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朝を願う  作者: 圓華伊織
3/8

進路希望調査

 まだ高校1年生だというのに気が早いのではないか。現時点で目指している進路を書く用紙が配られた。いわゆる進路希望調査だ。

「かったりぃよな。俺たちまだ子どもだって。」

「今のうちから目標を明確にしておくっていうのは間違いではないだろうけどね。でも、翔也はもう決まってるんだろ?」

「まぁ、決まってるっつーか、なりたいっていう願望だな。プロなれるのは一握りって言うし。」

「翔也なら、心配しなくてもなれるだろ。」

「そう言ってくれるとありがたい。弘人は将来何すんの?」

「俺は……。」

 俺は何になりたいんだ。何をしたいんだ。

「弘人?」

「父さんが銀行員だし、俺も事務系かな。」

「もったいないな。そんだけ頭いいなら、兄ちゃんみたいに医者目指さばいいのに。」

 翔也にはわからないんだ。頭がいいといってもクラスの上位5~10位以内。それ以上にはいけない。兄はいつも学年トップを争っていた。しかも私立の有名進学校だ。俺がいるのは地域の進学校。レベルが違いすぎる。

「医者って簡単になれるものじゃないし、そもそもそこまで頭よくないから。」

「まぁたまた、謙遜とかよくないぞ。」

 謙遜ではない。翔也には、わからないのだ。



 家に帰ると、玄関に見慣れないスニーカーがあった。そうだ。今日は兄が帰ってくる日だった。

「ただいま。」

 リビングには仏頂面で近況報告をしているであろう兄の姿があった。

「おかえり。」

「部活はしてないのか。」

 部活もしていないのに地方の進学校なんて、と馬鹿にしているのだ。

「うちの部活、どれもレベル高いから俺には無理だよ。」

 それだけ告げて、さっさと部屋に移動した。


 正直、兄は苦手だ。11歳も離れていることもあるのかもしれない。俺が物心ついたときには立派な大人だった。家よりも学校にいる時間が長く、遊んだ記憶はほとんどない。

 対する姉は自由奔放な人間で、どちらかというと俺が遊んであげていた。

 2人は正反対な性格だが、幼い頃から将来の目標を決め、それに向かって突き進んでいた。俺もいつかは兄や姉のように夢を持つ日が来るのだと信じて疑わなかった。

 けれど、目標となるものは現れなかった。






 暗い夜。あの夢だ。

「あ、サトシくんだ! やっと来た!」

 いつもの彼女は上機嫌で駆け寄ってくる。

「最近来ないから寂しかったんだぞっ。」

 ぷんぷん、といつぞやのぶりっ子アイドルのような仕草をしている。両手の握りこぶしを頭上へ持っていく、奇妙なポーズだ。

「……あー、確かに、この夢見るの久しぶりな感じする。」

「なんか反応してくれてもよくない?」

「俺にはノリがわからない。」

 もう諦めた。

「マジメだねぇ。あ、今回は何か思い出した?」


 しばらく考えてみると、兄と姉のことが思い浮かんだ。

「三人兄弟だ。」

「兄弟いるの?いいなぁ。私は一人っ子なんだ。上?下?」

「上が2人。兄ちゃんと姉ちゃん。すっごいかっこいいんだ。兄ちゃんは医者で、姉ちゃんはホテリエ。」

「ほてりえ?」

「ホテルで働く人。んー……コンシェルジュとか聞いたことない?」

「……あるような、ないような……。」

「まぁ、コンシェルジュではないらしいんだけど。その辺の区別は俺もわからん。」


「お医者さんにホテルの人かぁ。いろんな職業があるんだね。私はね、絶賛お悩み中なのですよ。だから、大学の学部も適当なところ選んじゃった。どこだっけな。文学部だったかな。」

「え、大学生?」

 制服を着ているから、てっきり高校生だと思っていた。

「そう。高校卒業したら、大学生になるんだよね。お友達もさ、学部は違うけど同じ大学なんだよ。」

 彼女はいつものように笑顔だが、言葉が弱弱しく思え、違和感を覚えた。

「サトシくんは、見たところ私と同じくらいだと思うけど、大学とか行くの? それか、もう働く感じ?」

「だから思い出せないって……」


 ふと、高校の風景が頭に浮かんだ。白紙の進路希望調査。友人には夢があり、俺にはない。

「どうしたの?」

「いや、何でもない。」

 何でもないし、何もない。未来に不安しか感じられない。

「俺はどこへも行けない。夢がないから。」

「何でそんなに悩んでるのかわからないんだけど。別に焦って探すものでもないんじゃない? 夢っていうのは、自然と見つかるものだと思うけどな。」

「でも、もし何も見つからなかったら? やりたい仕事に就いた兄と姉を見ながら、生きがいのあるあの人たちを見ながら、俺はずっと比較され続けるんだ。俺には何もない。趣味も特技も、兄のような頭脳だって、姉のような判断力だって、何一つ持ってない。きっと、これからも。」


 彼女の目が優しく微笑んだ気がした。

「私はあなたより長く生きてるけど、まだ夢なんてないよ。今から、しかも想像で落ち込んでてどうするのさ。80歳で死ぬとしても、まだ4分の1も終わってないよ。」

 んー、と考え込む仕草をした彼女は右手の人差し指をピンと突き立てた。

「こう考えを変えてみるのはどう? 夢がないのではなく、夢がありすぎて決められないの。」

 そう言うと、彼女は立ち上がって手を握り合わせた。

「職業なんていーっぱいあるんだから。私が初めてなりたいって思ったのはお花屋さん。」

 鉢植えの花が現れた。

「幼稚園の時は幼稚園の先生になりたかったし、小学校の時は小学校の先生になりたかった。」

 大人の女性が2人現れた。1人はエプロンを付けた幼稚園の先生、もう1人は国語の教科書を持った小学校の先生、だろうか。

「ピアノの先生にもなりたかったし、あとはテレビで見た刑事さんとかも憧れたなぁ。」

 もはや連想ゲームだ。

「カフェの店員さん、路上ミュージシャン、役者さん、作家さん、あとはアニメのキャラクターも。それから、もちろん魔女さんも。」

「……なにこれ。」

「今パッと思いつくだけの、好きだと思った人。なりたいとかじゃなくても、この人素敵だな、こんな人になりたいなって思ったことはきっとあるはずだよ。」

「……ごめん、全然思い出せない。」

「……私の最高の演説が無駄に終わった……。」

「無駄ではないよ。さっきよりもちょっとだけ、軽くなった気がする。」

「ちょっと『だけ』って何よ。もう、こうなったら職業体験よ!」


 彼女がおもむろに鉢植えの花を手に取ると、数歩離れたところに建物が現れた。その建物にはたくさんの草花が並び、中には大きな木まである、立派な花屋だった。

「後輩くんは水やりね。あー、忙しい忙しい。」

 気づけば、彼女と俺の服が変わっていた。店員らしい。

「客いないけど。」

「……あのー、お父さんの誕生日祝いで花を買いに来たんですけどー。」

「まさかの1人2役!?」

「私だって店員さんやりたいもん! ほら、早く! サトシくんの目が覚めるまで、いろんな職業体験するんだから!」

 楽しそうな彼女を見ていると、自然に顔が綻んでゆく。

「あとはさ、やりたいことを見つけるために働くこともアリだと思う。正社員でもアルバイトでも、何でもいいから経験値を積むの。そしたらきっと見つかるよ。」

「……うん。」

 職業体験というよりはおままごとだったが、俺にとっては最高の職業体験になった。

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