44話『もう来てるだと……?』カーウィン視点
ミリーの所からブルーワイバーンを引き取って町付近まで帰ってきた。
まだ夕方までには時間があり、予定通りと言えば予定通りだろう。
「車輪が付くだけでこんなに変わるもんか……台座だけの状態で引いていった時間と大してかわらないとは……ミリーの付与魔法がすごいからか?」
町の入り口で警備に立っていた男性に軽くあいさつした後、ハンターギルドの裏手に荷台を引いていく。
裏手に曲がるときに横目に見えた配達屋がなんだか忙しそうだったが、ちょうど荷物などが届いたのだろうと特に気にせず通り過ぎた。
ギルド裏の広場に荷台を置いた後、保管用の倉庫を開けてもらおうとギルドに入って受付に向かう。
「よお、ただいまっと。今朝リル姉に言われてた荷物持ってきたんだが、リル姉から何か聞いてるか?」
アニーが受付にいたため指示を受けていないか聞いておくことにした。
「あ、おかえりなさぁい。えっと、荷物はいったん裏手に置いておいて、マスター室に来るようにとのことですぅ。あ、ミラス博士が来てますよぉ」
「……は?……昨日の今日で来るとかマジか……」
「マジですぅ」
苦笑していると、にっこりといい笑顔でアニーに返される。
――前のように気軽に話してもいいんだろうけど……貴族様って聞いちまったしなぁ……まぁ行くしかないんだが……
どう接していいのかまとまらないまま、軽く頭を掻いてマスター室のある2階への階段を上っていく。
若干緊張しつつ、覚悟を決めてマスター室をノックする。
「カーウィンね、入りなさい」
俺が名乗るより早くリル姉に入室を促されたので、「失礼します」と一応声をかけてドアを開ける。
「ふふ、珍しいわね」
「いや……しかたないだろう……」
俺が入室の際にまともに挨拶したことを笑われたが、仕方がないと思う。
普段はマスター室と言ってもリル姉の職場の個室だし、普通に町とかで会っても家族や友人にする感覚の軽い挨拶くらいしかしないが、今は貴族と知ってしまったミラス博士がいるのがわかっているのだから。
その博士はというと、俺よりでかい体を丸めてブルーワイバーンの頭部を隅々まで観察しているようで、俺の入室に気が付いていないようだった。
――この場合どうすりゃいいんだ……? 邪魔なんてしたらどうなるかわかんねぇし、ひと段落着くまで待つのがいいのか? ……前回会ったときは知らなかったとはいえ、もっと友達感覚で話してたが……
「ほぉら、ミラス博士。お待ちかねのものが帰ってきたわよ」
そう考えていると、リル姉が博士の視界に入るように手を振って意識を向けさせる。
――貴族様って知っちまってると、そういう行動はいかがなものかと考えちまうな……
若干苦笑しつつリル姉の行動を見ていると、博士が俺に気が付いたようで席を立った。
「おぉ、おぉ! 君は前回の時もいた……カー……そうだカーウィン殿でしたね」
「覚えていてもらって光栄です。敬称も必要ないですよ」
「以前同様もっと砕けた感じで構いませんよ。私の口調は癖なので気にしないでいただけるとありがたい。それで覚えているも何も、この付近でこんな綺麗なモンスターの素材を研究させてくれる人物を忘れるわけがないじゃないですか!」
徐々に近づいてきて力説しつつ、感謝を伝えるように手を握ってくる。
「そ、そうか?」
「えぇえぇ。ギルドに売ればもちろんお金になりますし、大体の場合は持ち帰って売るために運びやすいように解体されてしまってるのですよ……解体前の状態で持ち込まれる死骸は貴重なんですよ」
強く握られていた手を放して、先ほどまで見ていたブルーワイバーンの頭部に視線を向ける。
――確かにあの大きさを解体しないで丸ごと運ぶとなると重労働だわな……売れる部分とかを解体してそれらだけ持ち帰るのは普通か……
「それでカーウィン殿、胴体の方はどちらに」
「普通にカーウィンって呼んでもらっていいんだが」
「いえいえ、このような立派な検体を再び提供してくれた方にそんな失礼はできません!」
「そ、そうか……」
「それで胴体はどちらに!」
「ギルドの裏の荷台にあるが……」
「是非すぐにでも見たいのですが、かまいませんか?」
「それはリル姉……ギルドマスターに聞いてくれると……」
俺がちらっとリル姉を見ると同時に、博士も早く許可を出してほしそうな視線を送っていた。
「かまわないわよ、それじゃあ行きましょうか」
