30話『調査に向かう』カーウィン視点
本日2話目です。
ハンターギルドでリル姉との話が終わった後、俺はギルドの隣にある食堂に入った。
「いらっしゃーい。今日は早いね。それにしても最近ずっと雨だねぇ……」
「俺も結構濡れてるからあれだが、掃除が大変だろう……」
「それもあたしの仕事だからね。気にしない気にしない。それにこの町だと満席になるようなことは稀だし、なったとしても夜の酒場状態の時だけだから、昼間はそれくらいの時間はあるしねー」
常連になっている俺は、フロアで給仕をしている子に話しかけられる。
この様子だと町の近くで魔獣が現れたという情報は、一般には流れていないようだ。
――その真偽を確かめるために俺が出かけてたわけだし、確定じゃない情報で不安を煽るわけにはいかないもんな。あれが大型の魔獣を見たとかだったら、確認前に警戒態勢になってただろうけど……
「んで、カーウィンさんはいつもの腸詰とベーコンセット? まだお昼前だけどエールも飲む?」
「今日はこの後まだ残ってるから酒はいいわ。雨でちょっと寒いからスープ系を2人分たのむ。もう少ししたらリル姉が来るから、出すのは少し遅めでいいぞ」
「はいはーい。リルさんもくるなら白パンに腸詰スープかな。カーウィンさんはスープの時は固い黒パンの方がいいんだったよね」
「あぁ、それで頼む。あと水だけ先にくれないか」
「はーい、ちょっとまっててねー」
常連と言われるような頻度で来るため、好みやよく注文するものも把握されている。
リル姉もリル姉でハンターギルドの隣というだけあって、仕事が終わってから寄ることも多いので把握されている。
「はい、お水おまちどー。少し遅めでいいってことだから、あっつあつの美味しいスープ作るからたのしみにしててねー」
「ははは、お前が作るわけじゃないだろうに」
「まぁねー」
と手をひらひらさせて、笑いながらカウンターの方へ向かっていった。
まだ昼には早い上にこの雨の影響もあり客は少ないが、ちらほら席は埋まっている。
――この雨だし、早めに切り上げたハンターたちばかりだな。まぁ連日の雨で野営なんてしたくないだろうし、行かなきゃいけないような依頼を受けてないなら、こういう日もあるだろう。その行かなきゃいけない依頼を強制的に受けさせられた俺が言うのもなんだがな……
苦笑しながら水を一口飲み、窓から見える大粒の雨にため息をついた。
水を少しずつ飲みながら外を眺めていると、見慣れた外套姿の人物が入店してきた。
その外套はリル姉が雨天時によく使っている、撥水系の魔法薬が塗られている雨外套だ。俺の外套も一応それに近いものだが、俺のは主に寒さ対策等で使っているため、撥水効果自体はリル姉の外套の方が断然に上だ。
「ごめん、ちょっと遅くなったわ」
「そうでもないぞ。マジックバッグ持ってるってことは、家で準備してきたんだろ?」
「えぇ。これでも急いできたつもりなんだけど、思った以上に中身があってね……」
「その辺は聞かなかったことにしよう……」
リル姉は雨外套を脱ぎ、椅子の背にかけてから座る。
外套の下にはいつも着ているようなギルドの制服ではなく、動きやすいズボンに長めのブーツ、革製のグローブに胸当てと完全にハンタースタイルだった。
リル姉の場合その素早さと魔法がメインのため、防御は最低限に抑えているが、その革鎧も独自の術式で強化していて粗悪な金属鎧より防御力はある。
「はーい、おまちどうさまー」
そう言って給仕の子が2人分のスープとパンを持ってきた。おそらくリル姉が入店したのをみて準備してくれたのだろう。
「リルさん今日は制服じゃないんですね。てことはまた調査ですか?」
「えぇそうね。この連日の雨で、土砂崩れや森に異変がないか一応確認して来ようってなったのよ」
「そういうのってハンターさんの仕事じゃないんですか?」
「まぁほとんどはハンター側の仕事なんだが……リル姉の場合は、普通にハンターとして見ても実力が上位だから、こういう際に自分から出ていくんだよ……ほかの町だと大体ハンターからの調査報告を待って、確認が必要そうな場合は後日護衛を連れて職員が向かうとかだな」
「なるほど……リルさんお強いですもんね……」
「ほめても何もでないわよ。まぁこの町のギルトマスターの私が直接確認したほうがなにかとスムーズに処理できるし、この町は平和だからこそ、私が直接出てもギルド業務が滞ることもそうそうないしね」
「この間も調査にでてたですし、何かあったのかと思いましたよー」
