41. 病死した廃妃は火葬される
地下はヒヤリと冷たく、まとわりつくような湿気がより陰気な雰囲気を醸し出している。
石造りの階段を降りた先に貴人用の牢屋がある。
「ああ、そこのお前。私をここから出して。私はこの国の皇后よ。ここから出してくれたら何でも望むものをあげるわ。此方へいらっしゃい。」
牢屋の中には古びた家具も見える。
そのソファーに、少し前までは可憐で美しい皇后と呼ばれた女が腰掛けていた。
その女は赤みがかったブロンドだが長く伸びた髪は手入れもされずにひどく乱れており、身につけたドレスはところどころが汚れていた。
「あら、貴方とても美しいわね。もう少し此方へ。」
女はソファーから立ち上がり、牢屋の鉄格子のすぐ傍まで近寄った。
「私はね、もう随分と血を飲んでいないのよ。定期的に飲まないとこの美しさと若さを保てないのよね。貴方のように美しい男の血を飲んだら、きっと陛下もまた会いに来てくださるわ。さあ、此方へ。」
女は鉄格子の間から青白く細い手を差し伸べた。
「私が誰かも分からないのか。お嬢様を傷つけておいて、自分勝手に記憶を無くすなど許し難いな。」
「お嬢様?……そう、あの小娘はどうなったのかしら?ヴィンセントは絶望した?大切なものをなくす痛みを思い知ればいいのよ。あの小娘も、猛毒令嬢のくせに生意気にも幸せになろうなどと思うから罰が下ったのよ。」
突然上機嫌になり語り出した女に、イヴァンは冷めた目を向けた。
「はじめから気に食わなかったわ。舞踏会で陛下に優しく話しかけられて、好色そうな目を向けていたもの。それに役立たずの三人の皇子たちのことも誘惑して籠絡していたし、可愛いミゲルの手を無理矢理握ろうとしたと言うじゃない。なんて穢らわしい女なのかしら。ヴィンセントはあの女にすっかり籠絡されているし。お前もあの女の閨房の技に騙されているの?」
気が狂ったように笑いながら語る女は、イヴァンが握りしめた拳から血が滴っているのを見て喜びの声を上げた。
「ああ……。勿体ない。ねえ、その血を私に頂戴。」
イヴァンが手を鉄格子の方へ軽く差し伸べると、女は急ぎ跪いてその手を取った。
そして嬉しそうにその手から滴る血を啜り、その刹那冷たい石の床に倒れた。
「ああ、そうだ。私が猛毒を身体に宿していると、お前は知らなかったな。」
イヴァンが手をハンカチで拭い取り、その場から離れようとしたところで離れたところの暗がりに立つ皇太子が床に倒れた女とイヴァンを見つめていた。
「殿下、いらっしゃったのですか。それなら私に毒があると教えて差し上げれば良かったのに。やはり貴方はお人が悪いですね。」
「そんなこと、私がすると思うか?分かっていてそう言う其方の方が余程人が悪い。」
皇太子はイヴァンに近寄り、そして床に倒れた女を見やった。
「この帝国に死刑がないことを悔いたが、まさかこんなに早く病死されるなんて。母上、きっとミゲルと同じ場所に行けますよ。」
「殿下、意外にお優しい事をおっしゃるんですね。」
「二人はきっと滅びに至る門へと向かっただろう。そこで永遠に昼も夜も苦しむこととなろう。」
廃妃は獄中で病死した。
皇帝は廃妃を皇族の墓には入れず、多数の生き血を啜ってきたことによる疫病かも知れないということで一般的な土葬ではなく、秘密裏に火葬を行った。
グベール帝国の国教では、火葬すると二度と魂が良い世界に蘇ることはできないと言われタブー視されていただけに、皇帝の廃妃への罰がいかに厳しいか皆が知ることとなる。




