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朝を願う  作者: 圓華伊織
8/8

朝を

 そこは暗い闇だった。彼女はずっとここにいた。たった1人で。


「あ、サトシくんだ。もう来ないかと思った。」

 やつれた顔で、彼女は静かに立ち上がった。

「ごめん。さっきは八つ当たりであんなこと言ったけど、本当はあんたのおかげで生きたいって思えるようになったんだ。……少しだけ。」

「あなたは正直だね。大丈夫、もう気にしてないよ。私も酷いこと言ったし、おあいこだね。それより、サトシくんに言うべきことがあるの。」

 嫌な予感がした。

「言うべきこと?」


「うん。私、たぶん、もうすぐ消える。だからお礼を言いたくて。」


 なんでもないことのように、ごく当たり前のことのように、さらりと言い放った。

「消えるって、どういうことだよ。目が覚めるのか?」

「そうだったらよかったのにね。家族や友だち、私と一緒にいてくれたこの世界、私が生きていたあの世界、それからサトシくん、きみともお別れだよ。私の時間はもうすぐ終わる。でも、いつからかサトシくんが来てくれて、私とっても楽しかった。だから、ありがとう。」

「それは、違うだろ。そんなわけないだろ。」

「そんなわけあるよ。だって、すごく眠たいもん。今までこの世界で眠たくなることなんてなかった。現実ではずっと寝てるからね。それに……主治医の先生が言ってた。私、もう治らないんだ。回復の見込みがないってさ。これ以上家族に迷惑かけられないし、大人しく眠ることにするよ。」


「駄目だ。なんで諦めてんだよ。あんた魔女なんだろ? いつもみたいに手を組んで、目が覚める魔法とかかければいいだろ。」

 諦めてほしくない。彼女は生きるべき人なんだ。

 俺なんかよりもずっと生きることに対して真剣で、しがみついているのに……消えるなんてことあっていいはずがない。

「とっくの昔に試したよ。でも無理だった。そもそも魔女じゃないし。想像の中であれこれすることはできても、現実に私の想いは届かない。本当に魔女だったらよかったのにね。」

「あんた1人で無理でも、今は俺がいる。俺も一緒に願うから、だから、消えるとか終わるとか、悲しいこと言うなよ。」

「私がいなくなったら、この場所も無くなっちゃうもんね。」

「場所なんかどうでもいい。俺はあんたに生きててほしいんだ。たとえこの先会えなくなっても、どこかで笑って、朝を迎えて、生きていてほしい。」


 彼女の目には涙が溜まっていた。

「……じゃあ、一緒に願ってくれる?」

「あぁ、願うよ。」

「朝を。」

「朝を。」

 彼女と手を握り、朝だけを願った。

 どれくらい経ったか。彼女の体はふらふらだった。



 暗い闇にほんの少しの光が見えた。

「おい、あれ。」

 光はどんどん大きくなる。まるで朝日のように闇を追い払いながら。

「……私にも見える……。懐かしいなぁ。朝だ。」

 白くぼやけていく視界の中、涙を流しながら笑う彼女の横顔を見ていた。


「ありがとう。」



「弘人!」

「っ!」

 深く眠り込んでいた。廊下で眠ったはずが、リビングのソファにいる。目の前には父と母が眉をハの字にしている。

「……ごめん、寝てた。」

 外はもう真っ暗だ。

「寝てた、じゃないわよ……。何回起こしても無反応。全然動かないし、かと思ったら泣いてるんだから。」

 母が目元を拭ってくれた。しかし、いくら拭いても溢れてくる。

「……どうしたの?」

「わかんないけど、よかったってすごく安心してる。」

 2人は顔を見合わせた。言ってる意味がわからないのだろう。俺もだ。


「何ともないんだな?」

「うん。」

「母さんも安心だわ。」

「姉ちゃんは?」

「明菜がどうした? 帰ってきたのか?」

「今日は病院に泊まるって連絡来たわよ。お友達の容態が回復したんだって。言ってなかったかしら。」

「涼子さん……。」

 翌日、友達が目を覚ましたと大喜びしながら帰ってきた。








 人生何が起こるかわからない。


 プロのサッカー選手になると息巻いていたあいつは、何に影響されたか、弁護士を目指して法学部のある大学へ進学。専門学校か大学か迷っていたあいつは、お笑い芸人を目指して大阪へ。


 俺はというと、未だに道に迷いながらも大学へ進学。とりあえずで文学部へ入った。文学部にした理由は、なんとなく面白そうだったから。




「隣いいですか?」

 声がした方を振り返ると、松葉杖をついた女性がいた。何度か見かけたことがある。

「どうぞ。」

 鞄を反対側に移して席を空けた。よく見てみると、足を怪我しているわけではなさそうだ。

「足じゃなくて、頭なんです。」

「え?」

「事故で頭打っちゃって、それで右足が動かなくなって。でも、それ以外は何ともなかったんですよ。すごくないですか。」

「え、そ、そうですね……。」

 押しが強い。


「私、津守美奈って言います。あなたは?」

「あ、山口弘人です。」

「……18歳くらいだよね? もしかして、第一高校出身? 山口明菜の弟くん?」

「姉ちゃん……姉を知ってるんですか?」

「わぁ、本当に弟くんなんだ! 私ね、高校の時、明菜と同級生だったの。だからかな。弟くんと初めて会った気がしない。どこかで会ってたかもね。」

「俺も、懐かしい感じがする。」

 泣きたくなるほど、懐かしい。何故だろう。


「ね、この後お昼一緒に食べない? 初めてのお友達記念ということで!」

「いいけど……。」

「やったぁ! 弟くんはお弁当? 学食?」

「学食……っていうか、その弟くんって呼び方嫌なんだけど……。」

「えぇー……じゃあ、私の知ってるアニメの主人公に似てるから、サトシくんね。」

「弘人って名前があるんだけど……。なら、あんたは……魔女だな。」

 すると、津守の目から涙がぽつりとこぼれ落ちた。

「え……あ、いや! ご、ごめんっ! 配慮が足りなかったっていうか……ほ、本当に、ごめんなさい……」

「ううん、違う……。なんかね、すごく嬉しかったの。あなたに魔女って呼んでもらえるのを待っていたみたい。すごく変だけど」

 そう言って、津守はふわりと笑った。


 ふいに津守は窓の外を眺めた。

「いい朝だね。」

「もう昼だけど。」

「細かいことは気にしなぁい。」

 俺も同じように外を眺めた。

「確かに、いい朝だな。」

 明日もこんな朝が訪れることを願う。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「朝を」の言葉がかぶるところがとても素晴らしかったです。 将来が不安な弘人の気持ちも、自分の当時のことを思い出しながら、とても共感しました。社会に出てなにをやりたいかなんて決まっている学生は…
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