8話『びっくりした』『もらいすぎだよな……?』
コロンっと寝返りをうつと、朝日が瞼を照らしすこし目が覚める。
「ふみゃあああああぁぁぁぁ」
とあくびだけして、まともに起きていない頭のままモソモソ着替え、顔を洗おうと大部屋のドアを開ける。開けた先に黒髪の男性が寝ているのが目に入った。
「…………っ!?」
一瞬なにがいるのか理解できなかったが、昨日のことを思い出し脳が覚醒するのを感じる。
――あああ! そうだ、お客さん泊めてたんだった! えぇっとお薬!
と昨夜作ってポケットに入れておいた2つの耐性ポーションを手に取り栓を開ける。細長い試験管のような瓶なので、2本まとめて口をつける。その瞬間に彼がガバッと起き上がり、ビクッとするがそのまま天井を見上げるようにして飲み干す。
「お、おはよう」
「…………おはよう」
飲み干して空になった瓶をポケットにしまいつつ、薬が効いてきたのを確認して挨拶を返す。不意の出来事で頭は完全に起きてしまったが、顔は洗いたいので台所のほうへと向かう。
「……薬飲んでおいて」
とだけ言うと台所へ入り水魔法で顔を洗い、桶に水を入れて大部屋へ戻る。
「……顔を洗ったりするならどうぞ。傷は?」
「あ、あぁ……」
ちょうどポーションを飲み干した彼は包帯をほどき、傷があった箇所を見えるようにしてくれる。予想通り傷はもう跡すら残さず治っていた。
――よくみるとちょっと赤みがかってるけど、これくらいなら今飲んだポーションの効果で今日中には元通りだね。
と観察しながら薬の効果を確かめる。彼は昨夜の傷を確認したほどじゃないが驚いていた。
「……もう包帯も必要ないけど、気になるならまいておくといい」
それだけ言うと桶の近くに顔を拭くように布を置き、朝食の準備をしに台所へと向かう。
昨日のうちにパンも焼けるように準備しておいたから、竈に火を入れパンを焼き、昨日の残りのスープを再度温める。その際に昨夜具材を多めにとっていたので、野菜をいくつか追加しておく。
――カーウィンさんは今日帰るから、結構動くだろうしお肉もちょっと追加してあげようかな。
と追加でささっと出来上がるように薄く切った猪肉も追加し調理していく。
においにつられたのか、彼が台所のほうへくる気配を感る。
「……もう少しで朝食できる」
と目線は鍋に向けたまま彼にこたえる。
「っ!? あ、あぁ朝食も作ってくれるのか」
――泊ってって誘ったのは私だし、これくらいのおもてなしはするよ? 昨日はお話しできて楽しかったしね。
内心上機嫌で軽くうなずき、彼の気配が大部屋に戻っていくのを確認した。
朝食をもっていくと彼は武器の確認をしているところだった。こちらに気づき慌てたように武器を床に置くと、空になったポーションの瓶を机に置いた。包帯も必要ないようで近くにきれいにまとめて置いてある。
「……どうぞ」
というと彼も昨夜と同じ席に着き、スープを一掬いする。
私もパンをちぎり食べていく。ちゃんとフワフワに焼きあがっていて満足である。
「……昨日も思ったが、なんだこれ、うますぎるだろ……」
彼はスープを一口飲んだ後パンをちぎり食べて驚いていた。
「……そう? ありがとう」
彼は一瞬ビクッとしていたが、そういってもらえるのはすごくうれしい。そのあとは彼ももくもくと朝食を食べていった。
「……ついてきて」
朝食を食べた後、彼を裏手の角熊のところまで案内する。彼はあおむけに乗せられている角熊をみて、息をのんだ。
「……一応血抜きはしてある。台座もこのまま持って行ってもらっていいけど、平気?」
「あ、あぁ。もともとこういう台座を即席で作って持っていくつもりだったから助かる……が、まるまるもらっちゃっていいのか?」
「……別にかまわない。そのほうがいいんでしょ?」
「確かにそうしてもらえるとありがたいんだが……そうだ、この礼に何かしてほしいことはないか?」
――そもそも私が原因で怪我をしちゃって時間を取らせちゃったお詫びにと、治療とご飯と台座を用意したのにそこにお礼をしたいだなんて、律儀でいい人だなぁ。それなら何か買ってきてもらおうかな。そうだ! また来てくれるってことだし、台座ももうちょっと改良してあげよう!
