51話『研究作業開始』リル視点
本日2話目です。
ギルドマスター室の窓から後続と思われる馬車が見えたため、ミラス博士とカーウィンと3人で町の入り口で待機することにした。
時刻としては日が完全に登り切る前で、2台の馬車としっかりした防具をつけた騎士らしき人が乗った馬が2頭町の入り口に到着した。
馬車の1台は人を乗せる作りで、もう1台は荷物を積めるように幕が貼ってある馬車だった。
荷馬車の方から、軽装で腰に剣を携えている男性が降りてきて、私達に近づいてくる。
「ただいま到着いたしましたミラス様」
「えぇ、ご苦労さまです」
「こんにちはギルドマスター殿。ミラス様より伺っていると思いますが、よろしくお願いします」
「遠いところへようこそ。町にいる間はゆっくりしていってくださいね」
一通り挨拶が終わると、馬車からメイドが1人降りてきて、そのメイドの手を取りもう1人降りてきた。
幾度か領都に仕事で行くこともあり、会ったことはあるのだがあまり会話はしたこともなく、来るとは思っていなかった人物だった。
「もう、あなたはまた勝手に1人でいくんだから」
「ら、ライラ、君も来たのですか」
「もちろん、あんな手紙を受け取ったら、わたくしだって気になりますもの」
若干お怒りの様子でミラス博士に詰め寄るのは、ミラス博士の奥さんのライラ・オルティスである。
つまり前辺境伯夫人ということになるのだが、ミラス博士のフットワークの軽さからして問題はないのだろう。
「別に君をないがしろにしたとかそういうわけじゃないんですよ?」
「えぇ、それはわかっておりますわ。……それで! 手紙に書いてあったものはどこですか!?」
夫婦揃って研究者気質で、妻のライラも夫に負けず劣らず検体を楽しみにしていた。
それなのに置いていかれたばかりか、先に見ることができている夫を羨ましく思っていたようだ。
「とりあえずハンターギルドの中でお話いたしますのでどうぞ」
町の入り口でこのまま立ち話を続けるわけにもいかないので、ひとまずライラ様とお付きのメイドを中に入れる。
「あぁ、あなた達は準備ができてからきてくださいな。護衛は町にいるうちは必要ありませんから、1人だけ付いて残りはゆっくりしてていいわよ」
「一応こちらのギルドからも警護にランク7のハンターをつけますので。馬と馬車はそちらのものにお任せください。研究に使うものはギルドの裏手にお願いします」
「はっ。かしこまりました」
ライラ様は警護をしていた騎士たちに指示を出した後、私に続いてギルドマスター室へと上がっていく。
5人分のお茶を用意したあと、荷下ろし等の準備が終わるまで話をすることにした。
「改めまして、ようこそいらっしゃいましたライラ様。まさか来られるとは思いもよりませんでした」
「わたくしにも敬語は必要ないわよ。ミラスと同じ扱いでいいわ。領都で何度が会っているけれど、あんまり話をする機会はなかったものね」
「それじゃあ普段通りに話させてもらうわ、ライラ博士」
「えぇ、その方が私も嬉しいわ。権力の関わるような事じゃないときですら言葉を選ぶのは疲れるのよ……」
「あはは。この町にいる間だけでもゆっくりしていって」
「ゆっくりしたいのだけれど、今回は研究が目的だからねぇ。それで、あなたのことだからある程度見ているのでしょうけど、どうだったかしら?」
若干嫉妬の感情のこもった視線をミラス博士にむける。
「それはもう素晴らしい検体ですよ。手紙が来たときに鱗は見せたと思いますが、あれがきれいに並んでますからねぇ。あ、もちろんまだ解剖とかはしていないので安心してください」
「それは嬉しいわね。でもまだ検体が新しいうちに内部も見たほうが良かったのでは、と思うところでもあるわね……」
「ギルドの倉庫は保存結界がありますので、ある程度なら大丈夫よ」
「あら、それなら平気ね! 保存結界があるなら、こちらで解剖とかの研究作業させてもらってもいいかしら?」
「それはすでにミラス博士から提案してもらっていて、承諾も手続きもしてあるから構わないわよ」
「これは捗りそうね、楽しみだわ」
それから荷物をおろし終わるまで雑談していたが、途中でカーウィンは荷下ろしの手伝いに行っていた。
追加の研究員3名と護衛の3名は、ギルドの斜め向かいにある宿に泊まれるように手配し、ライラ博士とお付きのメイドはギルドの部屋に泊まれるようにした。
ライラ博士とメイドの荷物を運び込んだあと、ミラス博士とライラ博士と3人で昼食を取った。
