5話『お薬を作る』『連れ込まれた……』
男性の応急処置をしたあと、近くの木で台座をつくってそこに角熊をのせ、頭もとに男性ものせる。話す想像すらままならないのに、長時間触れるなんて無理。さっきは咄嗟のことで言葉が何とか出たが、いま思い返すと吐き気がひどい。
――まさか角熊にだけ威圧したつもりが、この人にまでかかっちゃうとは……焦りと緊張でうまく調整できなかったんだろうなぁ……ちゃんと手当はするから許してもらえないかなぁ……やっぱ怒られるかなぁ……
などと考えつつ、重力魔法で軽量化した台座を引っ張って家まで帰る。
――手当するってことは、そのあとお話する機会あるよね……ちゃんと謝ろう……い、いやまって? お話? この人と? うっぷぅ……帰ったら傷薬と一緒に緊張をほぐす薬も作ろう……下手に起きて動かれると面倒だから睡眠魔法もかけておいたし、それくらいの余裕はあるよね……?
家に帰るまでの道中で、帰ってから製薬する分の薬草だけは拾いつつ帰宅する。
角熊を乗せた台座は裏手に置き、男性には浮遊魔法を付与して、なるべく触れないように我慢して大部屋に運び込む。来客用の部屋やベッドなんてないので、とりあえず布と毛皮を敷き、丸めた布に頭を載せる形にして寝かせる。
「お、起きちゃう前にお薬作んなきゃ……」
なるべく音を立てないように製薬室に入り、取ってきた薬草類を整理していく。
すぐ使うものは乾燥魔法で水分を抜いて粉砕し、余分に採取したものは保存魔法をかけた箱に入れておく。
――あの人には悪いけど、まずは緊張と恐怖耐性のお薬を作らせてもらおう……この付近のだとそこまで高品質なものは作れないけど、それでも全然ましだろうし……本来は軍で実戦時の緊張や恐怖を打ち消し、いつも通りに動けるようにするお薬だけど、今の私にはぴったりだよね……あの人を魔獣扱いしてるみたいで申し訳ないけど……
粉砕した薬草を鍋に入れ水魔法で溶かし、火魔法で煮詰めつつ別の薬草を入れていく。冷凍魔法を加減しつつ使い、冷ましてから別の瓶に移し、それを3種類ほど作った後大きめの瓶で混ぜ合わせる。
そんな作業を繰り返し、夕暮れになる前に2種類の自分用の飲み薬と、男性用の塗り薬と飲み薬が完成した。
後片付けをしていると、隣の部屋からあの人が起きる気配がした。私は急いで恐怖耐性と緊張緩和のお薬を飲みほし、効果を確かめるべく会話していることろを想像する。
――よ、よし、想像でも声は出てるし、吐き気もそこまでひどくない。これならいける!
