13話『明日の予定』リル視点
※現在のリル視点での話です。
私はカーウィンの報告内容を聞いたあと、執務室へ戻って冷めてしまったお茶を入れ直した。
――あの無駄のない綺麗な魔法刻印……そして南の森の村……かぁ……
手首にはめた銀色のブレスレットに軽く触れ考える。
――魔女様は間違いなく純ヒト族だった。幻覚魔法で変えられていたら私なんかじゃさすがにわからないだろうけど、純ヒト族主義になりつつあるこの国の依頼を受けていたから間違いないと思う。あれから50年よ? あの時よく顔はみえなかったけれど、40歳くらいに感じたからもう90歳くらい……亡くなっていてもおかしくないと思い始めていたのに……
と涙が頬を伝うのを感じるが、それは悲しみから来るものではなかった。
――場所と魔法技術からして魔女様本人だと思うのだけれど、少女だっといっていたわね……一度直接行ってみようかしらね……ふふ……50年ぶりの里帰りね。本当に魔女様だったら、今度はきっちり感謝を伝えて恩返しもしなくちゃね!
と流れていた涙を拭い、明日森へ出掛けられるように手配するのであった。
夕方になって約束通りカーウィンの家を尋ねた。
男の一人暮らしになって15年。私が度々来るせいかそこまで散らかっておらず、昔とかわらず整理されて綺麗なままだった。まだ薬師をしていた頃に、カーウィンのお母さんとお茶していた頃を思いだし頬が緩む。
勿論彼の自室には入ったことがないので、そこは整理されているかは知らないのだが。
「おー、リル姉いらっしゃい。飯はどうする?」
と玄関の物音に気づいたのか、気配を感じたのかあくびをしながら自室から出てくる。
気配をわざわざ消してはいないし、部屋から出てくると同時に声を掛けてきたので、恐らく後者だろう。
「今日は作ってきてるから、そのまま移せば食べられるわよ」
「それは助かる……帰ってから寝ちまってて、なにも準備してなかったんだ……」
と苦笑しながら食器を準備する彼を横目に、隣の自宅で作ってきたばかりのスープやパンなどを入れたバスケットを開き、出された食器に移していく。
「そういえば叔母さんは元気か?」
「え、えぇ、まだまだ元気みたいね。父さんとのんびり暮らしてるわ」
薬師の私が60歳の頃にここを離れてから20年。本当なら80歳となる。
しかしそれは私がエルフだということを誤魔化すための嘘の設定で、少し申し訳なくなり返答につまりかける。
――しかたないとはいえ、やっぱ心が痛むわね……彼になら本当の事を話してもいいかもしれないわね……息子のように感じているくらいには私は信頼しているし……
よくある家族のような、穏やかな雰囲気のまま夕食を食べ終え、本題へと入ることにした。
「カーウィン、帰ってきたばかりで悪いのだけれど、明日南の森に現れたっていう村に連れていってくれないかしら?」
「え、あぁ……そうしてもらった方が俺としても楽なんだが……その廃村の少女がなんと言うか次第じゃダメか?」
「……まぁそうよね。直接私が訪ねても仕方がないわね。近くで待機してあなたの返事を待つ形にするわ」
少しでも早く魔女様かどうか確認したい気持ちから急いでしまうが、急に合ったとしてどうしたらいいのかと冷静になって来た頭で考える。
――もし本人じゃなかったとして、魔女様の娘か孫かしら……弟子とかの可能性もあるかしらね……だとしても結界を解いたのはなにか意味があるはず……なんにせよ、魔女様に関わりがあるのならば、私は受けた恩を全力で返すだけね。
「そういえば、あなたの両親はどうなのよ? お母さんとかから連絡ないの?」
「リル姉も薬師の叔母さんも母さんと仲良かったもんなぁ……まぁ相変わらずだよ。なーんにも連絡寄越さねぇ……いまどこにいるのやら」
手のひらを上に向け、さっぱりわからないと表現する。
たしかに薬師をしてたときの5年間はもちろんそうだけど、リルになってから彼らが出ていくまでの5年間で、初対面からやり直したわりにすぐ仲良くなった。
――カーウィンのお母さんはなんか心地のよい雰囲気をまとってたし、おしゃべりもたのしかったから残念ね。無事に旦那さんと旅を続けてるといいのだけれど、旦那さんも強かったし心配いらないかしら。それよりも今は明日の件をきにしなくちゃね。
「話が戻るんだけれど、その少女に何か頼まれたっていってなかったかしら? 明日行きたいのだけれど、それは間に合うものなの?」
「ん? んあぁ……布と調味料と卵だっけな。それらを次来るときに買ってきてほしいんだとよ」
――そのくらいなら村から出る前に買いそろえられるかしらね。
「わかったわ。明日と明後日は調査として森に入れるように調整してきたから、店が開いたら買いに行くわよ。料金は私が出すし、あの台もあるんだからいいものを買っていってあげましょ?」
「な、なんでそんな張り切ってるんだよ……」
