37話『ちゃんと引き受けたよ』
本日2話目、ちょっとシリアスです。
徐々に大きくなった気配の元へと私は向かっていた。
ブルーワイバーンと戦闘していた場所がなんとか目視できる程度の高まで登ると、壁や天井は薄いがそこそこ広そうな洞窟を見つけた。
――気配はこの中からだね……ここまで近づいてもまだ動く気配はないけど……
ゆっくりと中に入り、フードを取って周りを見渡す。
途中に岩の隙間から外の光が入ってきているようで、光源魔法を使わなくても視界は確保できていた。
少し奥に行くと何かの息遣いを感じたため、さらに慎重に進んでいく。
『ようやく……』
と頭の中に直接声が響いてくる。
「……念話?」
そう言うと奥の方で何かが動くとともに、それを飛ばしてきた相手の姿がはっきりと見える。
「……ブルーワイバーン……? 違う……角が……」
その暗い中でもわかる綺麗な青色の鱗を持った翼竜の頭部には角が生えていた。
――え、翼竜が魔獣化……? いや、この場合は魔物化か……基本的に知能の低い獣たちは魔獣化といわれるけど、翼竜とか知能の高いものの場合魔物化だっけ。狂暴になりやすいのはかわらないし、元の知能が高い分魔獣より厄介な存在だけど……
『あなたを待っていました』
「……意思疎通できるの?」
『わたしは元は見ての通りですが、魔物化の影響で力が増大したようです』
「……それで待っていたとは?」
『どうか……私を殺してください』
――え、ちょっと理解できない……なぜわざわざ殺されるために待ってたの?
『以前はつがいとワイバーンとして生きていました。ある時あなた方がブルーワイバーンと呼ぶものに進化したのですが、それから程なくして魔物化が始まってしまったのです。つがいも同時に魔物化が始まり、それが性格を狂暴にして見境なくなることがわかりました』
――この翼竜はものすごく知能が高い……それも進化のせいなのだろうか? だとすればすでにブルーワイバーンより上位の存在なのかな……それにしても魔物化が同時に……
『魔物化の予兆から少しして、つがいは私の事も自分たちの卵のことも忘れたように暴れはじめてしまいました。私は子供たちを守るために戦いましたが、1つしか守り切れませんでした』
翼竜が向けた視線の先には、つがいであったであろう角の生えたブルーワイバーンの死骸と、割れた卵の破片が転がっていた。
『私もいずれああなってしまうとわかっております。この衝動が抑えられなくなる日も遠くないと。自害しようにもこの攻撃的な衝動は自分には向けられず、守り切った最後の我が子を思うと、衝動に身を任せ暴れて死ぬこともできません』
「……何か対策はないの?」
『こればかりは仕方のないものだと諦めております。自然の力には敵いません。それでもできるのであれば我が子は守りたい。その一心で今まで理性を失わずいられました。ですが、そろそろ限界のようで……諦めかけていた時に貴方の膨大な力を感じ、我が子を守るために私を殺してもらおうと思ったのです』
「……私が来なかったら……?」
『その時はそういう運命だったのだと諦めたと思います。しかし、この雨の原因を探ってくるのであれば、来てくれると思っておりました』
「……え、これはあなたが……?」
『はい。魔力の強いあなたなら、この雨が天災ではないと気づいてくれると思っておりました』
「……さっき倒したブルーワイバーンは偶然居合わせただけだったのか……魔法も使ってこなかったし、この雨の魔法維持で使えないのかと思ってた……」
『おそらくその個体もあなたの魔力量を本能的に感じ取り、魔法じゃ無理だと悟ったのではないでしょうか』
――なるほど……リルも魔力量はあるし……それでカーウィンさんしか狙わなかったのか……
「……理由は分かったけど、本当にほかに方法はないの?」
『ないでしょう……あったとしても、私にはもう時間がありません。どうか私を殺して、我が子をよろしくおねがいします』
翼竜は身を起こすと、翼で抱いていた卵を見せてくる。
『特に何もしなくても孵ります。この子が独り立ちできるまででいいので、お願いできないでしょうか』
――まさかこんな高位種族のワイバーンに出会えること自体奇跡なのに、その子をお願いされるとは……魔物化の止め方なんてわからないし、最後の願いを受け入れてあげた方が幸せか……
