4話『痕跡をたどる』『獲物と報告事項』
出かける準備をしつつ、今日はどの方向に向かおうかなと考える。
――さっき視線を感じた方向を一応確認しておこうかなぁ。そもそも人は来ないような場所ってことだから、魔獣が動いている私を見てただけだろうけど。森からこの家までは木々もなくて開けてるし、魔獣なら来ないだろうけど、知性のある魔物の斥候とかだと後々が面倒だ……
屋根を完成させる前には視線を感じなくなっていたため、時間はそれなりにたっているが、正直襲撃されたとしても魔法もあるし、大けがをするようなことはないと言い切れるので悠長に考えていた。
ただただゆったりしてるときに来られるのも面倒なだけである。
――ところどころ記憶が抜けてるのに、この戦闘面に関しては絶対の自信があるのが何とも不思議だなぁ……まぁあの異名だらけの魔女の話が自分ってなると納得だけどねぇ……
準備を終え、視線が飛んできていた方向の森へと入っていく。
「気配は小さかったけど、このあたりの草木の折れ方からして、成人男性サイズってところかな。ゴブリンにしてはでかいし、ワーウルフかなぁ。オークならそもそもこんなうまく身を隠さないし。ワーウルフだといいなぁ。素早いけど倒しやすい割に毛皮がフッワフワで気持ちいいんだよねぇ。ワーウルフであれ!」
毛皮に包まれた感触を想像し、気が緩んだ表情になるのがわかる。
――そうなるとさっさと見つけて狩っちゃいたいね。
と気配を探りつつ痕跡を頼りにどんどん奥へと進む。
――でもこの先って山とか洞窟とかもなかったし、記憶通りなら村があるはずなんだけどなぁ? ワーウルフなら洞窟とかに住処を作るだろうし……もしかしてこの50年でその村もなくなっちゃって、跡地に住み着いたのかな? そうだとすると次に人にあえそうなのは、人が多そうな街なんだけど……街にはいきたくないなぁ……
記憶にある付近の地図と照らし合わせ進路方向に、ワーウルフが住み着きそうな場所がないことを確認し、村を乗っ取られた可能性を考える。
――まぁワーウルフじゃない可能性もあるしか。お、そろそろ追いつくかな?
2つの気配を感知するが、両方ともそれなりな大きさで、思っていたのと違うなと首をかしげる。
念のため気配を消し、ゆっくりと近づいていくとどうやら戦っているようだった。
――うわぁあああ、に、人間だぁ……え、なんでこんなところにいるのぉ……? あ、相手は魔獣化した熊か、単体だしすぐ終わっちゃいそうかなぁ……むしろさっさと倒してどっかにいってくれないかな……
人間に出会ったことにより、若干気が動転して気配が漏れた気もするが、それに気が付かないほど戦闘に集中しているようだった。
「っくそ! なんだって帰り道にあっちまうかねぇ……まぁもともとはお前を狩りに来たわけだが、あの廃村のことも気になるってのに!」
男性はそんなことを口走りながら、大剣で熊の攻撃をいなしつつ隙を窺っている。
――あ、あれ? もしかして私を見てたのってこの人なんだろうか……あの廃村付近は人が来ないんじゃなかったのぉ……い、いや私は人見知りを克服して仲良くおしゃべりとかしたいんだ! ……でもまだ心の準備ができてないよぉ……
内心慌てつつ戦闘を観察する。男性はその大剣を軽々扱ってる。それならそんな熊すぐに倒せそうなものなのになぁと不思議に思う。
「なるべく毛皮がきれいに取れるようにつったって、なかなかそんな隙みせてくれねぇよなぁ」
再度熊の攻撃をしのぎながらぼやいている。
――なるほど、毛皮が欲しいのね。たしかにあの3メートル近い大きさなら壁に飾るにしても敷物にするにしてもかなりなサイズになり、いい値段にもなりそうだ。あの力があれば胴を両断することもできそうだけど、しないのはそのためかぁ。
と思っていると熊と私の直線上の間に男性が位置を取る形で構える。
――早く討伐していなくなってほしいし、ちょっとお手伝いしてあげようかな……
と熊を怯ませようと威圧を放つ。それに気が付いたようでビクッと硬直した。
――ほら今のうちに! ……あれ……あれ?