「い、いいじゃない! かれこれ20年はいるのに、急に廃村が現れたのよ? うずうずしないの?」
――本当は魔女様かどうかの確認したいだけなんだけど。数年とはいえエルフとして最後に暮らした村への帰郷かもしれないのだから、興奮してもいいじゃない。まだばれるわけにはいかないから、探索欲がくすぐられたってことにしときましょ。
「まぁ廃村にかんしては確かに色々調べたい気持ちは強いが……少女の方に関してはあんまり調べたくねぇな……まだ死にたくねぇ……」
――調べて死ぬってどういうことかしらね? 威圧感がすごいって話だったし、反感を買うとおもっているのかしらね。魔女様だったらちゃんと話せば答えてくれるし、そんなことで怒らないと思うのだけれど……
「ま、明日の予定はそんな感じかしらね。朝ギルドに行って手続き終わったら、ここに来るから準備しておくのよ」
そういうと残っていたお茶を飲み干し、「おやすみ」と挨拶をして家を出る。後ろから「わかったよ、おやすみ」と返事をきき扉を閉めて隣の自宅へ帰った。
帰って荷物を置き、片付けもせずすぐに寝室へと入る。
ベッドの頭もとにある魔女様から頂いた念話の魔道具を起動すると、すぐに反応が帰ってきた。
「やぁ、今日は何かあったのかい?」
と爽やかな青年の声が頭に響く。魔女様から暇なときとかにお話でもするといいと渡されたので、他愛もない話をするのにも使用させてもらっていたため、いつもの調子で返ってきた。
「重大な用件よ」
「……まさか……またその国がなにかしでかしてるのか?」
声のトーンが落ち、緊張しているような声色にかわる。
「南の森に村が現れたわ。廃墟になっているらしいけれどね」
「っ!? 俺たちの村か!? ということは魔女様はやはりあの村におられたのか!?」
先ほの声とはうってかわって、興奮したように声を張る。その声には警戒は感じとれず、喜びの感情が伝わってくる。
「まだ確定じゃないのだけれどね。ほら、よく話すカーウィンって男の子がいるでしょう?」
「あぁ。お前が息子のように可愛がってる子か。初めて聞いたときは、ヒト族と交わったのかとおもったぞ。俺らは止めないし祝ってやるがな!」
「そんなわけないでしょ。私は魔女様のため、ついでにこの国がなにかまたヒト族以外にやらかしてないか調べるために残ってるのよ?」
「国の挙動はついでかよ」
「前にもいったと思うけれど、ギルドに勤め始めてわかったのよ……この国の軍じゃ、あの山脈を無傷で通り抜けられるような力がないってね……」
「魔女様は一人で、俺たちを守りながら通過できたのにな……」
「そう。だからその魔女様が優先になるのはわかるでしょう? 話が外れたわね……そのカーウィンが昨日南の森で廃村を見つけ、そこに住む少女と合ったらしいのよ」
「少女? 失礼だとは思うんだが……その……魔女様は少女という年ではなかったと思うが……」
「……本当に失礼だけれど、言いたいことは分かるわ。あれから50年たってるんだから、生まれたての赤子だったとしてももう少女じゃないわけだしね……それで、その少女が魔女様の作ってくださった魔道具と同レベルの魔法刻印を扱い、浮遊魔法や重力魔法を軽く使い、魔獣を身体強化した生身で心臓をひとつきして討伐したらしいわ」
「なんだ魔女様は転生でもしたのか?」
「もしくは弟子をとったとか、娘か孫かってところだとふんでるんだけれど……ん? あなた今転生って言ったかしら? そんな魔法現実に存在するの?」
「え、あぁ。俺らを案内してくれた白い狐様が前に言ってたんだよ。『ミリアリアなら転生魔法も使えるし、あんたたちの寿命ならそのうちあの娘の魂には再開できる』ってね。その際もとの魔力や知識はなくなってる可能性もあるけどともいってたかな」
「さすが魔女様ね……でも魔力や知識はあるそうなのよね……どういうことかしらね……なんにせよ魔女様本人の可能性が上がったわ」
「それで、その口ぶりだと会いに行ってみるんだろ?」
「もちろんよ。早速明日調査という名目で行ってみるわ。なんか布やら調味料やらを頼まれたらしいから、それも持っていくけれどね」
「それなら俺らを送ってもらったときに、気に入ってくれてたエルフの調味料がいいんじゃないか? 布は素材的にすぐには厳しいが、あの調味料なら薬草と香草、普通の調味料があればすぐ作れるだろう」
「確かにそれはいいわね。それなら素材もまだあるし持っていくわ」
「それに反応してくれれば魔女様本人って分かるかもしれないしな」
言われてすぐに、念話しながらエルフ族に伝わる薬草調味料を調合する。
「しかし、ようやく……ようやくちゃんとお礼がいえそうだな……俺らは会いに行けないけど、深く感謝していると伝えてくれ」
「もちろんよ」
ふたりとも若干涙ぐんだ声色で話し、その日は魔女様に助けてもらったときの昔話を続けて眠りについた。