「……ちょっと待ってて」
そういうと製薬室に入り、棚に保管してある5センチほどの魔石を取り出す。
魔石は魔獣からは取れないが、魔物には心臓の代わりのように埋まっている。ヤツらは血の代わりに淀んだ魔力を体内で循環させているようで、切り裂いても血が飛び散ったりもしない。
その魔石に重力魔法を刻印し台座の元まで戻ると、風魔法で削ってくぼみを作り魔石をはめ込む。そのあと台座とつながるように、魔石ごと周り1センチほどの刻印を刻んでいく。
「な、何をしたんだ……?」
その様子を眺めていた彼が、作業が終わった雰囲気を感じ取ったのか話しかけてくる。
「……積載物が軽くなる軽量化の重力魔法を付与した魔石を組み込んだ」
「魔道具にしちまったのか!?」
大声に一瞬驚くが、何とか反応には出さずに堪えられた。
「…………見ての通り手軽なものだから、魔力充填しないと3日持つか持たないか程度」
「いやいや、程度って……魔力を充填できれば再利用できるんだろ?」
「……魔石が劣化したり破損しなきゃ使える」
「そんなもん貰っていいのか……?」
「……その代わり次来るときに、調味料と卵と布をもってきてほしい」
――卵は近くで取れそうにないし、布もこの体に合わせた服を作りたいからね。まだ町へ行く勇気はないから、彼が代わりに買ってきてくれるなら大助かりだもん。あ、お金渡さなきゃ。ある程度のこってたけど、この先を考えると何か売ってきてもらおうかな?
「わかった。ありがたく使わせてもらう。代金は気にするな。角熊の依頼料も入るし、こんなん貰えるなら安すぎるくらいだ……」
――カーウィンさんがそういうならそうなんだろうなぁ。私買い物なんてした記憶ないし……部屋には一応お金があるから取引はしてたんだろうけど、今の私にはそんな記憶はないもん……
「ちょっと相談なんだがいいか?」
と刻印を眺めていた彼が眉間にしわを寄せ振り返った。別に拒否するようなことでもないので頷いておく。
「さすがにこの台座と角熊の状態を見ると、俺がやったってことにできそうにないんだが……あんたのことを話しても問題とかはないか? い、いやあんたがこの辺りに隠れて住んでいるっていうのはわかってる、だが少しくらい説明しないとほかの人間が探りにくるかもしれないんだ」
――隠れて住んでるつもりはなかったんだけど、隠蔽魔法とかもつかってたみたいだしそう見えちゃうか。それにしてもカーウィンさんはいい人だからよかったけど、みんながみんないい人だとは限らない。ただでさえ人と接するのが辛い状態で急に来られても困る……
というより私のことを説明するのは別にいいんだけど、角熊の依頼を受けたのはカーウィンさんであって、私が討伐したってなると"カーウィンさんの迷惑"にならないのかな?
「……迷惑じゃなきゃそれでいい」
「そ、そうか……ならギルドマスターに少し事情を話させてもらう」
彼はなぜか萎縮した感じでそういうので気にはなったが、わざわざ聞くようなことでもないので「……よろしく」とだけ返しておいた。
とてつもない威圧感で目が覚めた。咄嗟に武器を手に取ろうとするが、その発信源がミリーであることを確認して、何とか手に取る前に留まることができた。
彼女は飲み物を一気飲みするかのように飲み干すと目が合った気がした。
「お、おはよう」
「…………おはよう」
威圧感がどんどん小さくなっていき、夕食時くらいまで落ち着いたところで何とか声が出せた。
――いやいやいや……なんだよさっきの……寿命が縮むわ……武器を取ってそれが敵対行動だと思われでもしたらまずかった……よく踏みとどまった俺……
「……薬飲んでおいて」
とだけ言うと彼女は台所のほうへと向かい水桶を持ってくる。そのあいだに言われた通り飲み薬をのみ、傷の様子を聞かれたので包帯を取る。
――嘘だろ……もう何事もなかったかのように元通りじゃねぇか……いやミリーは眉間にしわを寄せて観察しているし、なにかあんのかこれ……
「……もう包帯も必要ないけど、気になるならまいておくといい」
そういうと彼女は再び台所へと入っていった。
――いやこの状態で包帯は必要ないだろ……しかしなんて治癒力だ……
とりあえず包帯をまとめて置いて、用意してもらった水で顔を洗ってさっぱりする。台所では彼女がまた何か作っているのか物音と、いい匂いが漂ってきた。
ちょっと気になってしまった俺は、見られてるのも嫌だろうと思い、気配を全力で消してそっと覗き込んだ。
「……もう少しで朝食できる」
――速攻でばれた!? てことは昨日も最初から俺に気が付いていて、角熊と戦うまで放っておいたってことか!? 何のために? 恩を着せ俺を逃がさないようにするためか?
