47話『初めての町と人』
飛ぶ感覚になれていないリルは一言も喋らず、私たちは無言のまま飛行魔法を使ってウェルドへと向かう。
命が掛かっているわけでもなく、不慣れなリルも連れているため全速力ではないが、地上を移動するよりはるかに早く近くまで来ることができた。
――おぉ……町だぁ……ぼんやりと記憶にある頃より広くなってるし、建物もきれいになってるなぁ。
町の外周は人ほどの高さの壁で囲っており、外部から簡単に入ってこれないようになっている。木製だから耐久はそこまで高くないが、普段それを壊せるようなモンスターや野盗が出ないこの地域では充分だろう。
さすがに町の中に直接降りるわけにはいかないので、森を抜けるギリギリ手前の町が見えるあたりで地上に降りる。
「……大丈夫?」
「え、えぇ……平気……よ……」
リルが着地してからすぐに地面にへたり込んでしまったので声をかける。
――そこまで長い時間じゃなかったけど、結構堪えてるね……
地上にいると子供の私の身長では中が良く見えないが、そこまで夜遅いわけでもないため、多くの家に明かりが灯っているようだった。
「と、とりあえずここからの予定を説明するわね」
まだ立ち上がってはいないが、落ち着くまでの時間に説明をしてくれるようだったので、町から目を話してリルの話を聞くことにした。
「さすがに私がこの時間に帰って、しかも子供を連れていると怪しすぎるから、ミリーには気配を消して壁を越えて入ってもらうことになるわ」
「……どこに行けばいい?」
「あの見えてる入り口から入ってすぐ左に2階建ての建物が見えるでしょ? あれがハンターギルドで、その裏で待っててほしいのよ」
町を指さしながら場所を教えてくれる。
――通りがまっすぐ伸びてるなら、見えてるあの建物の左手に入ればいいのね。
「この時間だから裏の作業場は使ってる人いないだろうし、職員ももうほとんど帰ってると思うから」
そう聞いて気配探知するが、裏手には気配はなかった。
――ウエェ……気配探知するんじゃなかった……人の気配が多すぎて……町で気配探知は極力避けよう……それかちゃんと絞り込んで使おう……
探知してしまった人の気配の多さで気持ち悪くなり、帰りたくなっている気持ちを抑え込んで話の続きを聞く。
「裏に行ったら、ギルド側から見て左の一番近い倉庫で待っててほしいの。そこにブルーワイバーンを保管してあるから、そこに博士を連れて行くわ。これ倉庫の鍵ね」
立ち上がってポケットから鍵を取り出して渡してくれる。
話をして気が紛れたからか、飛んでいたときの不安感は抜けきっていつものリルに戻っていた。
「それじゃあ私は入り口から向かって、そのまま博士を呼んでくるからまたあとでね」
「……わかった」
そう言うと入り口の警備の人に見えない位置でリルと別れてそれぞれが町へと近づいていく。
私は言われた通り気配を消してからギルドの裏手付近の壁へと向かった。
位置的に警備の人から見えてしまうので、リルが警備の人に話しかけて気がそれたタイミングで一気に壁を乗り越える。
さっき探知した時のままでギルドの裏手には人がおらず、見つかることなく町に入ることができた。
――これくらいの壁なら大人なら簡単に乗り越えられそうだなぁ……まぁこのあたりの潜伏できそうな森には魔獣も出るから野盗なんていないか……逆に子供達が勝手に町から出ない様にしてるってのが意味合いとしては大きいのかな?
などと考えつつ、言われた倉庫の鍵を開けて中に入る。
中にはブルーワイバーンの死骸があるだけで人はいなかったが、結界らしき魔力の流れを感じ取った。
――これは保管用に使われる結界かな? ……これに波長合わせて気配遮断とかの結界を一時的に付与しちゃおう……万が一私の威圧感とかが漏れて人が来ちゃったら……オエ……弁解する余裕なんて絶対にないもんね……
壁に設置してあった結界用魔道具に近寄って、魔力の補給のついでに別の結界を付与する。といっても一時的なもののため、一度切ったら消えてしまうので迷惑にはならないだろう。
作業が終わってブルーワイバーンの死骸を眺めていると、キィっとドアが静かに開く音がした。
「……ってミリーか……まさかこんな早く連れてくるとは……」
静かに中を確認しようとしていたのはカーウィンさんだった。
「……どうしてここに?」
「いやぁ、博士の作業手伝ったんだが、お礼にって飯をおごってもらってて、その帰りに倉庫に入っていく人影が見えたもんでな……フードを深くまでかぶってるし、万が一ってこともあるし……」
――なるほど……確かにいつも以上に深くフードかぶって顔を隠してるし、こそこそと入る様子を見られてたんじゃ盗人と勘違いされててもおかしくないか……気配探知は気持ち悪くなるからしないようにしてたし……
「……そろそろリルとその博士? も来る」
「んじゃあ、その話し合いは一応立ち会っておくか……」
カーウィンさんも参加することになったが、すでに慣れてきている人物なので問題ない。むしろ知らない人と2人きりより気持ち的に楽な気さえする。
そのあとここに来た経緯や、移動手段、その時のリルの様子などの話をしながら待っていた。
コンコンとドアがノックされる音がして視線を向ける。
「ミリー? いるわよね? はいるわよ」
とすぐにリルの声とともにドアが開いて、お茶のセットを乗せたワゴンを引いているリルが入ってきた。
「あら、カーウィンじゃない。きてたのね」
「ミリーが入っていく姿が見えたからな……まさか今夜連れてくるとは思わなかったが……」
「連れて来たのか連れて来られたのか……」
と空中移動のことを思い出したのか、若干遠い目になっているリルを見ていると、その後ろから背の高い大柄で赤髪の男性が入ってきた。
「その子が例の……?」
「え、あぁそうよ。とりあえずドアを閉めましょうか」
リルが男性を中に入れた後ドアを閉めて、壁際にあったテーブルのセットにみんなで座る。
私の対面にリルと博士、左側にカーウィンさんが座り、リルがワゴンからお茶を注いでそれぞれの前に置いた。
「それじゃあ……堅苦しいのは嫌だし、博士から聞きたいことどうぞ? ただ……」
「先ほど言われたことは覚悟しておりますよ。では私から。私はミラスと言います。正式にはミラス・オルティスというのですが……研究者として来ているので、ただの研究者ミラスとして接してください」
その大きな体格から優し気な声と、丁寧な言葉で自己紹介される。
――私にまで丁寧な話し方するんだなぁ。っていうか来る前になんて説明したんだろう……私も自己紹介しなきゃ……と言ってもミリアリアだったこととかは隠しておいた方がいいかな……説明できそうなこともほとんど覚えてないしね……
「……私はミリー……斬って倒したのは私」
博士は私が声を発すると、軽くビクっと反応したようだったが、表情には出さずに至って普段通りにしていた。
「なるほど……こういうことなのですね……はじめはこんな小さい子供が? と思いましたが、ギルドマスター殿の紹介ですし、今の気配で納得がいきましたよ……」
――やっぱり声を出すと威圧感でちゃうのか……言われてから気を付けてるつもりなんだけど、やっぱり話すって行為に意識がいっちゃって無理……
「それじゃあミリーも加えて、再度ブルーワイバーンを調べてみますか」
「えぇ、もちろんです!」
リルに言われて勢いよく立ち上がった博士に続くように、ブルーワイバーンの死骸がある台へみんなで向かった。