若干苦笑しているリル姉がそういうと、俺たち3人は一緒に下まで降りて外に出た。
「一応人目に付かない様に保管用倉庫に入れてからにしましょうか」
今は布で覆っているので見えない状態だが、布の中に潜って作業すわけにもいかないため、保管用の広めの倉庫に移すことにした。
倉庫に入れた後、布を取って胴体をみえるようにすると、部屋から出た時からソワソワしてた博士が飛びつくように観察を始めた。
「お、おぉぉ、おおぉ! これはすごい……いや本当にきれいな検体だ……」
まだ固定用に胴体を縛ったロープがそのままだが、気にすることなく翼や胸部などを調べていく。
「博士、荷台の上だとやりにくいでしょうから、一旦その台に下ろしましょう?」
「そうですね。カーウィン殿手伝っていただけますか」
「お、おう。それじゃあ尻尾はリル姉持ってもらえるか?」
「えぇ、いいわよ」
そういうと、左右に俺と博士、比較的重量のかからない尻尾をリル姉に持ってもらうことになって荷台から降ろす。
――いや……博士力強いな……その見た目通り膂力ありすぎるだろ……
思った以上に軽く感じたため、その分博士の方に重さが寄っているはずなのだが、顔色一つ変えず持ち上げていた。
それどころかこの後じっくり観察できることを考えて、わくわくしているようないい顔だった。
「ふぅ、これで見やすくなりましたね。この倉庫は保存系の結界もありましたよね?」
備え付けの台に下ろした後、博士は倉庫の内側をぐるりと見渡す。
以前ワイバーンの時にも使っていた倉庫なので、そういった結界魔法が発動可能ということは覚えていたようだ。
「えぇ、人体に影響ない程度に室温を下げつつ、劣化速度を遅らせる結界を起動しているわ」
「素晴らしいですね。領都にある我々の研究施設と同レベルの保存結界がギルドの保管倉庫にあるとは。ここならじっくり研究できそうですよ。領都まで持って帰るとなると、さらに傷んでしまいますからね……」
「この倉庫は関係者以外入れない様にしておくわ。終わるまでほかの荷物は別の倉庫に入れるようにするから、気楽に使って」
「何から何までありがとうございます。ではまだ私1人ですが、ちょっと先に調べさせて貰いましょうか。お2人も予定がなければお付き合いしてほしいのですが、かまいませんか?」
「えぇ、何かあれば呼びに来るように言ってあるからかまわないわ」
「俺も今日はこれを運ぶ依頼だけだから平気だが」
「それではよろしくお願いします。いかんせん力はあっても体1つだと調べながら動かすことも難しいですからね……」
「ふふ、それはそうね」
冗談を言う様に苦笑しつつ頭を掻く博士に、軽く笑いながらリル姉が答えて胴体へ寄っていく。
「ほかのものが来るまでに傷を付けたら怒られそうなので、それまでは外観を観察していきましょう」
――怒られるって……本当に貴族っていう肩書なんて無いものとして生活してそうだな……
まじまじと観察を始めた博士が見やすいように翼を広げたり、裏返したりと動かすのを手伝った。
「それにしても……頭部を見てる時にも思ったのですが……ものすごくきれいな切り口ですね。ブルーワイバーンは魔法耐性もありますし、これはカーウィン殿が?」
――や、やばい。俺の大剣だとそんな切れ味なんてないし、俺の技術だと疲弊したところでもそこまで的確に首を狙えるかすら怪しい……いやぁ、この質問の可能性忘れてたわ……というか持って帰った直後に博士と会うことになるとか思わないだろうよ! あの時間に出した手紙ならどれだけ早くても、馬車なら翌日になるはずなんだから!
チラっとリル姉を見ると、リル姉も同じようなことを考えていたようで、若干の焦りが感じられる。
――確かに本当のことをいうわけにもいかないか……ミリーはいいっていうかもしれないけど、あの威圧をどう取られるかもわからないし……どうするリル姉。
「ふむ……何か事情があるようですね? まぁ我々研究者としては知りたいところですが、この検体全体が重要でそれは些細な事なので、言いにくいのであれば構いませんよ。後から来るメンバーもみんな同じ意見でしょう」
「ありがとう。ちょっと言いにくくてねぇ……」
「ははは。そういうこともあります。さぁさぁ! まだ見ていないところがあるので、裏返すの手伝ってください」
言いにくい空気を感じ取ってくれた博士の言葉に救われた俺たちは、指示通りに胴体を動かして観察の手伝いを続けていった。




