めた。

「今度はどんな世界の夢になるのだろうか?」

「あたし。今度は楽しい世界にご主人様と一緒に行きたいな」

素晴らしい食事を楽しんだ後のこと、

「俺もそう思うんだが……。あ、いや、安浦と二人だけでって訳ではなくて……」

 私は自分でも驚くほど、ぎこちなくなっているのに気づく。けれど、もともと、そういうのには疎いので、極力、夢のことを考えることにした。それに私の心には強い呉林がいた。

「俺の考えだと、あの一連の夢は人が生きていけないように、邪悪に造られてるとしか思えないんだが、だから一度くらいは気楽な夢があればといいなと思って……」

「ふーん」

 安浦は私の顔に何か意味のありそうな視線を向ける。

「気楽でもいいから、あたしはご主人様と二人っきりの夢に行きたいな!」

「ああ。そん時は二人で楽しく夢の世界を満喫しよう。そして、飽きたら戻ってくればいいのさ」

「あ。でも、どうやって夢の世界から戻れるのかしら。ご主人様と真理ちゃんはゴルフ場からどうやって、私たちを救って下さったの?」

「ああ。あの時は砂地に埋まってあった。赤い古風な目覚まし時計を止めたんだ。みんな助かったようだし」

 安浦は歓喜して、

「やっぱり。あたしのご主人様です!」


 …………


 外で工事の騒音がした。今は午後の7時だ。私は迷惑を顔に出して、ベランダに出て外を覗いた。

 すると、なんと、ほんのり薄暗くなった7月の空の下、道路で雨水管工事をしていた。確か工事は午前9時から午後5時のはずだ。

 2階の私と工事現場にいる作業員とが、目が合ったように思えた。作業員は目の辺りが真っ暗で見えない。正確にはそれ以外は薄暗いが見えるのに、目の辺りだけが、まるで日陰になっているみたいに、全く見えなかった。

 目の合った作業員がツルハシを持って、アパートの玄関に向かって走りだす。

 私は言い知れぬ恐怖を覚えた。

「安浦! 俺の傍に来い!」

 安浦は不思議そうな顔をしているが、従順に私の傍にやってきた。


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