1.中年の女、少年と幼女の生活の終わり
「シーハン、今回も良くやったね。依頼人の貴婦人からたんまりと報酬はもらったからね。しかし正妻を殺して愛人が妻の座に収まろうなんざ、怖い話だよ。ほら、アンタの分け前はこれだよ。好きに使いな。」
「はい。ギョクラン様、ありがとうございます。」
ここグベール帝国の帝都で、薬師として店を営む異国出身のギョクランという中年の女は、近年つき出し始めた下腹に沿うようなラインと詰襟、スリットが特徴的な異国の服を着ている。
パイプでタバコを吸いながら、その煙を目の前に立つまだ幼さも残る顔立ちのシーハンと呼ばれた銀髪の少年へと吐き出した。
「早くあの子もアンタみたいに使えるようになればいいけど。稼ぐようになるのが待ち遠しいね。」
ニヤリと笑った遠い異国の顔立ちをした女は、手元の報酬を再度数えながら言った。
銀髪の少年は生気のない青紫の瞳を一瞬揺らしたが、応えることはなかった。
「シャオリン、起きて。」
「シーハン?もう朝なの?」
「うん。朝食を食べよう。」
シャオリンと呼ばれたのは、美しい濡羽色の髪を持つ幼女だった。
寝床からシーハンに抱き起こされ、シャオリンは朝食を食べるために席に着く。
朝食は今日も粥で、シーハンとシャオリンは小さな食卓を二人で囲んで時々シャオリンは口の周りをシーハンに拭われながら食べた。
「シャオリン、体調はどう?どこかおかしなところはない?」
「ううん、いつもと変わりないよ。」
毎朝シーハンはかかさずこの幼い少女に体調の変化を問うている。
シャオリンは街を歩く同い年の幼女に比べれば幾ばくか痩せてはいるが、顔色は悪くなく伸びっぱなしの長い髪は濡羽色に美しく艶めいている。
赤ん坊だったシャオリンがここに来てもう四年。
シーハンが『あともう少しだけ』とシャオリンとの時間を惜しむあまり先延ばしにしてきた計画を実行すべき時がきた。
「シャオリン、今から部屋の鍵をかけて僕が呼ぶまで絶対に出てきてはいけないよ。僕がシャオリンを呼んだら扉を開けてくれるかな?できる?」
「シーハンが呼んだらカギをあける。」
「そう。良い子のシャオリンならできるよ。」
「わかった。」
部屋の鍵をかけさせたシーハンは、この店の主人であるギョクランのところへと向かった。
ギョクランは随分と貯まった金を数えるのに必死で後ろにシーハンが来たことに気づくこともない。
――ガツッ……!
シーハンはギョクランのお気に入りであった異国の置物で彼女の後頭部を思い切り殴打する。
鈍い砕けた音が一度鳴って、ギョクランは前のめりに倒れ込んだ。
ゆっくりと顔を背後に向けるとそこには赤子の時に街で攫って自分の使い勝手の良いように毒に塗れさせ育て上げた少年が、生気のない青紫の瞳で自分を見下ろしている。
「シー……ハン……。」
「ギョクラン様、もうすぐシャオリンは五歳です。貴女との生活も僕との生活も時間切れなんですよ。」
――ガツン……ッ!
もう一度、今度はその歪んだ表情の醜い顔を目掛けて置き物を振り下ろす。
中年の女は暫し痙攣をしていたがそのうち動かなくなった。
「もう少し早く殺すべきでしたね。そうすればシャオリンももっと苦しまずにすんだのに。それでも、シャオリンの残り時間と僕の我儘の一線が今日だったんですよ。」
「シャオリン。僕だよ、ここを開けて。」
「シーハン?」
「良い子だね。さあ、今からお出かけしよう。」
「ギョクランは?私が勝手に出たら怒られるよ。」
「ギョクランはもういないんだ。だから僕とシャオリンと二人でお出かけしよう。」
よく分からないといった顔のシャオリンを抱いて、麻袋に必要な物を詰めたシーハンは初めて二人で外へと出た。
シーハンはギョクランの用事や依頼を受けて外に出ることも多いが、シャオリンは店に来てから初めて外に出ることができたので、丸く可愛らしい瞳で周囲を物珍しそうに見回している。
シャオリンはシーハンに抱かれたままで帝都の騎士駐屯地まで来ると、見張りの騎士二人にシーハンは声をかけた。
「辺境伯様の攫われたご息女をお連れしました。」
一人は訝しげな表情で質素な身なりの少年と幼女を見ていたが、もう一人は幼女の青と黄、そして橙の混じり合った瞳を見てすぐに駐屯地へと走って行った。
しばらくして少年と幼女は騎士駐屯地の中へと丁重に保護されたのである。