40話『大事にならないといいが……』カーウィン視点
ミリーの家の作業場にブルーワイバーンの胴体を置かせてもらい、俺とリル姉は一度町に帰っている途中だった。
ワイバーン種と言えど大きさはそこそこあるので、リル姉のマジックバッグに入らないためだ。
――行くときに回収した角イノシシも入ってるしなぁ……もし入ってなかったら入ったか? 胴体だけならまだしも、翼としっぽの分を考えるとさすがに無理か。
「それで明日なんだけど。多分あなただけで引き取りに行ってもらうかもしれないわ」
「それは構わないんだが。やっぱ忙しくなりそうか?」
「そうねぇ……ミリーが持ち帰ったほうのブルーワイバーンは見なかったことにするけど、私たちが戦ったほうの個体でも通常より鮮やかな色合いだからねぇ……」
本来のブルーワイバーンと呼ばれている個体はもっと黒っぽい青色らしく、鮮やかになるほど強く珍しいらしい。
――俺はワイバーンの特殊個体となんて戦ったことなかったからなぁ……ほぼほぼウェルド付近で生活してたから、ほかの地域のモンスターも詳しくねえし……
「その件で、もしかしたら王都とまではいかないけれど、領主様のところの研究者が来るかもしれないのよねぇ……」
「領主様というとオーキンス辺境伯のところか?」
「そうよ。自分の領で出現したモンスターだもの。下手したら領主様自ら来るかもしれないのが問題ね……」
「まじかよ……」
「現当主はファルド・オルティス様だけど、2代前のレイシス様がなかなかな戦闘能力持ちでねぇ……まぁそのおかげで戦果を挙げて辺境伯になってるわけだけれど……そのおじい様の血に先代の研究者だったお父様の血がいい感じに合わさって、自分から狩りにでては研究もしてるらしいのよねぇ……」
――まじかよ……まぁ辺境伯の爵位もらってるだけあって戦えはするんだろうけどさ……
「今だから言うけど、あなたも前当主には会ってるわよ」
「……貴族様と会話した記憶なんてないんだが……?」
「以前ワイバーン狩ったときに来てたミラス博士がそうよ」
「まじか……全く気付かなかったんだが……教えてくれよ」
「本人が現当主でもないし、研究者として扱ってくれていいし、敬語とかも必要ないって言ってたからね。教えてたら変にかしこまったりするでしょ?」
「そりゃそうだけどさ……だが、前の当主が5年ほどで息子に当主を譲った理由は分かったわ……仮にも国境付近の防衛を任されてる家の当主が研究熱心ってなるとな……しかも息子のほうは戦闘も出来るみたいだし」
「そういうことね。まぁだから今回もミラス博士が来るかもしれないのよねぇ」
「まぁいいんじゃねえか? 一回会ったことあるし、そこまで面倒にはならないだろ。……貴族様だったってことは忘れたいが……」
「まぁなんにせよミリーの事は伏せておきたいわね……」
「そりゃそうだ……」
――本人が貴族扱いじゃなくていいっていっても、何かしらあった際に問題が大きくなりやすいのは間違いないからな……
「というかリル姉ってもっと貴族嫌いじゃなかったっけか」
「この国の貴族にいいイメージはないけれど、オルティス家は別ね。まぁ貴族の中にもいい人達はいるものよ。エルフを追ってきたヤツらは王都のハンターや兵だったみたいで、オルティス家は一切関与してないらしいしね」
「あぁ……その件で嫌ってるのか……ていうか自分の領なのによく兵とか出さずにいられたな……」
「ちょうど山から魔物が降りてきてて兵がいない、その調査等に出払っていたらしいわ。ミラス様にはワイバーンの件で合わざるを得なかったけど、勘づかれない程度に探りを入れたらいい人達だったわよ」
「当人のリル姉がそう言うなら平気そうだな。確かに貴族って感じはしない博士だった記憶はあるけど……平気なんだよな?」
「心配しすぎよ。それにまだ来るって確定したわけじゃないからね」
などと話しつつ町への帰路を急いだ。
補助魔法をかけてもらっていたが、結局町に着いたのは日が落ちてからだった。
ギルドの前でリル姉と別れて夕飯等を済ませ、翌日ミリーのところへ行く予定になっていたため、早めに休むことにした。
翌朝起床して朝食をとった後、台車を引き取りにギルドへと向かった。
久しぶりに雨が上がったためか、朝早くからあちこちに洗濯ものを干している姿が見られた。
――あぁ……うちもいい加減洗わねえと……昨日はさっさと寝ちまったからなぁ……
帰ったら済ませようと決めてギルドの扉を開く。
「おはようさん。リル姉きてるか?」
「おはようございますぅ。来てますよぉ。どうぞー」
とカウンター横から入る許可をもらい、ギルドマスター室をノックする。
「ん、カーウィンね、入って」
声をかける前に入室を促されたため、ドアを開けて入室する。
「これから引き取りに行こうと思うんだが、なにかあるか?」
「これといってないわね。一応人目に付かないように、かぶせる用の布を持っていってほしいくらいかしら」
「大きい布な、了解。んでブルーワイバーンの報告はどうなった?」
「一応頭部はあるし、胴体もあなたが取ってきて今日中には保管できそうだから、今朝の便で一応報告は出しておいたわ」
「てことは返事はどれだけ早くても昼間か夕方だな」
オルティス家の治めるオーキンスという町は、このウェルドの町から直線距離で見るとそう遠くはない。
ウェルドの町の北の森を抜けて大きな湖を渡り、さらにそこから北東へ行けばオーキンスがある。
しかし森には魔獣や魔物の出現もあるため、東回りに大きく迂回する必要があるのだ。
「そうね。1日開けた分の書類整理もあるから、やっぱり引き取りにはあなただけで行ってもらうことになるわね……お礼の準備もできてないし……」
「後半が本音じゃないだろうな……まぁさくっと引き取ってくるわ。あの荷台があれば、昼間には帰ってくると思う」
「えぇ、よろしくね」
「はいよ」
マスター室から出た後、裏に置いてあった荷台に布を積んで出かける。
町の入り口で警備している男性に軽くあいさつした後、すぐに森へと向かった。
魔獣などに出会うこともなくある程度森を進んでいくと、急にどでかい気配を感じ取り臨戦態勢に入る。
気配のした方向に視線をむけると、木のそばにフードを深くかぶった小柄な人影が見えた。
――フードから出ている髪の色的にミリーだよな……というかこの森でミリーのほかにこんな威圧感出せる小柄な人物なんていないわな……よく見たらその後ろにマッドゴーレムもいるし……
「お、おはようさん。今日は採取か?」
「……そう……天気もいいから」
「ゴオ!」
――天気もいいという割には、しっかりフードは深くまでかぶるんだな。木々もあってそこまでまぶしくないだろうに。まぁ会ったときからずっとこうだし別にいいんだが……そしてゴウは元気だな。ゴーレムに元気ってのもなんか変な話だが……
「これからブルーワイバーンの胴体を引き取りに行きたいんだが」
「……私もちょうど終わったから一緒に行く」
「そ、そうか。それじゃあいくか」
――そのまま採取してくれててもよかったんだが……まぁ裏の作業場とはいえ、ミリーの家だしな……それに採取も終わってるなら仕方ない……
断ることはできないと早々に諦めて、ミリー達と森の奥へと向かっていった。




