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ゴルフ場

 私はルゥーダーという青年の体に入っている。入っているというとルゥーダーの体へ私の意識がその中に入ると聞こえるが、少し違う。私の意識がルゥーダーの意識の中心の外側に生じた。

 彼は私に内心気が付いているのだろうか。

「カルダ様。俺の母だった頃。思い出しましたか」

 カルダと言われた老母が首をユルユルと振る。

 外は深々とした雪が降っている。二人は暖かい焚き火を囲んでいた。

「わしの息子は、どこへ行った。わしは知らん」

 目の前にいるルゥーダーという子をカルダという名の母は知らないと言う。


 数時間が経った。起き上がり、私と呉林は途方に暮れた。何も起きないのだ。元の世界にも戻れていない。

 安浦はさすがに現状の不可解さに混乱し青い顔で震えていた。

もうどうしようもない。

「どうしよう。こんなことって」

 呉林がか細い声で言った。呉林もさすがに事態の深刻さに恐ろしくなったようだ。そして、ぶつぶつと独り言を言い出しながら起き上る。

「とりあえず、何か食べ物をさがそうよ」

 私は二人を元気づける。こんな世界でも何か食べ物くらいあるだろうと私は考えた。不可解さには確かに応えているが、腹も減っていたし、元気をだして二人を促す。

 イースト・ジャイアントでは何も食べられなかった。朝食もとってないし。呉林はぶつぶつ言いながらついて来た。安浦は食べ物と聞いて青かった顔に少し笑顔が生じる。

 均整の取れた雑木林を歩いていると、地面にゴルフボールが落ちていた。


「ここは、ゴルフ場だ……」

 

 私は驚きの声を発し、少し先まで歩いてみると、遠くに広大な芝生が広がる。バンカーと呼ばれる砂地もいくつもあり、遥か地平線のところに赤い旗のポールが立っていた。膨大な数の池や橋、丘も向こうに見えた。

 こんなところで、あのテレビ頭に出会ったらと思うと心臓が縮みあがった。戦う道具もないし、隠れるところもない。それでも、不安を押し込み。この不可思議な体験の仲間である呉林たちと歩いくことにした。ここにいても仕方がないのだ。

 広大過ぎる芝生は遥か地平線まで続いている。いったいどこまで続いているのだろう。

「ここ地球と同じ大きさかも。ご主人様」

 安浦が途方もないことを呟いた。

 地球と同じ大きさ……。

 私は食糧を手に入れたらさっさとこの世界から逃げなければと考えた。一瞬、こんな世界に放り込まれた恐怖と不可解さからの動揺を生む。

「ご主人様。でも、どこに探しに行きますか。この世界は広すぎて、どこをどう探したら

いいか、解らないですよ。それに、ここがゴルフ場だとしたら、食料なんて無いのかも」

「……大丈夫さ。何とかなるはず……多分」

 芝生や向こう側の西の方には池が幾つかあった。

恐らく延々と歩き回っても、何日間は同じ風景なのではと思えてしまう。日陰の雑木林の外は炎天下であった。立っているだけで汗が滲んできた。

「この紅茶は持って行った方がいいわ。この暑さでは、水分補給が絶対に必要よ。でも、これだけの量の水分では足りないわ。熱中症になったら命にかかわってしまうと思うし」


 呉林は急にそれまで、ぶつぶつ言っていたのだが、極めて現実的なことをいってから、下に置いてある3つの紅茶を指差した。そして、またぶつぶつとやりだす。

この世界の太陽を見るが、現実と変わらずにキラキラしている。光・イコール・暑さだ。私は地面に置いてある紅茶を手に持ち、夜の方が活動しやすいし、当然涼しいのではないかと考えた。

「呉林。この世界に夜はあるかな。暑いゴルフ場を歩いて行くのだったら、涼しいはずの夜の方が、水分補給などを考えても有効な打開策かも。けれど、後は食糧の問題があるか……」

 私は出来るだけ常識的に考えてみた、

 呉林は俯いていたが顔を上げ、

「そうね。でも、いつまで経っても夜が来なかったら。その方が危険だわ。危ない賭けになってしまうし。きっと、より水分が不足してしまうと思うの。この世界でもきっと、熱中症になったら死んでしまうわ。……それに暗くなると赤羽さんが危険だわ」

 呉林は私を睨んだ。


「……」

 

 呉林は紅茶の入ったテイーカップを持つと前に突き出し、

「みんなの持っている水分は、今はこれしかないのよ。イースト・ジャイアントの紅茶しか」

 私たちはそれぞれ持っているテイーカップを見つめる。これが今の生命線だった。このテイーカップの紅茶が無くなったら、行動ができなくなってしまう。恐らく、半日も持たないだろう。確実に……いや恐らく死んでしまう。あと、塩分がほしい。

 私はしばらく目を閉じて、考えた。

(この砂漠のようなゴルフ場からなんとか抜け出さなければならない。けれど、水分や塩分が圧倒的に足りない。恐ろしく広いこのゴルフ場を歩いて行くのは、炎天下の中、危険過ぎだ。夜は後、何時間でなるのだろうか、夜があればの話だが?)

「ご主人様。西の方の池の水なんてどうでしょう」

 いままで、何やら考えていた安浦が口を開いた。そして、遥か西の方を指差す。

「うーん。それしかないか」

「駄目よ。この世界でも汚れている水を飲むのは体に害があると思うわ。でも、取り合えず池のある西に向かいましょう。あの橋のような建造物はこの辺ではあそこしかないわ。誰かいるかもしれないし、何かあるかも知れないし。日影もあるし。それにここにいるよりその方がいいと思うわ」

 呉林は西を指差した。

「しょうがない。ここで、じっとしていても仕方がないのが、十分解った。このゴルフ場で何か生命が保てるものを探しに行こう。後、呉林。この世界に危険はないか?」

 私は、どうしようもないので、やっぱり先に進むことにした。今回の不思議な体験は恐怖より驚くことの方が勝っていた。それでいて、命の危険がある。

「解らないわ。何も感じないの。無いかも知れないし有るかも知れない」

 そんな呉林の頼りない言葉を受けながら、心許無いが唯一の水分である紅茶を持って、私たちは炎天下の中、帽子も被らずに西に歩くこととなった。

 

 携帯の時計で、今何時か確認した。午後の5時30分だった。恐らく、涼しい夜になれば、どんなにいいか、その時は広大な星空の見える夜を期待したい。

 だが、今は上には夏の雲が広がっていた。東の方からの風が吹くと、こんな灼熱地獄の真っただ中でも一瞬だが気持ちが良くなった。

 1時間もしないうちに汗だくになった。今だ西のほうには幾つかの池が点々と見えるが、そこまでは程遠い。ラクダ色のワイシャツがびしょびしょになり、肌にくっついてべたべたする。私たちは持っている僅かの生暖かい紅茶を半分以上飲んでしまっが、それでもやはり、仕方なく喉が渇く。

気温は真夏の35度くらいだろうか、体感温度は幾つなのだろう。東から吹く風で少しは体の熱を下げられた。

 後ろを見ると、さっき迄いたところの雑木林を除いて、芝生は地平線まで伸びている。炎天下の真っただ中、背筋が凍りそうだ。この不可解な体験の恐ろしさを改めて実感してしまう。

それでも、小さい希望を持って、三人は果てしない西に向かう。

 ごくりと紅茶をまた一口。

 紅茶が無くなってしまった……。

「あたし、誰が何と言おうと、池に顔を埋めて大量に池の水を飲むわ!」

 安浦は力強く空になったテイーカップをフリフリ。

「私も!」

「俺も!」


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