着いたばかりなのでもう少し休憩してから作業を始めるのかと思いきや、早く現物をみたいということで、他の研究員も連れてブルーワイバーンを保管してある倉庫へと向かった。
「こ、これはすごいですね、ライラ博士……」
「えぇ。まさかこれほど保存状態がいいとは……戦闘の形跡も首が落ちていること以外ほとんどないなんて……」
「さぁ、それでは作業を始めましょうか」
昨日ある程度見て回っているミラス博士の声で我に返って各々準備を始める。
私とカーウィンも手伝うつもりでいたが、ライラ博士含め4人も追加で来たため、特に手伝える事はなさそうだった。
「鱗1枚でも綺麗だったけど、ここまでしっかりと揃ってると本当に綺麗な青色ねぇ」
「博士、翼膜は特に変化は無いみたいです」
「瞳は少し青い気がしますが、特殊個体というよりは、通常種にも現れるような個体差程度でしょうか……」
「足も特に変わっているところは無いですかね。ただ、鱗は足のほうが強度が高いみたいです」
などと、昨夜ミリーと一緒に見ていたところも、改めて隅々まで観察してメモを取っている。
「鱗はかなり丈夫なのはわかっていましたが、剥いだ下の皮も中々丈夫ですね……」
「あ、ちょっと、ズルい! 私にも試させてよ!」
「それじゃあ、わたくしは落ちている首元を開いてみようかしらね」
「あ、ライラ博士、それなら僕も手伝います」
「それじゃあ私が広げて持っていましょうかね」
――ほんとうに貴族という肩書きを気にしない研究員たちねぇ。仲が良さそうだし楽しそうでいいわね。
「そういえば研究員って何名くらいいるの?」
「私のところは、私ら含めて10名ですかね」
「意外に……」
「意外に少ないって思ったかしら? それでもきちんと成果は上げてるから問題ないのよ」
なんと言っていいのか悩んでいると、その答えが出る前にライラ博士が食い気味に答えてくれた。
「い、いえ、成果というより、前とはいえ辺境伯様が直接携わっているのに、と思って……」
「あぁ、設立したときに我が家から別に資金を出すことはない、と公言したのもあるのかと思います」
「設立……もしかしてミラス博士って所長でした?」
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
「初耳です……」
――前のワイバーンのときもそうだったけど、領主様に連絡したら、研究所としてすぐに動けるとはこういうことだったのね……研究所のことまでは調べていないから知らなかったわ……
「といっても、私は設立した所長という肩書があるだけで、やってることや気持ちはただの研究者ですから、気にしないでください」
「そういうものなの……?」
「私のところはそういうものです」
「それで、資金は出さないっていうのは?」
特に手伝えることもなく、壁際で博士の護衛の人と並んで立っていたカーウィンが質問をする。
「はい、設立当初は辺境伯という地位のお金目当てで、高額な材料で研究するだけして、何も成果は残さないっていう魂胆が見え見えな輩達がいまして、私自身ただの研究者として活動したかったので家からは一切出さないと公言したのですよ」
「そうしたら資金目当ての奴らは一切来なくなったかわりに、あそこの研究所は貴族が道楽で始めたところだから、中身がスカスカ過ぎてなにも得られない。っていう噂が流れ始めたのよ」
「そんな中集まってくれたメンバーで続けているのですよ。今となってはそれなりに成果も上げているため加入申請は来るのですが、これ以上人数が増えると研究所も大きくしなければなりませんし、研究結果の資金だけではまだ増やすわけにも行かなくてですね……」
「わたくしとしては、今のメンバーで少ないながらもきちんとした研究結果を残せている今の環境が好ましいわ」
「まぁ、所長は別に資金は出さないといっておきながら、よく奢ってもらったりしてますけどねー」
「いやいや、頑張りに応じた所長なりのボーナスでしょ」
「ちゃんと成果上げられたときはボーナスもでてるけどねぇ」
「いやそういうことじゃなくてねぇ……」
「ハッハッハ。ほらほら、手が止まってますよ」
「はーい」
「ほんとうに仲がいいのね」
「えぇ、ここはもう1つの家族のようなものですよ」
と言いながら研究員を見るミラス博士の目は、本当に息子娘を見るかのような優しいものだった。
カーウィンさん、いるだけでほとんど動いてないね!!