「っ!? あ、あぁ朝食も作ってくれるのか」
考えを悟られないようにと、あたりさわりのない返答をすると、静かにうなずくのが見えたのでおとなしく大部屋に戻ることにした。
――とりあえず今は言うとおりにしておくか……この後帰りもあるし、装備のチェックもしておかなきゃな……
ポーチを再度チェックし大剣の状態を確認する。
――それなりに受け流したけど、平気そうだな……
と思っていると彼女が入ってくるのが視界に入り武器を床に置く。少しでも敵対行動と思われる行動はしないほうがいいもんな……と今朝のやばい威圧感を思い出し、冷や汗が流れるのを感じた。
「……どうぞ」
と言われて昨夜と同じ席に座り御馳走になることとなった。
スープは昨日と同じく相変わらず美味しい。今朝はパンも焼いたらしく、フワフワのそれを一口分ちぎり口に運ぶ。
「……昨日も思ったが、なんだこれ、うますぎるだろ……」
「……そう? ありがとう」
――あ、声に出てたか!? いや本当それくらいうまい……あの威圧感からのこのギャップは何なんだよ……
と考えつつそのあとは二人とももくもくと朝食を食べ終えた。
「……ついてきて」
と言われるがまま台所を通り家の裏手へでると、台座に乗ったままの角熊の死骸があった。心臓がある場所には子供の拳ほどの大きさの穴が開いており、それ以外の損傷はない。その死骸をみて、改めて昨日の気絶する前の記憶が確かなもので、この子がやったことを再認識させられる。
「……一応血抜きはしてある。台座もこのまま持って行ってもらっていいけど、平気?」
このサイズだとそのまま運ぶのは難しいから、俺も台座を作ってそれに乗せて引っ張っていくつもりだったし、その申し出はありがたい。しかし実際に狩ったのはこの子であり、まるまるもらってしまっていいのだろうか? と尋ねると「……別にかまわない。そのほうがいいんでしょ?」と返ってきた。
――たしかに今回は毛皮がメインの依頼だから、もちろんそのほうがありがたいんだが……高レベルな治療とあのうまい飯をもらったうえでこれはもらいすぎな気もする……これも俺に何かやらせるための策なのかもしれないが、ここまでされたら何かお返しをしたほうがいいよな。
と申し出ると「……ちょっと待ってて」といい、一度家に入り少しすると何かを持ってきた。手に持っていたそれを魔法で削った台座の一部にはめ込むように固定し、それごと台座にも何かを刻んでいる。その文字が一瞬薄く光ると、はめ込んだ丸い石がぼんやりと光り始めた。
「な、何をしたんだ……?」
彼女の手が止まり、作業が終わったと思ったころに話しかけてみた。見た感じあれは魔石だと思うのだが、魔法系の知識が乏しい俺には何をしていたのか全く分からなかった。
「……積載物が軽くなる軽量化の重力魔法を付与した魔石を組み込んだ」
何でもないような風に彼女は答えた。
――それって魔道具じゃねぇか!? こんな簡単に作れるものなのか!? 充填しないと3日ほどしか持たないっていうが、魔石が無事な限り充填すれば再利用できるってことだろ!? それをこんな……といっちゃ失礼だが、ただの板を組み合わせた台座でつくるか? もっとちゃんとしたもので作るもんじゃないのか? しかも、貸すではなくくれるって言ってきやがる……なんだこれ口止め料か?
「……その代わり次来るときに、調味料と卵と布をもってきてほしい」
――礼はするといった手前、また会うのが確定しちまったもんはしかたない……どうせ仕事で来れば合うこともあるだろうし……しかし、わざわざ配達役として頼むにしては貰ったものが多すぎる……
というか角熊の損傷はまだどうにかごまかせるが、この台座はどう考えても無理だ。少しくらい彼女のことを話さないとどうしようもない……隠れ住んでた以上、周りに知られるのが嫌なことはわかってるがこればかりは仕方ないよな……
「さすがにこの台座と角熊の状態を見ると、俺がやったってことにできそうにないんだが……あんたのことを話しても問題とかはないか? い、いやあんたがこの辺りに隠れて住んでいるっていうのはわかってる、だが少しくらい説明しないとほかの人間が探りにくるかもしれないんだ」
「……迷惑じゃなきゃそれでいい」
――なんで威圧してくるの……しっかし、"彼女の迷惑"にならないならいい、か……そりゃそうだよな……じゃなきゃ自分で動いてるわなー……てことはさすがにあちこちで廃村の事とか聞いて回るわけにもいかねぇなぁ……ハンターギルドのギルドマスターくらいなら聞いてもいいか? あの人なら黙っててくれるし、魔道具はギルマスから借りたってことにすればいいだろうし……
と提案すると「……よろしく」とだけ言われたので、その方針で行くことにした。




