29話『もしかして原因はこいつ?』
雨音を聞きながら私はゴウにパンの焼き方を教えていた。
前日に用意しておいた生地があったので、本当にただ焼き方を教えただけだが。
「生地の作り方も教えようかと思ったけど、マッドゴーレムだしなぁ……道具を使うにしても大変そうだし、硬質化とか使えば問題ないだろうけど、そこまでしてやってもらうのもなぁ……」
朝ごはんを食べ終えた後、お昼までに生地の方も教えようか悩みつつ、棚にあった適当な本を広げていた。
――何より私の料理スキルも落ちそうだし、それは自分でやるか。朝は一緒に料理したけど、楽しかったしね。
お茶を持ってきてくれたゴウをひと撫でして、広げていた本に目線を落とす。
内容としては市販されているものではなく、ミリアリアが書き起こしたノートだったようだ。
ペラペラめくっていくと、気になる場所のことが書いてあった。
「ん。これ西の山脈に生息してるモンスター達の情報かな?」
害になるものや、ヒトの脅威になる魔物や魔獣などのことをひとまとめにモンスターと呼称する。
このミリアリアお手製の本には、山脈のふもとから頂上付近までのモンスター情報が書き込まれていた。
「えぇっと、頂上付近にはワイバーン種が多数生息。これはリルからもちょっと聞いてたし、うっすら覚えてるかな」
ワイバーンは魔物や魔獣ではなく、翼竜種として分類されている。
平均的な大人1人くらいなら乗せて飛べるほどの大きさで、通常個体であれば手懐けて移動手段や、戦闘手段として使われることもある。
しかし、亜種や特殊個体たちは知性も高いため、テイムできたような事例はなく、さらには魔法のような属性ブレスを扱える個体もいるため、非常に危険視されて討伐対象になっていることもある。
討伐対象にされてはいるが、群れで行動するワイバーン種を討伐に行くにはリスクが高いため、降りてきた場合にのみに適応されるのだが。
基本的に標高の高い場所で生活するため、降りてくること自体稀で被害はさほど多くない。降りてきた場合の被害は、尋常じゃなくなることが多いが。
「えぇっとそれで? 中に特殊個体アクアワイバーンを確認済み。周りを倒したところ、すごく警戒していたが珍しいので放置しておいた。深い青の鱗がアクアワイバーンの特性により、濡れているように光って見えて綺麗だった。今後の成長が楽しみ。……ってなにこの突然の育成日記みたいな感想……」
アクアワイバーンはその名の通り、水のブレスを扱うワイバーンの特殊個体の一種で、進化していくと徐々に色が鮮やかになり、それこそ雨と勘違いするような大量の水を、継続的に広範囲に撒くことも可能になる。
「……まさかこの雨って、アクアワイバーンが進化してブルーワイバーンとかになってるせい? いやそれにしてもこれだけ長らく降らせるのはなぜ……」
本から顔を上げて窓の外を眺める。
――もしそうなら一応山脈に確認しに行った方がいいのかなぁ……過去の私の後始末ってわけじゃないけど。そもそも特殊個体だとしても、ワイバーン種が麓にまで影響与えるのが異例なわけだし……このままいつまでも雨降らされるのも困るしなぁ……そうと決まれば、お昼までこの本から情報集めて、お昼から行ってみようかな。
と本を数ページ戻し、こちらの麓からの情報の再確認をはじめた。
本を読んでいたらいつの間にかお昼を結構過ぎていたらしく、急いで昼食の準備をはじめた。
「時計とかないからこうも雨が続くとわかりにくいなぁ……寝る時間と起きる時間くらいは体内時計で何とかなるけど、お昼までは正確にわかんないや……せめて太陽がうっすらでも見えたらなぁ」
と太陽すら遮るような分厚い雲から降ってくる雨を恨めしそうに見ながら、適当な大きさに切った野菜と肉を、調味料などで味付けの終わったスープの入った鍋に入れていく。
――あれ……なんか気配が……カーウィンさんとリルだ! こんな雨の中来てくれたんだ! ん? カーウィンさんは別方向に行って、リルだけこっちに来てるけど、ってかなり早い! ぽ、ぽ、ポーション取ってこなきゃ!! あ! くるならスープもちょっと多めに!
