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8. トンデモ理論の皇太子


 節目がちに床を見つめるシャルロットは、側からみれば物憂げでありどこか儚い印象の令嬢に見えた。

 いくら猛毒令嬢だとは知られていても、その美しい黒髪と稀有で神秘的な瞳は神々しくもあり、毒のことを忘れてつい声を掛けてしまいそうになる令息も多くいた。


 そんなこととはつゆ知らず、シャルロットは父親が戻ってきたらどんな料理をどのような順で食べようかとそのようなことばかり考えながら、会場の床に使われた豪華な大理石のマーブル模様を見つめていたのである。


「シャルロット嬢、どうか私と踊っていただけませんか?」


 周りのざわめく声が次第にシャルロットの耳にも届き、遅れて自分の名を呼ばれた気がして大理石の床から目線を上げた。

 

「へ?」


 思わずデビュタントしたばかりの令嬢は淑女らしからぬ疑問の声を上げてしまった。


 目の前に立って手をこちらへと差し伸べているのは、先程辺境伯とシャルロットが挨拶したばかりの皇族の一人で、もっと言えば皇太子であるヴィンセント・ル・グベールであった。


 周囲の御令嬢方は、その美しい(かんばせ)の皇太子がシルバーグレーの涼しげな瞳を細めてダンスを誘う様を見るだけで卒倒しそうな勢いである。


 そしてよりにもよってその相手が『猛毒令嬢』と名を馳せる辺境伯令嬢シャルロットであることに驚愕と嫉妬の視線を隠せずにいた。


「女神のように美しいシャルロット嬢、どうか私に貴女とダンスを踊る名誉を与えていただけませんか?」


 疑問の声をあげたきり呆然と皇太子を眺めるシャルロットに対して、麗しい笑顔と優しい声音を保ったまままの皇太子が再度ダンスに誘う。


「……私、猛毒令嬢ですけれど。」


 心の中の声が思わず口をついて出たシャルロットは、相手が皇族ということを思い出し丁重にお断りをしようと頭を高速回転させ良い言葉を探していた。


「もちろん知っています。知った上でお誘いしていますから。」

「はあ。」


 皇太子からの突然の言葉に曖昧な返事を返したシャルロットは、さりげなくその手袋を嵌めた手を取られ会場の真ん中へとエスコートされることとなった。


 皇太子がダンスを踊るとなって演奏者たちもいやに張り切り、簡単な曲では侮っていると思われては堪らんとグベール帝国でも無駄に難易度の高いと言われる曲が始まった。


 あまりの急展開に人慣れしていないシャルロットは皇太子の誘うがままにダンスを踊り、あの鬼教官であるイヴァンのお陰で皇太子のリードにもついていけたのである。


「あの、きっと私は手袋をしていますし皇太子殿下も手袋をなさっているので大丈夫だとは思いますが、もし体調が優れなくなるようでしたら、すぐに侍医に診てもらってくださいね。」


 皇太子とダンスを踊って、万が一のことがあり毒殺しようとしたなどと後で責められてはたまらないと、シャルロットは踊りながらも皇太子へと進言した。


「大丈夫ですよ。私は幼い頃から毒に慣れさせていますからシャルロット嬢の猛毒も私には効きません。」

「それでも、皆さん殿下に何かあればと心配なさっています。」


 踊る二人を周囲の貴族たちは皆危惧しているのがシャルロットにも伝わった。


「シャルロット嬢、私は貴女を一目で愛してしまったのです。どうか私の婚約者となってはくれませんか?」

「お言葉ですが、皇太子殿下の婚約者が猛毒令嬢などと聞いたことがありませんわ。」

「それはたまたま猛毒令嬢という存在自体が稀有なものだからですよ。貴女は私の理想の女性なんです。貴女が私と婚約を結んでくれないならば、私はもう誰とも婚姻を結べず皇太子の座を弟たちに譲るでしょう。」


 とんでもないことをサラリと言ってのけた皇太子殿下に、シャルロットは戦慄した。

 この皇太子はさりげなくシャルロットの逃げ道をなくして婚約者となるように脅しているのだ。


「そこまで殿下がお考えになる理由が思い当たりません。私よりももっと相応しいお方はこの国には掃いて捨てるほどおりますわ。」


 このような誰もが振り返る美形の皇太子に求愛され、シャルロットもほんの少しときめいたのは致し方ない。

 しかし、自分は猛毒令嬢であり皇太子の婚約者など務まるわけもないとスウッと頭の冷える思いがして冷静になれるのであった。


「いや、私の婚約者となる女性の条件は()()()()()()()が第一なのです。ここだけの話ですが……皇后陛下は大変な好色家で、私には()()()の弟が多くいるんですよ。私はそのような憂いのない女性と生涯を共にしたいのです。ですから毒を身体に宿すという貴女は私の理想的な相手なのです。幼い頃から毒に耐性を持たせてある私には毒は効きませんしね。」


 先ほど挨拶した時には皇帝と仲睦まじい様子でとても可憐で穏やかな方に見えた皇后が、まさかそのような不義を働いていようとはシャルロットは自分の鑑識眼はとても頼りにならないと実感した。


 皇太子のトンデモ理論には驚いたものの、そのような理由であれば猛毒令嬢である自分を婚約者にと望む理由にはなりえるとシャルロットは納得したのである。

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