――この子結構鋭いな……昔からたまにリル姉は森に行ってたけど、その頃はミリーのいる村を探してたらしいし、今回に関しては前回からまだ3日ってなると頻度が高いか……
「別に心配するようなことはないわ。私だって部屋に引きこもってばかりじゃなくて、たまには外にでたいもの。……こう言ってるとハンターの素質も充分ありそうね?」
「充分どころか、実際ランク付けされたら俺より上になるだろうよ……」
「あはは、なるほどです。でも気晴らし外出の後に、この雨の中出ることになるなんて不運ですね」
「そうなのよねぇ……まぁ仕方ないわ」
「それじゃあごゆっくりー」
そう言って給仕の子が離れていき、俺たちは早めの昼食を食べ始めた。
昼食を終えたあと町から出て少し歩き、午前中に仕留めた角イノシシを埋めておいた場所まで来た。
大雨のおかげで土が柔らかくなっており、肉食のやつらに取られないようにと埋めたのだが、雨の中埋めるのはどうだったのだろうか。
「まぁすぐに回収する予定だったみたいだし、食い荒らさせるよりは全然いいんじゃないかしら? 肉はあの食堂におすそ分けでもしたら喜ばれるんじゃない?」
マジックバッグを前に取り出して、掘り起こした角イノシシに近づけながらリル姉が話す。
マジックバッグの入り口にくっつくように死骸を寄せると、入り口に近いところから小さくなって吸い込まれていく。
「まぁあそこにはよく行くしなぁ。今回は全部売らないで持っていくか」
「あら、"今回も"でしょ? この間仕事終わりに寄ったら、カーウィンさんから頂いたお肉のステーキですっていって、なぜかサービスしてもらったわよ?」
「……まぁ2人でもよくいくし、姉弟というか家族みたいって認識してる人多いしな……」
「ふふ、そうね。小さいころから面倒見てたからかしらね?」
「いやいや、それ知ってるのはリル姉と俺だけだろうよ……」
――薬師のばあ様と初めて会ったのは10歳だったしなぁ……かれこれ25年前……それだけ付き合いも長けりゃこうなるか……
角イノシシを回収したあと、リル姉はミリーのところへ行くため、近くまでは方向は一緒のため廃村へと向かった。
「ミリーにも最近何か気が付いたことがないか聞いてから合流するから、ちょっと遅くなるかもしれないわ。ただの天災だったとしても、何か原因があったとしても、この雨だし被害がないかは確認したいから、明日も調査するつもりだけど……」
「あぁ、それはいいんだけどさ。リル姉野営道具とか持ってきてるのか? 今日何もなかった場合でも、一応明日も調査するんだろ?」
「……持ってきてないわね……全部出しちゃったもの……」
「強いって言ってもギルドマスターで女性だし、リル姉はいったん町へ帰るか? 俺は適当に洞窟でも見つけてそこで一晩過ごすが」
以前山の方に狩りへ行ったときに、何も住み着いていない小さな洞窟を見つけていたことを思い出し、そこで夜を明かそうと思っていた。
――俺と一緒に行動してるのは今更って感じだし、こんななんの稼ぎも見込めないようなところに、盗賊とかのならず者がいるわけないし、リル姉なら平気だろうけど立場上重要人物だし、一応女性だしなぁ……
「ミリーのところで一晩お世話になるわ」
「……あぁ……確かに町よりは近いし、安全性は抜群そうだ……」
「なんか言いたいことあるの?」
「いや、特にないが……リル姉はミリーと仲良さそうだし」
「カーウィンも泊めてもらうように伝えておく?」
「いや! 俺は洞窟でいい! そのほうが明日の調査も早くできるしな!」
「変な子ねぇ……それじゃあ先にあの山に向かっておいて。その近くで合流しましょ」
――別にミリーの事を悪く思ってないし、むしろ感謝してるくらいだが、朝の謎の不機嫌には出来れば出くわしたくない……
リル姉の提案を断って夜には一旦解散して、翌日再度合流するということになった。
「といっても特に目印とかないが……? この雨で狼煙とかも焚けないし、俺は魔法使えないしどうするんだ」
「近くまで行けばあなたの気配ならわかるわ」
「あ、そうだな……」
「それじゃあ、またあとでね」
そう言うとリル姉はものすごい早さで森の中を移動していった。
――このぬかるんだ状態でなんだよあの速度……あの速度ならミリーのところに寄ったとしてもすぐに合流になるな……俺もさっさと向かわないとな。
と大雨のなか森の奥にある山の方へ、できるだけ早めにつくように向かっていった。