具材を追加で投入した後、自室に置いてあった耐性ポーションを、2種類一気飲みして台所に戻る。
それとほぼ同時に、村の結界を通り抜けて、近づいてくるリルの気配を確認した。
――さすがエルフ……森での移動なんてお手の物だね……
裏口の方がウェルドには近いのだが、わざわざ玄関の方に回ってきてくれたようだ。
さっとお茶の準備を済ませて、できたら出してもらうようにゴウに頼んだ後大部屋の方に向かう。
「ミリーこんにちわ」
「……いらっしゃい」
大部屋のドアを開けるのと同時に、玄関のドアを開けてリルが入ってきた。
リルはハンターのような、軽装だけどしっかりとした革鎧の上に雨対策用の外套を羽織っていた。
「さすが。私の気配も丸わかりよね」
と苦笑しつつ外套をめくり、肩にかけたバッグをごそごそと漁り始める。
――ん、あれ魔道具だよね。ということはマジックバッグかな? 損傷したら二度と取り出せなくなるか、一気にばらまいてしまうようなものを、森の中あの速度で……まぁ保護魔法もしっかりかかってるみたいだし、攻撃をあのバックで防御しない限りは平気そうだけど。
「はい、とりあえず頼まれてた綿を持ってきたわ」
そう言うと見るからに体積が見合っていない量の綿を、バックから取り出してきた。
「……こんな雨なのにわざわざありがとう」
「いいのよ、ミリーのためだもの。……って本心で言えたらよかったのだけれど、ちょっと聞きたいことがあってね……」
「……わかった。とりあえず座って。ゴウお茶おねがい」
リルを席に着くように勧めて、ゴウにお茶を持ってきてもらうように頼む。
リルはちょっと不思議そうな表情をしていたが、言われるままに席につくと、ゴウがお茶のポットとカップを持ってきた。
「え!? ご、ゴウちゃんそんなこともできるようになったの!?」
――ゴウちゃんって……まぁ生みの親だし、ここまでの思考能力と学習能力あったら、可愛がりたくもなるのはわかる。
「ゴッ!」
と、声の勢いの割には静かにカップを私たちの前において、注げるようにニュニュっと体を上に伸ばして注ぎ始める。
その姿をリルが関心したような感動したような表情で眺め続け、2人分注ぎ終わった後、撫でてあげていた。
「ね、ねぇ、汚れてもいいから抱き着いてもいいかしら……」
「……硬質化とかも使えるから、汚れることはないし、リルが作ったんだから、私に許可を求めることもないと思うんだけど……」
「い、いや、ゴウを私が作ったっていうのはちょっとおこがましいというかなんというか……」
後半は消え入るように声量がさがっていったが、言い終わるとまだ身長を下げていないゴウに軽く抱き着いていた。
「え! なにこの程よい弾力!!」
と驚愕していたので、試しに横からつついてみると程よい反発のある固さになっていた。
――えぇ……こんな絶妙な硬質化のかけ方なんて教えてないんだけど……これはこれで気持ちいいしいいか……
「はっ! そ、そうだった……って、あら? ミリーその本は?」
驚愕状態から帰ってきたリルは、開きっぱなしにしていた山脈のモンスター情報が書き込まれた本を見る。ちょうど開いていたページにはアクアワイバーンのことが書かれていた。
「ちょ、ちょっと見せてもらってもよろしいですか!?」
無意識に敬語になってしまっているリルに許可をだすと、そのページを読み、時折「なるほど……」などとつぶやいていた。
「さすがはミリアリア様……この雨が異常事態だと察して、すでに特定まで……」
――い、いや完全に偶然なんだけど……あと私はミリーね……
「私もこの雨の件に関係しているかわからないけれど、町の近くに魔獣が出現して、その原因があるのか調査にきたのよ。それでミリーがもしかしたら何か知らないかと思って聞きに来たの」
「……それでカーウィンさんは1人で別方向にいったんだ」
「そ、そこまでわかるのね……まぁそういうことなんだけれど、ミリーはこのアクアワイバーンが原因だと思っているのね?」
「……魔獣の件は知らなかったけれどね」
「そうなると、山の方を重点的に調査したほうがよさそうね……」
「……私も一緒にいく」
「それは心強いわ! 手伝ってくれた方が原因が突き止めやすいし!」
「……そのまえにちょっとお昼ごはん食べていい? スープだからリルも飲むでしょ?」
「はい! 一応昼食はとってきましたが、ミリーの料理ですし、いただきます!」
――理由はちょっと理解できないけど、とっさに多めに作っててよかった。
そう思いつつ昼食の準備をしに台所へと向かった。