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家族写真

作者: シャブラン

初投稿です。

よろしくお願いいたします。

 


 太陽が燦燦と照りつける真夏のある日。

 都会の喧騒とはかけ離れた田舎道は、今が人生の頂点だと主張するような木々の緑に包まれていた。

 うだるような暑さの中で、吹く風すらも熱風に感じてしまう。

 聞こえてくるのは、そんな風の音とセミの声くらいのものだった。


「志乃がここに来てから、もう2年か」


 悠太(ゆうた)は2年の月日を思い返すかのように、妻の志乃(しの)に語りかけた。

 持病のために志乃は都会から田舎に移ってきたのであった。


「なかなか俺に会えなくて寂しいだろ」

「寂しいって言ってほしいんでしょ、悠太は。…まぁ、寂しいんだけどさ」


 志乃は、そう答えてほしいと言わんばかりの悠太の言葉に少し吹き出しながら答えた。

 つぶやくように添えられた答えは、紛れもなく志乃の本心だった。


「ごめんな、志乃。頻繁に会いに来れなくて。仕事の合間で、これでもなんとか来れるようにはしてるんだけど…」

「いやいや、むしろ来すぎだよ。お家からけっこう遠いんだから、本当に無理しないでね」


 車で片道2時間以上かかるのに、頻繁に足を運ぶ悠太を心配する志乃。

 悠太は無理でもなんでもないと、むしろ志乃に会いに来れないことこそが一番嫌だという顔だ。


「悠乃も、もう3歳になったよ」

「おっきくなったわよね。あれ、今日は一緒じゃないの?」

「このあとおやじと一緒に来るよ」


 悠乃(ゆの)は悠太と志乃の娘。

 両親から一文字ずつとって名づけられた2人の宝物は、2人の望み通りに笑顔を絶やさずにすくすくと成長している。


「そっかそっか。早く会いたいわ!どんな感じなの?たくさんしゃべるようになった?!」


 愛娘の成長が気になり、志乃は気付かないうちにだんだんと早口になっていた。


「歩き回って目を離すと迷子になりかけるし、覚えた言葉をどんどん使ってほんとうるさいくらいだよ」

「こら!うるさいとか言わないの!」


 子供の成長が自分のこと以上に嬉しい。


「んで、志乃は最近どうだ。体調崩したりとかしてないか?」

「ここに来てから、本当によくなったわ。来る前と比べ物にならないわよ。悠太と悠乃はどうなの?」

「俺も悠乃も無病息災だ。お前のおかげだな」

「え!?私は何もできてないよ…もう」


 健康のお守り代わりにされることも嬉しい。


「あ、そういやこの前、悠乃と一緒にあのレストラン行ってきたよ」

「えっ!いつも言ってたお家の近くの?いいなぁ!あそこのオムライス、絶品だったよね」


 悠太が話してくれる何気ない日常の1つ1つが、志乃にたくさんの幸せを与えてくれる。


「悠乃な、席に着くなり『わたしオムライス食べたいっ!』ってさ。悠乃はやっぱりお前の子だよ」

「あらあら!好みも私に似てきたのね!嬉しいわ」


 それだけでも笑みが止まらないのに、娘が自分に似てきていることを聞いてしまい、ほっぺたが痛くなるくらいのだらしない笑みになってしまう。

 話している悠太だって、志乃と同じくらい、いやそれ以上の笑顔であるのが、流石は夫婦なのであった。


「美味しいオムライス食べて嬉しかったのか、その後は公園で延々と追いかけっこだったよ」

「子供の体力はすごいわよねほんと。悠太も大変だったんじゃない?」

「ほんと、歳を感じたよ…。10分くらいでバテちゃった…」

「ふふふ。あなた元々体力ないもんね」

「ほんと、ここに志乃がいてくれたらなって、ずっと思ってたよ」

「えぇ…!?でも…私がいても、この心臓じゃ無理よ。走り回りもできないし、なんも力にもなれなかったわよ」

「そりゃ心臓弱かったし、一緒に走ったりはできないけどさ。でも、木陰でブルーシートでも広げて、ゆっくり本でも読んでてさ、疲れて戻ったら冷たいお茶でも入れてくれて、一緒にお弁当食べて、走り疲れて寝ちゃった悠乃の寝顔を一緒に眺めて」

