39話『一握りの不安』
雨による被害がないか確認しながら帰ったが、特に大きな被害は無いようで安心した。
家に着いた私たちは、裏の作業場にブルーワイバーンの死体をおいて、マジックバッグに入れてもらっていた素材等を取り出していた。
リルがギルドに出した調査の手続き上、今日中に帰ったほうがいいとのことで移動はなるべく早くしたが、それでも日が傾き始めるころになっていたので荷物の確認を素早くする。
「本当なら今日も泊まらせてもらいたかったのだけれど、このブルーワイバーンの報告書とかも書かなくちゃいけないのよね……手間取りましたって報告して明日帰ろうかしら……」
「すでに雨はやんでるからその言い訳はきついだろ……おとなしく今日は帰ろうぜ……」
呆れたようにカーウィンさんが、自分の荷物を整理しながら帰りを促す。
「貰った回復ポーションのお礼……には程遠いが、肉を置いていくから食ってくれ」
整理していた荷物から、山で襲ってきた角狼のお肉を取り出して机に置く。
――新鮮なお肉だ! 夕食に使わせてもらおう。私もマジックバッグ作ろうかな……外気にさらされない分鮮度落ちにくいから保管に便利だもん。採取とかでもつかえるし。
「それじゃあ、体の方はまた明日あたりに取りに来るわ。昨日貰った石鹸のお礼もね」
「さて、完全に暗くなる前に町に帰っちまうか」
荷物の整理を終えたカーウィンさんが腰を上げて、軽く体をほぐすように伸びをする。
リルもマジックバッグの中身を確認し終えて移動の準備が終わった。
「カーウィンに【ヘイスト】お願いできるかしら。私は自分で使ってみるけど、ほかの人にかけられそうにないから……」
「……わかった」
カーウィンさんに【ヘイスト】を付与している横で、リルは自分にかけているようだったが、どうやら成功したようだ。
「この補助魔法使えるようになったのかよ……」
「まだ自分だけだけどね。練習してそのうちほかの人にもかけられるようにするわ」
と拳を握りやる気を出していた。
「ほんとギルドマスターにしておくにはもったいねえよな……」
「それじゃあまたねミリー」
「……うん」
そう言うと2人が森に入って見えなくなるまで背中を見送った。
貰ったお肉を台所の保存箱にいれて、ゴウを呼ぶ。
「ただいまゴウ。リル達は今日は急いでるみたいだから、帰っちゃったよ」
「ゴオ。ゴオ?」
軽くうなずいたあと、私が持っていた卵を見て首をかしげていた。
「あぁ、後で話すから作業場の皮とか骨を持ってきてもらえる?」
「ゴオ!」
と裏の作業場に向かったゴウと入れ替わるように大部屋へと入っていった。
――確かまだ布が余ってたから、それをこの辺りに敷いてっと。
部屋のど真ん中とかに置いておくと、蹴ったりしてしまう可能性もあるので、角の方に布をたたんで厚みを付けた上においてあげる。
孵る前に動くかわからないけれど、殻を割る時に動いて落ちても大変なので床に直接敷く。
「これでよしっと」
「ゴオー」
優しく卵をひと撫でしたところで、ゴウが素材を持って部屋に入ってきた。
「この卵はワイバーンの卵だよ」
「ゴオ」
私の近くに寄ってきて卵を見つめる。
「ワイバーンの卵だから丈夫だと思うけど、自分で割って出て来るまでは触るときは優しくね」
そういうとゆっくり右手を伸ばしてスリスリと卵に触れる。
「ゴ、ゴオ」
――感動してるのか、ヒト以外の生き物への初接触で戸惑っているのか……これはこの子が孵ってからの反応も楽しみだなぁ。
しばらくスリスリと卵をなでるゴウを眺めていると、日が落ちて暗くなってきたのでランプを付けて夕飯の準備を始めた。
夕飯後にお風呂に入った後、いつものようにゴウに入れてもらったお茶を飲みながら卵を眺める。
――そういえば特に何もしなくても孵るってお母さんワイバーンは言ってたけど……どれくらいで孵るんだろう……というか孵った直後って何食べるの?