パタパタとお薬をもって隣の部屋に入っていく。
「こ、ここはどこだ……生きてる……のか?」
ちょうど部屋に入ると男性は目をうっすらとあけて、状況を確認し始めた。
「…………大丈夫?……ここは私の家」
最初は声が出ず我慢もしているため、にらむような感じになってしまったが、何とか説明することができた。
「っ!? ……お、お前が助けてくれたのか?」
彼はひどく驚いたように目を見開き、警戒している様子で問いかけてくる。
「……まぁ……そう」
――そもそも私が威圧しちゃったのが原因だしね……
「そ、そうか……あ、ありがとう」
――私が悪いのに、怒るどころか感謝してくれている!? この人いい人なのでは? 初対面だし警戒するのは当たり前だから仕方ないけど、とりあえず傷を何とかしなきゃね。
「……飲み薬と塗り薬……朝には落ち着く」
相変わらず流暢には話せないが、ここまで言葉が出たことに自分も驚く。
「わ、わかった」
男性は薬を受け取ると訝し気な表情のままだが飲み薬を飲み、わき腹の包帯代わりの布を取り払うと目を見開いた。
「傷がほとんどないじゃないか!?」
――え? そりゃあ応急処置とはいえ回復魔法かけたもの。でもそのままじゃ跡は残るし、そのせいで変な肉のつき方したら後々違和感の原因になるかもしれないもん。
「……それ塗っておとなしくしてて」
私はその様子を眺めていると、男性がチラっとこちらを見たあとゆっくりと塗り始めた。
――あ、私が見てるのがやりにくいのかな? それじゃあそろそろ夕食の時間だし、何か作ってこようかな。
「……ちょっと離れる」
それだけ言うと、台所のほうへと向かった。
目が覚めるとどこかの家の中にいた。
「こ、ここはどこだ……生きてる……のか?」
――確か角熊にやられそうになって、目の前に急に子供が……そ、そうだ、その子から異様な殺気を感じ取ったんだ! それで気絶したのか……はぁ、情けない……生きてるってことはあの殺気は俺に向けてではなかったのか……俺の見たものが正しいなら、あの角熊の皮を素手で貫き殺すとかありえないだろう……
思い出していると近くにあったドアが開き、記憶の最後にある子供が何かをもってゆっくりと入ってきた。あの時は確認することもできなかったが、若干ある胸のふくらみをみて、少女だったのかと確認する。
「…………大丈夫?……ここは私の家」
少女はすごい鋭い目つきで話しかけてきた。言葉を発する前から目線はこちらを向いていたため、あっちから話すつもりはなかったのだろうか?
「っ!? ……お、お前が助けてくれたのか?」
――なんちゅうやばい目つきで睨んでくるんだ……ハンターギルドには荒くれものももちろんいる、そんな中20年もやってきた俺が目線だけで怯んだとか……いやしかし、角熊を仕留めてくれたのはこいつか。こいつも角熊を狙ってたからそんな睨んでくるのか? でも最初に手を出してたのはこっちだぞ。謎の威圧のせいでやられちまったけど、手がないわけじゃなかったし。
「……まぁ……そう」
――そういえば傷……たしかに俺は横腹をやられたが、不思議と痛みがほとんどない。この子が手当てしてくれたのか。
「そ、そうか……あ、ありがとう」
角熊のことはともかく、手当てしてくれたなら素直にお礼くらいは言わないとな。
「……飲み薬と塗り薬……朝には落ち着く」
と手に持っていたものを差し出し説明してくれる。「わかった」とだけつげ、訝し気に飲み薬と言われたほうを見る。
――これ大丈夫なんだろうか……治癒の魔法薬は薄い赤のはずだが、真っ赤じゃないか……い、いや、そんな睨まなくても……の、飲むしかないか……
じっと見てくる鋭い目と威圧感に耐え切れず飲むことを選択する。
――何か危害を加えるなら、わざわざ治療したうえで運んでこないよな……本当に大丈夫だよな?
飲み干した後、いわれるがままに包帯代わりの布を取り払い、角熊に切り裂かれた箇所を確認する。
「傷がほとんどないじゃないか!?」
そこは確かに切り裂かれた箇所で、跡のように赤く腫れた状態の皮膚があっただけで、切り傷らしきものは残っていなかった。
――これは応急処置ってレベルじゃないぞ!? そのうえでまだ塗り薬が必要なのか!?
「……それ塗っておとなしくしてて」
――い、いやわかってるって、そんな見なくても飲み薬と言われたものも飲んだし、ちゃんと塗るから睨まないでくれ。
「……ちょっと離れる」
それだけ言うと少女は別の部屋に行った。
――しかしあの目つきはともかく、それに追従してくる威圧感が半端ねぇ……あの時後ろから来たほどじゃないがすげえ怖え……後ろからのは竜種にでも睨まれたかの如く異常な威圧感だったが、あれもあの子が放ったのだとしたら…………逆らうと死ぬな俺……しかし報告の前に接触することになろうとは。ここの事とか親のことも聞けるといいが、あの威圧感に耐え続けるのか……
と薬を塗りながらため息をついた。