「あら!それはいいわね!腕によりかけてお弁当作るわよ。まぁ、走りつかれた悠太もさ、悠乃と一緒に寝ちゃうんだよね。私の膝が二人で埋まっちゃうわね」


 志乃はそんな幸せな光景を思い浮かべ、少し遠い目をしながら微笑む。

 2人の体温の熱さを感じながら、木陰で涼みながらゆったりとした時間を過ごせたらなんと幸せなのか。


「悠乃だって、すぐにランドセル背負って小学校行って、中学高校と進んで、大学まで進ませてあげて」

「子供が育つのなんてあっという間だもんね。運動会に合唱祭、文化祭、いろんなイベントで悠乃の写真やビデオ撮りたいわね。悠乃、何の部活に入るのかしら」

「それでさ、彼氏連れてきて、この人と結婚します、なんていうんだぜ」

「お前に娘はやらん、って言ってる悠太が目に浮かぶわね」


 悠太は来るべき未来を認めたくないわけで、心底嫌そうな顔をしながら話している。

 娘はやらんという悠太の真似をした志乃だったが、流石は妻である。悠太を知る人なら誰もが「悠太の真似だ」とわかるクオリティだった。


「俺もそんときにはもう50過ぎかよ…」

「悠太なら、歳とってもイケオジで渋くてイイ男になるわよ!」


 確信をもって言い切る志乃。


 そんな志乃とは対照的に、言葉が出てこなくなる悠太。



「なぁ、志乃……」



「なぁに、悠太」



 言い淀む悠太。続きを促す志乃。


 2人の間を、一筋の夏の風が通り過ぎた。






「なんで…その景色の中に…志乃がいないんだよ……!!」






 あれだけ吹いていた風が急に止んだ。


 風までが、その名の通り空気を読んだのか。


 いまは、蝉の声しか聞こえない。






「……仕方ないじゃない。どうしようもなかったのよ」


 2人の間に、同じ沈黙が流れる。


「俺と悠乃は歳を取っていくんだぜ。なんでお前だけ、止まったままなんだよ」


 2人の間に、同じ時間は流れない。


「…私の心臓、最後まで頑張ったわよ。悠太と出会えて、悠乃を産めたんだもの」


 2人の間に、同じ想い出は決して積み重ならない。






「俺と悠乃には、志乃が必要なんだよ」


「……そんなの、私にだって、悠太と悠乃が必要だよ」


「なぁ志乃、お前と一緒にまたデートしたい、お前が作った料理をまた食べたい、お前の声がもう一度聞きたい、お前のことをもう一度抱きしめたい」


「そんなの…」



 言葉に詰まる志乃。


 しかし、そんな志乃の姿は悠太には届かない。



「なぁ、悠乃のおむつ替えて、お着換えさせて、ご飯食べさせて、お弁当作って、一緒にイベントで写真やビデオとって、反抗期を一緒に乗り越えて、あいつの成長を一緒に見守って…」


