5. 猛毒令嬢にデビュタントは無駄なのでは
話を聞いた辺境伯と辺境伯夫人は戦慄し、我が子が猛毒に侵されていることをはじめは嘆き悲しんだ。
しかし、『生きていてくれたことこそが奇跡』だと喜んだのだ。
それは辺境伯家の使用人たちも同じで、イヴァンは『辺境伯領の人々は大概のことでは動じない』という常に危険と隣り合わせの辺境にはぴったりの習性を持つという事を身に染みて理解するのである。
それにより、イヴァンはその後誰からも反対されることもなくすんなりと『従者のイヴァン』としてシャルロットに付き従うこととなった。
ギョクランがつけたシーハンと言う過去の名を捨てて、この国に馴染みやすいイヴァンという名に改めたのもその時である。
辺境伯領の人々の独特の性質と辺境伯本人の豪胆さはそのうち、感情を無くしていたイヴァンをも感情的に変えた。
主人であるシャルロットが恥ずかしく無いように、シャルロットが求める事を完璧にこなせるようにと並々ならぬ努力を重ねたイヴァンは、今やどこの家の従者よりも優れているとお墨付きをいただくほどである。
「ねえ、イヴァン。デビュタントなんて、私やっぱりしないといけないの?」
「お嬢様、デビュタントはこの国の御令嬢の憧れですよ。一人前のレディーと認められ、婚姻相手を探す事ができるようになった事を示す日なのですから。純白のドレスと長手袋のスタイルは、舞踏会ではデビュタントの時にしか身につけられないのですよ。」
「それは分かるけど。私はずっとこの辺境の地でマテューの補佐をしても良いと思ってるの。誰とも婚姻なんて結ばなくてもいいわ。猛毒令嬢の私と婚姻など、命懸けになるものね。」
シャルロットは三つ年下の弟マテューをとても可愛がっていて、自分が猛毒を身体に宿す令嬢だということもよく理解していたので誰とも婚姻などできるはずもないと考えていた。
故に周りの御令嬢のように良い婚約者を探すために社交界へ繰り出すなど、自分にとっては無駄でしか無いと思っていたのだ。
「お嬢様、いつか身体から毒は抜けます。暫しの我慢ですよ。」
「イヴァン、だって貴方はいつも婚姻などしないと宣言しているじゃない。身体に猛毒を宿しているからと。」
「私はお嬢様よりも長年身体に毒を溜め込んで参りましたから、五臓六腑だけでなく脳にまで回っております。お嬢様は身体の出来上がる五歳までにはこちらの辺境に帰ったのですから、毎日のあの解毒薬を欠かさず飲んでいただければ少しずつ体から毒は抜けていくのですよ。」
なんて事もないようにサラリと自分の惨状を話す従者に、シャルロットは表情を歪めた。
「貴方、さては脳まで毒がまわっているからあのような妄想日記などつけるようになったのね。それでも、何もしないよりはマシでしょうから貴方も解毒薬を毎日きちんと飲むのよ。いいわね?」
辛辣な言い方をしながらも、本心では従者のことを心配している主人のことをイヴァンは微笑ましく思っていた。
「承知いたしました。お嬢様。」