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7. ファーストダンスは順調でした


 今日のシャルロットは普段下ろしたままの髪を結い上げ、濡羽色の美しい艶髪には繊細な細工の髪飾りが添えられている。

 ドレスはチュールをふんだんに使用したもので、肩や胸元は繊細なレースで覆われているAラインのデザインを選んだ。


 シャルロットは会場内へ辺境伯のエスコートで入場し、まずはここグベール帝国の皇帝と皇后および皇族への挨拶を行った。


 皇帝は髭の生えたとても威厳のある人物であったが、隣に座る若々しい容貌の可憐な皇后の方を常に気にして仲睦まじい様子であった。


「ユーゴ、そちらがシャルロット嬢だな。シャルロット嬢、そなたは幼き頃に思わぬ悲惨な目に遭ったな。ユーゴは儂の旧知の友であるが、あの時の落ち込みようと言ったら見ていられないほどであった。そしてまたシャルロット嬢が無事帰ってきたことで、ユーゴもより一層国の守護に貢献する心持ちになったようだ。これからはシャルロット嬢が平穏で幸せな日々が送れるよう儂も祈ろう。」


 皇帝は辺境伯とは同じ年頃で、幼き頃からの遊び友達の関係である。

 そんな父ユーゴの幼馴染である皇帝が優しく声を掛けてくれたことでシャルロットの緊張は随分とほぐれた。


「皇帝陛下に拝謁いたします。大変ありがたきお言葉に感謝いたします。」


 シャルロットはイヴァンからまさに鬼のような厳しい指導を受けた渾身のカーテシーで挨拶を行った。


 そうして皇族を見つめるシャルロットの瞳は青、黄、橙色の混じり合った辺境伯の血統を示す神秘的な色合いをしており、美しく艶めく黒髪と相まって神々しささえ周囲に与えたのだった。


 そんな中、当のシャルロットといえばさっさと挨拶を終わらせて父親とのファーストダンスを踊ったら、その後の料理は何を食べようかとそのような想像に胸を膨らませていた。

 だが、まさかそのようなことを皇族への挨拶の最中に考えていることなど従者のイヴァンを除けば誰も想像できないことであった。



 皇族への挨拶を無事に終えたシャルロットを、辺境伯は優しく気遣った。


「シャルロット、皇帝陛下に初めてお会いしたから緊張しただろう?大丈夫か?」

「大丈夫よ、お父様。お父様とのファーストダンスが楽しみです。」


 そう言って娘が笑顔で答えるのを辺境伯はホッとした表情で見つめている。

 この愛娘は今までまともに他の貴族との関わりを持って来なかったから緊張しているのではと心配していたのだが、存外そうでもないようだ。


 ただ、辺境伯とシャルロットの周囲では遠巻きに『猛毒令嬢』や『猛毒娘』などという心ない言葉がチラホラと聞こえてくることもあった。


 シャルロットの誘拐とその後の経緯は本人が隠そうともしなかった為にグベール帝国内の貴族の中では周知の事実となっている。


 それにより、猛毒令嬢であるシャルロットの婚約者はまだ決まっておらず、シャルロット自身も特に婚約者を望んでいないことから辺境伯は愛娘が望むまでは自由にさせておこうという親心で今まで静観してきたのだ。


 シャルロットが猛毒令嬢となったのは幼い頃の卑劣な犯人の行為からであり、本人の瑕疵はないにも関わらずこのような陰口を叩かれるなど辺境伯としては不本意で腹立たしいことであったが、愛娘が誰とも婚姻を結ばずに辺境の地で生涯を過ごすことになったとしてもそれはそれで良いと考えていた。


「シャルロット、そろそろワルツの時間だ。行こうか。」

「はい、お父様。」


 デビュタントの若い女性たちとそのパートナーが会場の真ん中へと集まり、ファーストダンスが始まった。


 辺境伯は妻がダンス好きということもありかなりの腕前であったが、シャルロットもイヴァン相手にそれこそ文字通り血の滲むような稽古の末に素晴らしいダンスが踊れるようになっていた。


「シャルロット、とても綺麗だよ。お前があまりに美しく踊るから皆お前のことを見ているようだ。」

「お父様が公の場でダンスを踊ることは珍しいことですから、それで皆見ているだけですよ。」

「そんなことはない、きっと踊り終わった頃にはお前にダンスの申し込みが殺到するはずだ。」


 辺境伯は娘のことをとても可愛がっていたので、たとえ身体の内に猛毒を宿していようとも気にする素振りを見せたことはない。

 シャルロットも、他人と接する時には細心の注意を払っていたからこれまで誰もシャルロットの毒に侵されたものはいなかった。


「お父様は親バカね。自分の命を危険に晒してまで私と踊りたい方などいません。あ、それでもイヴァンは別ですけれど。」


 優しい辺境伯の心遣いに、シャルロットは父とのダンスだけでもう充分だと思っていた。


 デビュタントのダンスが終わると、二人は一旦壁際へと下がる。


「シャルロット、何か飲み物でも取って来ようか?」


 始めての場で父親が傍を離れることは心細く感じたが、自分は猛毒令嬢でそれを知る者は近づくわけもないだろうとシャルロットは大人しく父親の帰りを待つことにした。




 

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