「…………」


「…………」


 言葉が続かない志乃。


 しかし、それは悠太も同じだった。



「なぁ…志乃…」


「ねぇ…悠太…悠乃…」



 2人の言葉が、1つに重なる。



「「なんで一緒にいれないんだ(の)…!」


 決して大きな声ではない。


 だが、それはまさしく心からの叫びだった。



「俺は、お前とずっと過ごしてたかった!!」

「私は、あなたたちとずっと生きていたかった!!」


「もうお前の声も聞こえない!お前に触れることもできない」

「もう私の声は届かない!あなたたちに触れることもできない」


「お前の時間だけ、止まったままなんだ」

「あなたたちの時間は、進んでいくだもんね」


「ここに来ると、止まった時間を少しだけでも動かせる気がして…」

「ここに来てくれると、進んだ時間の中に少しでも居れる気がするの…」


「……志乃…」

「……悠太…悠乃……」





 2人の間に流れる沈黙。


 溢れだした激情は、抑えられない昂ぶりを超えてしまえば、あとは静まるだけ。


 いまは、蝉の声しか聞こえない。






 そんな世界を引き裂くかのように、遠くから音が聞こえてくる。






 ―――――子供が駆けてくる足音だった。






「ぱぱー!ぱぱー!!」


 あどけない声。明るい声。元気な声。

 その声だけで世界を鮮やかに彩るような、純真無垢な純粋な声だった。


「おお、悠乃、あまり走ると危ないぞぉ」


 子供の後を追ってきたのは、彼女の祖父だろう。息を切らしながらも宝物を追いかける。


「悠乃!ほらおいで」


 駆けてきた悠乃を抱き上げる悠太。

 暑い中を駆けてきた悠乃は汗ばんでいたが、悠太はその熱さを目一杯感じるかのように優しく抱きしめた。


「ふぅ…ふぅ……悠太、遅れてすまんのぉ」

「おやじ、悠乃見ててくれてありがとな」

「おうさ。それで、志乃ちゃんとはお話できたかいの?」

「あぁ、ゆっくり話せたよ。…俺の声が届いているかはわからんがな」


 なんとか息を整え、父親らしく、義父らしく、悠太に優しく声をかけた。


 すると突然、




「あーっ!!ままー!ままー!!」




 悠乃がお墓の上を指さした。


「ん?悠乃。ママはな、そこのお墓の中にいるんだぞ」

「ううん!ちがう!まま!まま!!そこ!!」


 悠乃は、大きな声をだしながら、その一点を指さし、満面の笑顔で笑いかけている。


「まま!いるの!ままー!!ゆのきたよー!!!」

「……ママって…そんな……」

「…いやいや悠太。悠乃が言うなら、それはほんとのことなのじゃ。子供には大人に見えないものが見えるという。儂と悠太には見えんが、そこに志乃ちゃんがおるんじゃないか」


 呆然とする悠太に、優しく声をかけた。

 悠乃のいうことを万に一つも疑わないのは、流石は祖父である。


「……志乃、そこにいるのか?」


 悠太が、恐る恐るといった様子で、だがそこに志乃がいると信じて語り掛ける。


「…うん、悠太、悠乃、お義父さん。私はここにいるよ…」


 志乃は、涙交じりの声で問いに答える。

 その答えは、その声は、誰にも聞こえない。

 しかし、聞こえなくても、志乃の気持ちは全員に届いていた。


「ねぇ、じぃじ!しゃしん!とって!しゃしん!」

「おぉ、そりゃいい。ほら、悠太、そこに立ちんしゃい」

「え、ここか?」

「ちゃう!もうちょい左じゃ」

「ん?こうか」

「そうじゃ、ほら、悠乃と手をつないで。じゃあ撮るぞ」






 ―――――カシャッ!






 世界と時間を切り取る音が鳴り響く。


 その音によって、世界と時間を動きを止めてしまった。


 いまは、蝉の声も聞こえない。








「ぱぱも!ままも!みんな!いっしょ!」






 無邪気な子供の声で、世界と時間に鮮やかな色が一気に広がった。


 それは、誰もが幸せになる、世界で一番、暖かな色だった。






「おてて!つないで!みんな!いっしょ!」






 悠乃には見えていた。


 自分の両手を愛おしく握ってくれる悠太と志乃と、満面の笑みを浮かべる悠乃自身が。


 3人で手をつないで写る『家族写真』が。






「そうか…志乃の夢だったな」


「うん。みんなで手をつないで写真を撮る。ずっと言ってた私の夢…」


「よかった。 ほんとうによかった。志乃の夢が叶ったんだな…」


「写真には写ってないけど、私はそこにいるよ」


「俺には見えないけど、お前と一緒にいるんだな」


「私は、いつでも、いつまでもあなたたちを見守ってるからね…」



 志乃の夢が叶ったことに、自然と涙が出てくる。


 悠太と悠乃と写真を撮る夢が叶ったことに、抑えきれない涙が流れる。


 悠太は涙をさっと拭うと、大きく息を吸い込んで想いを込めて叫んだ。



「志乃!俺は悠乃と一緒に生きていく!もう少ししたらいくから待ってろ!!」



 目の前で大きな声を出されて、びっくりしてしまった志乃。


 びっくりした自分に笑ってしまいながら、負けないくらいの大きな声で叫ぶ。



「そんなに大きな声じゃなくても聞こえてるわよ!馬鹿!あと50年は来るんじゃないわよ!ずっと一緒だからね、愛しているわ悠太、悠乃……」



 妻として、そして母としての愛の言葉は、夏の風と一緒に流れていった。






「まま!ぱぱ!じぃじ!ゆの!みんな!みんないっしょ!!」






 娘は、1人ずつ全員を指さしながら大きな声で笑った。



 祖父は、慈愛にあふれた柔らかな微笑を浮かべた。



 両親は、すべての宝物を手に入れたかのような最高の笑顔だった。



 そんな4人は、タイミングを合わせたかのように、一斉に笑い出したのだった。






「4人」の笑い声が、風の音にも、蝉の声にも負けず、夏の空に広がっていった。





 Fin


お読みいただき、ありがとうございました。

初小説ということでまだまだ未熟ですが、お楽しみいただけたなら幸いです。


声劇で作った脚本のノベライズをしております。

今後も短編・中編・長編と、ゆるりゆるりと執筆・投稿していければと思います。

今後とも何卒よろしくお願いいたします。


少しでも面白い!楽しかった!と思っていただけましたら、

『いいねで応援』『ブックマークに追加』『【★★★★★】』をいただけると嬉しいです!

応援ありがとうございます!今後とも何卒よろしくお願いいたします!

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