6. お嬢様、行ってらっしゃいませ
「ねえイヴァン、貴方絶対にホールの外に控えておいてよ。必ずいてね。」
「お嬢様、何度も言わなくとも分かっておりますよ。」
「だって、ものすごく緊張するんだもの。イヴァンが見守ってくれていたら何とかなりそうだけれど。私が猛毒令嬢だということはこの国では周知の事実だから、誰も近寄っては来ないと思ってはいても……それでも不安なのよ。」
デビュタント当日、従者はホールに入れないため手前の廊下で待機となる。
いつもイヴァンと共にいたシャルロットにとってはこのような大舞台でイヴァンが離れていることが不安で、何度も何度も念を押した、
「今日のお嬢様のお美しい姿を見れば、毒に侵されてでも近寄りたいと考える方はいらっしゃると思いますので、誤って毒してしまわぬようどうかお気をつけください。」
「普通に考えて、毒に晒される危険性を冒してまで猛毒令嬢とダンスを踊ろうと思う奇特な方はいないと思うわ。慣れ親しんだお父様と踊る事さえ、誤って毒してしまわないか心配なのに。」
デビュタントでは、必ずダンスを披露することになっているから猛毒令嬢であるシャルロットは父親の辺境伯とファーストダンスを踊ることになっていた。
毒は汗や唾液にも含まれるため、それが粘膜や相手の口に入らないようにしなければならない。
その為シャルロットは普段から用心のために手袋を嵌めているが、今日はデビュタント用の白い長手袋を嵌めていた。
「大丈夫ですよ。辺境伯様はあのような屈強なお方ですから、きっと多少毒しても亡くなったりしません。それどころか愛娘とのファーストダンスの喜びに、毒など跳ね除けてしまわれるかと。」
「貴方、主人であるお父様の扱いがえらく雑ね。」
呆れたように従者を見つめるシャルロットは少しずつ緊張が解れていくのを感じていた。
「大丈夫。この調子ならやれるわ。今日はお父様とのファーストダンスのあとには、初めての舞踏会のお料理を満喫しようと決めているんだから。このデビュタントのドレス分くらいはお腹いっぱい食べて元をとってくるわね。」
「お嬢様、元をとるなどと御令嬢らしからぬ発言ですよ。あと、お料理を食べられる際には唾液や汗にご注意くださいね。下手をしたら舞踏会会場のお料理が毒まみれになってしまいますから。死人が出ますよ。」
「分かってるわよ。いつも通り細心の注意を払うからそこは心配しないで。」
フリフリと手を振ってシャルロットは父親である辺境伯の元へと向かった。
従者のイヴァンはそんな令嬢を華麗なボウアンドスクレープで送り出した。
「お嬢様、行ってらっしゃいませ。」