引き受けた以上ちゃんと育てるつもりだが、孵ったばかりの飼育方法など記憶にない。
「うぅーん……ミリアリアの頃の本にあるかなぁ……世間の評価では私は魔女だったらしいけど……すこしはかじってないかなぁ……」
魔法を使う人を大まかに魔法使い、魔道具師、錬金術師などの職業として言われることがあるが、魔女と言われる人は少ない。
主に攻撃魔法や回復魔法が使えて、さらに魔道具も作り、薬師や錬金術師の領分である製薬もしっかり出来るような存在を魔女と呼んでいる。
普通はその分野に集中して伸ばすためほかを伸ばす余裕がなく、それらを高水準でこなせる天才たちを魔女と呼ぶようになっていた。
――まぁ私の場合は天才かどうかわからないけどね……今の私になるまでに200年生きてたってことは、その分ほかの人よりは時間はあるんだから……私みたいに若返りだの寿命を延ばすだのしてる魔女もいるかもしれないけれど、今の私は覚えてないからなぁ……
そんなことを考えながら本棚をあさり、それらしいものを見つけては開いてみるが、欲しい情報は記入されていなかった。
――成体になると雑食で、お肉も野菜も普通に食べるみたいだけど……雛はわからないかぁ……まぁ私の場合研究者って感じじゃないみたいだしなぁ。戦闘と生産系スキルの面から魔女って言われてたんだろうけど……特に戦闘特化の魔女だったみたいだし、モンスターとかの生体情報は実際に戦ったもののことばかりだよねぇ。
全ての本を確認するには時間がかかりすぎるため、諦めて椅子に座って考え込む。
「まぁお母さんワイバーンからも特に言われなかったし、どうにかなるかな。……なるよね? 一応明日来た時にリルに知り合いにわかる人いないかだけ聞いておこう……」
若干の不安を抱えたままその日は眠りについた。
翌朝数日ぶりに鳥たちの鳴き声を聞きながら目が覚めた。
雨の日でも鳴いている鳥はもちろんいるが、晴れている日の方が多いのは間違いない。
ベッドから出て着替えた後は、日課になっているゴウの入れてくれたお茶をのみながら、ゴウに魔力補給してあげつつ当日やることを考える。
「今日はブルーワイバーン引き取りに来る予定だけど、何時ごろか聞きそびれたなぁ……まぁ手続き? とかもあったみたいだし、遅くなるかもしれないから言わなかったのかな」
机に両肘をついて両手で持っているカップからお茶をすすり、窓から見える森の方を眺める。
――雨もあがったし、ポーションの材料でも採りに行こうかな。カーウィンさんに渡した分で少し減ってるし、新鮮な方がいいもんね。
そう決めた後、いつもの探索用の服に着替えて外套を羽織る。
遠出するつもりでも雨が降っているわけでもないが、内ポケットにポーションが入れられるし、いざというときフードで目線を隠せるため便利だからだ。
「気配を感じた時点で合わないようにすればいいんだけど、リルとかカーウィンさんならお話したいしね。薬草採取いくけど、ゴウもくる?」
「ゴウ!」
元気に返事をしたゴウについてくるように指示して、台所で夕飯の残りを挟んだパンを朝食代わりに持って外に出る。
あれだけ降り続いた雨の影響でいまだに湿度はたかく、雨の匂いが消えていないが、しっかりと日光がさしており水滴のついた葉が輝いていた。
いつ頃来るかわからないが来客の予定があるので、なるべく近場でのんびりと採取することに決め、パンを食べながら森へと向かった。
ある程度採取をしていると、持ってきたポーチがいっぱいになりかけていた。
「これくらいあればいいかな。そこまで使う予定もないし。小さいポーチだったからすぐにいっぱいになっちゃった……やっぱりマジックバッグの制作にチャレンジしてみようかな」
手に持っていた薬草をポーチに詰めて腰を上げると、近づいてくる気配を感じ取った。
――方向は町のほうだけど……これはカーウィンさんだね。
外套の内ポケットから耐性ポーションを取り出して飲み干すと、気配のする方へ歩いていった。