硬直したのは熊だけではなく、男性にも威圧がかかったようだ。ものすごく焦ったようで、目の前に敵がいるにもかかわらず、体を半分振り返るようにしてまでこちらを確認しようとしている。
私は気配遮断しているため気づかれていないだろうが、敵を目の前にしてそれはやってはいけない行動だ。
――ちょ、ちょっと早く熊を! って先に熊が動きだしたし、まだこっち気にしてるし!? え、これ私が熊のほうを手助けしたみたいになっちゃってるけど!?
とアワアワしているうちに熊の攻撃が男性へ襲い掛かる。
「っ!? なんだ今のは!? っく、まずい……」
私の急な威圧を受けだ男性は、熊から目を離した隙に来た攻撃をうまくいなすことができず、体制を崩してしまう。崩れた体制を戻す暇もなく、わき腹に思い切り攻撃を食らってしまった。
爪に引き裂かれつつその衝撃で横にすっ飛ばされ、木にぶつかりずるずると座り込む形で落ちていく。
「ぐっ……しくった……情けねえな……」
男性の大剣は熊の近くに落ちており、その体制から次の攻撃が来れば死を意味する。
――ああああああ、まずいまずい! え、出ていく? 本気で? いや確かに私のせいだけど、まだ心の準備が……いやいや、そんなこと言ってたらあの人死んじゃう!?
人前に出ることに恐怖がある私は行動が遅れてしまう。そのあいだにも熊は男性にゆっくり近づき、右手を振り上げていた。
――あ、だめ、魔法は巻き込みそう!? ええええええいいいい!
私は身体強化を使って男性の目の前に瞬間的に移動した。熊の手を左手で軽くはじき、明確な殺意をもって右手で心臓部分を突き刺し、そのまま心臓を握りつぶす。熊はそんな私を攻撃しようとするが、結界魔法で私に届くことはない。
3度ほど攻撃をしのいでいるとだんだん熊の動きも鈍くなり、ズゥンっとその場に崩れ落ちた。
――……そうだよ……最初から結界魔法ではじいてあげればよかったじゃん……いや、反省は後で、怖いけど確認しなきゃ!
「……ごめんね……大丈夫?」
と恐る恐る男性に振り返ると、男性は気絶していた。
――えぇ……はっ! と、とりあえず手当てしないと! 切り傷は深いから回復魔法に追加でちゃんとした薬を使ったほうがいいね。てなると家まで運ばなきゃ……この熊も持って行ったほうがいいだろうし、その辺の木で簡単な台座を作って、重力魔法を使って引っ張っていくしかないかぁ……
回復魔法のみで完治も可能だったが、自身の魔力量がいまだに把握できていないため、少しでも魔力は節約しようとする。
男性に失血死しない程度に回復魔法で傷をふさぎ、安定したことを確認すると台座づくりを始めた。
俺は廃墟のことや子供のことを聞くために町に戻ろうとしていた。
ある程度離れた頃、近くに大型の気配を察知する。
――あー、もしかして依頼のやつか? 長けりゃ1週間は山籠もりかもなぁとか思ってたから、見つかるのはうれしいんだが……うん、そうだな報告は急ぎじゃないし、狩ってから納品ついでに報告するか。
気配の方向へ行くと、お目当ての角熊がいた。3メートル近い体格で、あれなら十分依頼の条件に当てはまると判断し、あたりに仲間がいないかだけ確認する。
――よし、単体だな。ちょうど大剣を振るえるくらいの広さだし、狩るか。
と、先手を取ろうと気配を殺し近づくが、剣の届く距離より先に気づかれてしまう。
「まぁさすがにそう簡単にはいかねぇよなぁ」
余裕の笑みすら浮かべ、きちんと構えて角熊と対峙する。
魔獣の熊といえど過去に狩ったこともある。ここまでのサイズではなかったが、狩る自信があるのは確かだ。