「……わかった……」
腰から短剣を取り出して、魔刃と鋭利化をしっかりと起動させる。ただのブルーワイバーンではないので硬さもわからないし、苦しまないように一瞬で終わらせてあげたいからだ。
『ありがとうございます。おそらく私の心臓もすでに魔石にかわっているでしょう。私とつがいの魔石や死骸が素材になるのであれば、是非もっていってください』
「……その子のためにもありがたく使わせてもらうよ……でも本当にいいの?」
『はい。これで私の心残りはなくなりました』
「……この子に名前とかある?」
『私たちはもともとただのワイバーンです。名づけなど……』
「……何か思いつく?」
『……そうですね……私とつがいが一緒に進化した時、お互いの青い鱗が輝いて見えてきれいでした……』
――青……鱗……セイリン? そのまんますぎる……セイ……ン? 一文字抜いただけだけど、まだ名前っぽいかな……
「……セイン……とかどう?」
『ふふ、いいですね。いい響きです……我が子よ、あなたの名前はセインよ。元気に育ってね』
そう言ながら卵をこつんと鼻先でつついた。別れの挨拶が終わったかのように立ち上がると、奥のつがいの死骸のそばへ移動する。
『それではお願いします。憂いがなくなって、衝動が抑えられなくなる前に』
うなづくと近づいていき、短剣を構える。
「グ……グルゥ……」
と卵にしたようにつがいの頭を小突く。おそらくワイバーンなりの愛情表現なのだろう。
何度かそうしたあと、首を上げて私をじっと見てくる。
徐々に威嚇や殺意が感じ取れるようになりつつあったため、完全に理性を失ってしまう前に、短剣を横に振った。
私を見つつ首を伸ばしていたため、頭部はきれいに両断されて地に落ちた。
『アリガトウ……』
その言葉を最後に念話は聞こえなくなった。
魔物になると血液は魔力に置き換わり、傷口からは黒い靄が出るようになる。
心臓が魔石になった際に血液の代わりに魔力で体が動くようになるためだ。
この翼竜は魔物化途中だったため、体の大きさの割に量が少ないが、魔力に変わりつつある段階の血液が多少流れ出ていた。
「……必要なら素材を持って行っていいってことだから、魔石と少し骨とかもらうね……」
そういうとナイフを胸部に突き刺し、魔石と骨や皮などをもらっていく。
つがいの方も同じように取り出したあと、頭部をきれいに並べる。
15センチほどの魔石2つと、20センチほどの卵、剥ぎ取った素材を抱えたまま入り口まで歩いていって振り返る。
「セインの事はちゃんと引き受けたよ。身体も大事に使わせてもらうからね。おやすみ」
そういうと奥に向けて右手をかざして【ファイアピラー】と唱えた。
【インフェルノ】と違って着弾地点で大爆発したりしないが、同じように高温の火柱が残る炎属性の攻撃魔法である。
この洞窟は周りが薄く、急に発生した熱や衝撃で揺らぎ、崩れそうになったため外に出る。
崩れると同時に天井がなくなり、解放された火柱が空に向けて上がっていき、雨雲に小さな穴が開いた。
魔法を使っていた翼竜も絶命し、そのうち消えると思っていた雨雲は、その穴が広がって霧散し、青空が見えるようになった。
――あのまま放置してほかのモンスターに荒らされるのも嫌だしね。あなたの子はちゃんと面倒見るから、安心しておやすみ。そしてできれば見守ってあげてね。
魔法を解除して、リル達を待たせているところまで降りて行った。
「ミリー! 今の魔法……ってなにそれ!?」
「魔石と、ブルーワイバーンの素材か……?」
「……ちょっと色々あってね……帰りに話すよ」
火柱がみえたことで近寄ってきていた2人にそういうと、先に狩ったブルーワイバーンのそばまで戻り、予定通り重力魔法で少し浮かせて一旦私の家まで戻ることになった。
ここから見える雨が上がったばかりの森は、まだ高い位置にある太陽に照らされてキラキラ反射して綺麗だった。
魔獣は血が流れてる。
魔物は心臓部分が魔石で、血液の代わりに黒い靄上の魔力を循環させてる。
両方角がある上に、魔物でも理性というか知能ありの場合もあり、全員が全員狂暴化、破壊衝動に駆られるわけではないです。




