45話『どうしようかしら』リル視点
本日2話目です。
ミラス博士がブルーワイバーンの頭部をじっくりと観察しているのをみつつ、何か聞かれれば答えられるように待機していた。
――まさかこんなに早く来るなんてね……ブルーワイバーンともなれば研究者のミラス様ならすぐに動いちゃうかぁ……50代とは思えない行動力よね……まぁ見た目は30代の息子と"少し年の離れた兄弟"と言われても疑わないくらい健康的なんだけど……人の事いえないけどね。
アニーに伝言を頼んだ際に入れたお茶を一口飲んで窓を眺める。
――カーウィンが出ていった時間的に、そろそろ帰ってきてもおかしくない時間ね。まぁ貴族って知ってるけどカーウィンなら問題ないでしょう。
などと考えているとドアがノックされた。
気配でカーウィンだと分かっていたため、言葉を聞く前に入室を促した。
「失礼します」
「ふふ、珍しいわね」
「いや……しかたないだろう……」
――さすがに知っちゃったから緊張してるのかしらね。以前も会ってるし、その時はもっと友人同士みたいな感じだったの覚えてないのかしら? その対応で平気だったのだから、何も問題ないでしょうに。
どうやら声をかけていいものか悩んでいるようだったので、私が視界に入るように手を振って意識を向けさせると、博士は新しい検体の提供をものすごく感謝していた。
――確かにあの大きさのを解体しないで持って帰るのは稀よね……そういう依頼だったとかじゃなきゃ、売れそうな部位だけ持って帰るわ……
しばらく話した後、倉庫に移動させてから観察を始めることになった。
この倉庫には保存結界の魔道具を取り付けてあるため、起動しておけば腐敗や劣化の進行を遅らせることができる。
生身の肉体は生体魔力によって影響がないが、室温を下げる効果はさすがにどうしようもないので、そこは控えめにしてある。
3人で台に降ろした後、ほかの研究員が来るまでは外観を調べることになったため、特に予定のない私とカーウィンは手伝うことになった。
「それにしても……頭部を見てる時にも思ったのですが……ものすごくきれいな切り口ですね。ブルーワイバーンは魔法耐性もありますし、これはカーウィン殿が?」
首元を観察している博士が急に質問を投げかけてきた。
――あ……まずいわね……カーウィンの武器であの鱗をここまできれいに切断できるかしら……私は氷魔法メインでブルーワイバーンの耐性と相性わるいから、私かカーウィンならカーウィンの方が可能性あるわよね……ミリーの事は話しても平気かどうかまだ考えてる途中だし……
「ふむ……何か事情があるようですね? まぁ我々研究者としては知りたいところですが、この検体全体が重要でそれは些細な事なので、言いにくいのであれば構いませんよ。後から来るメンバーもみんな同じ意見でしょう」
どうしたものかと考えていると、博士が察して助けてくれた。
「ありがとう。ちょっと言いにくくてねぇ……」
「ははは。そういうこともあります。さぁさぁ! まだ見ていないところがあるので、裏返すの手伝ってください」
――前に話して探りを入れた時も思ったけれど、根っからの研究者って感じでいい人なのよね。私とカーウィンだけが知っていて隠しておく方がいいのか、仮にも貴族である博士には話してミリーの味方にしておいた方がいいのか……
今後のミリーのためにはどちらがいいのか考えつつ作業の手伝いを続ける。
――どちらにせよミリーには話して意見を聞いた方がいいわよね……呼ぶことになっても幸いこの倉庫の位置は町の外周だし、気配を消してもらっていれば大丈夫でしょう……問題は博士だけど……
「ねぇ博士。博士はどれくらいの生きているモンスターと対峙したことあるかしら?」
「そうですねぇ……体の研究だけじゃなく、住んでいる地域とかにも行ったとがありますから、それなりにはありますが……」
「威圧感がすごい凶悪なモンスターとかの地域にも?」
「えぇ、まぁ……知ってるかもしれませんが、父がハンター寄りな気質なうえ身内贔屓なしでも戦闘力は高いですから、一緒についていったこともありますね」
「なるほど……確かにレイシス様はかなり強いと聞いてるわね……」
「もう80代なのに全然衰えてる感じがしませんよ……いまだに魔素の濃い森に狩りに行ってるほどですし……」
「相当狩りが好きなのね……」
「爵位が上がる前の下級貴族だったころは、そうやって素材を売って工面してたみたいですからね」
「なるほど……」
――レイシス様の噂は聞いたことあるし、あの方と一緒に狩りについていってたのであれば、ミリーにも耐えられるかしら……
「……リル姉まさか……」
博士には聞こえない程度の小声でカーウィンが話しかけてくる。
「えぇ。ミリーが良ければ全部話してみるわ。何かあった時に貴族様とのつながりがあると、何とかなるかもしれないからね」
「……まぁ反対はしない……ミリー本人だけでどうにかできそうではあるが……」
「それに博士たちは信用できるからね。変に隠し事増やしたくないし。ミリーの所には私が行くわ」
「……そうだな……自己補助魔法もあるもんな」
そうと決まれば早い方がいいと決断して行動を開始する。
「博士、ちょっと用事があるので私はこの辺で。泊まる部屋は前と同じギルドの2階の部屋を。遅くなっても明日の朝にはいるけど、何かあれば受付嬢かカーウィンに」
「えぇ、わかりました。まだしばらく観察を続けるので、一区切りついたら部屋をお借りしますね。カーウィン殿はどうされますか?」
「カーウィンはその一区切りつくまで手伝うわ。終わったら部屋まで案内させるわね」
「お、おう。別にいいけどよ……」
「それではリル殿、お疲れ様です」
「えぇ、また明日ね」
そう言うと倉庫から出てギルドの受付まで移動した。
「アニー、悪いんだけど博士の部屋の用意終わったらカーウィンに部屋の場所伝えて、鍵を預けておいてもらえるかしら」
「わかりましたぁ。マスターどこか行くんですか?」
「ちょっとね……朝には帰ってるから。ちょっと早いけど上がらせてもらうわ」
「わかりましたぁ。お疲れ様ですぅ」
後のことをアニーに頼んだ後、急いでマスター室の後片付けをして自宅に帰り、探索用の軽装に着替えて家を出た。
――さて、全力で移動すれば暗くなる前には着くかしらね。……あ、お礼のお土産……考え始めると時間かかりそうだから、ミリーに直接聞きましょう!
警備の男性に軽くあいさつした後、まだ自分にしか付与できない【ヘイスト】を使って、森へと入っていった。




