似た者同士
諦めるな
そう口に出した瞬間、俺は自分自身のことを思い出した。名前、年齢、どんな人間か、ここに来る直前の出来事も、現実で知っていること全てを。
彼女は困惑している。そりゃそうだ。話題が急に変わるし、それがここでは思い出せなかった俺自身についてのことだから。
「……えっと、良かったね。思い出せて。」
思い出したくなんてなかった。何も知らない、今までの方が良かった。
「死んでもいいって思った。初めてここに来た時、直前に轢かれかけたんだ。車に。それで気を失って、気がついたらここにいた。思い返してみたら、俺がここに来る時は生きるのが苦しくなったり、生き方がわからなくなったり、つまりは病んでる時だけだ。ここに来たら現実のことは何も覚えてなくて、だから気楽だった。思い出さない方が良かった。」
わけのわからない怒りが込み上げてくる。
「それは……。」
「あんたは良いよな。ずっとここにいられるし、もう諦めてんだろ? 現実に絶望することなく、安らかに眠りにつける。最高だね。」
酷いことを言っている自覚はあるのに、口は止まることなく思っていること全てを吐き出し続ける。
「は、はぁ? あ、あなた何言ってるのかわかってんの?」
「俺は、辛いんだよ、生きることが。あんたには到底わからないことだろうけど。兄と姉が優秀ならその次も優秀なはずなんだ。そもそも生きるってなんだよ。ただ辛いことの繰り返しじゃねーか。なんの取り柄もない奴が生きてたって邪魔でしかない。わかるだろ? なんでここにいるのか、生きてるのかわからない奴。それが俺だよ。誰にも必要とされないくせに期待はされる。なんで……生きなくちゃダメなんだ……。」
2人の間に静寂が流れ、しばらくして彼女が口を開いた。俺を見つめるその表情は怒りに満ちている。
「よく私の前でそんなことが言えるよね。『生きることが辛い』って、生きてるからこそ生まれてくる悩みなんだよ。贅沢な悩みだね。私なんか、こんな状態で生きてるって言えるのかすら危ういのに。」
夢がぼやけ始めた。空や地面、遠くに見える町の明かり、全てが黒に染まる。だが、真っ暗なはずなのに互いのことははっきり見える。
「あなたはいいよね。まだ17とかそこらでしょ。今から何だってできるんだから。でも、私はもう無理。何もできないまま死んでいくの。大学行って、恋をして、遊園地とか外国とかいろんなところに行って、たくさん仕事して、家族を作って……やりたいこといっぱいあったのに!」
ただの夢だと割りきることができればいいのに。
「私はあなたみたいに諦めたくて諦めたんじゃない。もう帰って。ここから出ていって」
バチン、と電流が走ったような目覚めだった。飛び起きたが時刻はまだ午前3時。全然眠れていない。
「……は?」
ポツポツと布団に染みる水は、俺の目から流れている。
「なんだ、これ……。」
どうしようもなく苦しい。大切な何かを失ったような悲しみ、苦しみが胸を締め付けて涙が止まらない。
わけもわからず泣き続け、いつの間にかキラキラと輝く朝日が差し込んでいた。