その時は肉の納品だったため、腕を斬り攻撃させないようにして、頭部を狙って狩っていた。魔獣化してるだけあって、こんな大剣でも腕ですら両断することは難しい。
――あんときもそれなりに時間はかかったが、今回は皮が欲しいってことでできるだけ傷はつけらんないのが面倒か。
今回の依頼は『魔獣化した熊をできるだけきれいな状態で討伐してくれ』とのことだった。たしかに魔獣化した獣の毛皮は手触りもよく、劣化もしにくく多方面に優秀だ。それも魔素が取り込まれているからだろうとされている。その分難易度も上がりはするが。
何度か攻撃をしのぎ、隙を探すがなかなか見つからない。むしろ前回に比べてでかいだけあって、攻撃をさばくのにもかなり集中している。
「っくそ! なんだって帰り道にあっちまうかねぇ……まぁもともとはお前を狩りに来たわけだが、あの廃村のことも気になるってのに!」
これは前回の倍以上の時間はかかるなと思い愚痴ってしまう。廃村のことが気になるのも確かだが、思ったように攻撃をいなし隙を作れないことに若干の苛立ちを覚えていた。
「なるべく毛皮がきれいに取れるようにつったって、なかなかそんな隙みせてくれねぇよなぁ」
落ち着くためにそんなことを口走りながら苦笑する。
――これが肉を取ってこいとか、小さくてもいいから皮や骨を取ってこいなら、前回同様の戦法でどうにかなりそうなんだがな。
それから何度か攻撃をいなしつつ隙を作ろうとし、位置を調整しながら戦っていた。
また仕切り直しだなぁと考えていたところ、急に後ろからとんでもない威圧が飛んできた。
今まで受けたことのないレベルの威圧を受け、咄嗟に獲物から目を外し、体を半分後ろに向けてまで確認してしまう。
「っ!? なんだ今のは!? っく、まずい……」
硬直していたのは熊も同じようで、意識を獲物に戻す寸前まで攻撃は来なかった。それでもあちらは正面を向いているだけに攻撃への移行は早く、俺はその攻撃をさばき切れずわき腹にくらい吹っ飛ばされる。
完全に不意を突かれた状態での攻撃をうけ大剣すら手放し、打ち付けられた衝撃と切り裂かれた痛みで顔がゆがむ。
「ぐっ……しくった……情けねえな……」
――そもそも一撃もらっただけでこれか……不意を突かれたような状態とはいえ、軽減用に気を張ることもままならず、防御にもつかう武器すら手放してしまうとは……
ソロで活動しているだけあって、注意力や集中力もかなりあるほうだった。とはいえ受けたことのないような未知の威圧を、意識していなかった真後ろから受けて平常に動けるわけもなく、その結果一撃で瀕死状態に陥っていた。
それでもソロで活動する以上、最終手段としての道具はもっていたりする。
――負担もあるからあんまり使いたくはなかったが、死ぬよりは全然ましだな。
ポーチに手をいれ、魔法石をギュッと握る。
込められている魔法はカウンターに近い魔法で、敵の攻撃を弾きつつそのエネルギーに比例した数倍の衝撃波を打ち出す魔法だ。対策をしていないと、打ち出した衝撃波の反動をある程度受けてしまうが、今のような状況だと仕方ない。
――よしっ、こい!!
角熊が腕を振り上げるのを確認し、魔法石の発動の準備をする。
腕を振り下ろされる瞬間、目の前に人影が現れた。
その影は小さく子供のようで、しかし熊の攻撃は開始されている。
――なっ!? 何!? 危ない!
そんな思いは言葉にでる事もなく、致命傷を受けているため体もすぐに動くわけがなく、見開いた目でみているしかなかった。
その子が軽々と熊の攻撃を弾き、とてつもない殺気と共に心臓部に右手を突き刺す様を。
その様子を最後に、気絶しないように耐えていた意識は急に放たれた殺気により耐えられなくなり、あっさりと意識を手放した。




